1998年3月11日、ASKAが東芝EMIから発表した7枚目のシングル「Girl」は、作詞・作曲を飛鳥涼自身が手がけ、編曲を飛鳥涼と松本晃彦が共同で担当した一曲である[1]。オリコン週間チャートで6位を記録し、NEC(日本電気)のイメージCMソングとしても起用された[1][3]。同年3月25日に発売されたアルバム「kicks」の1曲目に収録され、アルバム全体のテーマである「ロックとクラブミュージックの融合」の中にあって、この曲だけがどこか異質な静けさをまとっている[2]。CHAGE and ASKAとしての活動を続けながらも、1998年という時期にあえてソロ活動へじっくり向き合う道を選んだというASKA本人の姿勢が、この曲の作り込みにも表れているように思う[1]。派手な音数に頼らず、静かに気持ちを綴るこの曲は、「年相応の恋愛観を書いてみたくなった」という制作動機のとおり、若さの勢いではなく、大人になってからの恋の温度を丁寧にすくい取っている[1]。
ガットギターがすべてを変えた、編曲の分岐点
「Girl」という曲を語るうえで欠かせないのが、編曲段階でのある小さな出来事だ。もともとこの曲のギターパートは、バイオリンのピチカート(弦を指ではじく奏法)を取り入れる方向で作業が進んでいたという[1]。ところが、編曲を担当した松本晃彦がASKAとの作業中にガットギター、いわゆるクラシックギターを取り出し、その場で楽曲に取り入れたことで、曲の質感が大きく変わったと伝えられている[1]。ピチカートの持つ硬質で装飾的な響きと、ガットギターが持つ乾いた木の温もりとでは、聴き手に伝わる感情の質がまるで違う。もしこの偶発的な差し替えがなければ、「Girl」はもっと洗練された、しかしどこか距離のある曲になっていたかもしれない。ガットギターという選択は、恋愛の高揚感よりも、それを見つめ直す落ち着いた視線を曲にもたらした。松本晃彦という編曲家は、後にドラマ「踊る大捜査線」の劇伴も手がけることになる人物で、映像と音の間合いを扱うことに長けている。その資質が、この曲の「言葉と言葉の間の呼吸」を作る編曲にもすでに表れていたのではないかと思う。派手なシンセサイザーや分厚いストリングスで押し切るのではなく、一本の弦楽器の音色に多くを託す。これは、キャリアを重ねたアーティストと編曲家が、互いの感覚を信頼し合っているからこそ選べる引き算の表現だろう。曲の冒頭、ガットギターの音が鳴り始める瞬間の静けさは、聴くたびに姿勢を正されるような緊張感がある。そこから徐々に音数が増えていく構成も、感情が少しずつ言葉になっていく過程を音でなぞっているようで、飽きさせない。CHAGE and ASKAとして数々の大きなアレンジを手がけてきたASKAが、ソロではこうした素朴な音の力を選び取ったという対比も、この曲の価値を考えるうえで見逃せない点だと思う。
「年相応の恋愛」を歌うということ
この曲の歌詞そのものを引用することは避けるが、その根底にあるテーマについては触れておきたい。ASKA自身が「年相応の恋愛観を書いてみたくなった」と語っていたという情報が伝わっている[1]。これは、10代や20代の熱に浮かされたような恋愛感情ではなく、いくつもの経験を経たあとに残る、もう少し静かで、もう少し重みのある感情を描こうとする姿勢だと受け取れる。タイトルの「Girl」という言葉自体、若さの象徴のようでいて、この曲の中では必ずしも若い恋人だけを指しているのではないのかもしれない。年齢を重ねた書き手が、あらためて「女性」という存在、あるいは特定の誰かとの関係を見つめ直すときの言葉選びには、勢いよりも慎重さがにじむ。饒舌に語りすぎず、限られた言葉の中に感情を収めるという書き方は、簡単なようでいて実は難しい。言葉を尽くさないことで生まれる余白は、聴き手それぞれの記憶や経験を重ね合わせる余地になる。これは、CHAGE and ASKAの楽曲が持つ開放的なポップスの言葉選びとは、また違う質感だ。ソロ名義のASKAが手がける歌詞には、もう少し内省的で、一人称の重みを引き受けようとする姿勢が感じられることが多く、「Girl」もその系譜にある一曲だと言える。恋愛の歌として聴くこともできるが、時間を経た関係性そのものへの静かな眼差しとして聴くこともできる。そうした解釈の幅の広さが、この曲を息の長いものにしているのだと思う。
NECのCMソングという役割と、公式MVの静けさ
「Girl」は、NEC(日本電気)のイメージCMソングとして起用されたことでも広く知られている[1][3]。CMソングという役割は、ともすれば楽曲の個性を薄め、耳に馴染みやすいだけの一曲にしてしまう危険もはらむ。しかし「Girl」は、ガットギターを中心に据えたシンプルな編成であるがゆえに、CMという短い尺の中でも音の輪郭がぶれず、かえって印象に残る仕上がりになっている。企業イメージという大きな枠の中で流れながらも、曲そのものが持つ静かな存在感を失わなかったという点は、この曲の完成度の高さを裏づけていると言えるだろう。公式ミュージックビデオについては、ASKA自身の歌う姿を中心に据えた、過度な演出を避けた作りになっている。派手なストーリー性やドラマチックな展開で押し切るのではなく、歌そのものと歌い手の表情に焦点を当てることで、曲が持つ静けさを映像でも裏切らないようにしている印象を受ける。ガットギターの音色を主役に置いた楽曲だからこそ、映像もまた音を邪魔しない引き算の演出を選んでいるように見える。曲の持つ落ち着いたトーンと、映像の抑制された佇まいは確かに響き合っているが、「映像を見ることで曲の解釈が大きく広がる」というところまでは踏み込んでいない。歌そのものの強さに映像が寄り添っている、という関係性であり、主役はあくまで曲と歌声だと感じさせる作りだ。だからこそ、この曲の魅力を語るときにMVを最初に挙げる人は少ないだろう。むしろ、音だけで完結してしまう強さこそが、この曲の本質を物語っている。
ソロ活動を選んだ時期に生まれた、成熟の一曲
1998年という年は、ASKAにとって一つの転機だったようだ。CHAGE and ASKAとしての活動を続けながらも、この年はソロとしての表現にじっくりと向き合う時期として選ばれたと伝えられている[1]。「Girl」は、そうした姿勢のもとで生まれたアルバム「kicks」の1曲目に置かれた楽曲であり、アルバム全体が掲げる「ロックとクラブミュージックの融合」というテーマの中では、意外なほど静かな立ち位置にある[2]。派手な音作りが並ぶアルバムの冒頭に、ガットギターの素朴な響きを置くという構成そのものが、すでに一つの意思表示だったのかもしれない。この曲がオリコン6位という結果を残し、NECのCMソングという大きな役割も担いながら、四半世紀以上を経た今もファンの間で発売日が話題にのぼるほど大切にされ続けているのは、単なるタイアップ曲としての成功にとどまらない強さがあるからだろう[1]。編曲段階での一つの偶然、年相応という言葉に込められた誠実さ、そして企業イメージソングという枠を超えて残った音楽そのものの力。「Girl」という曲は、そうしたいくつもの要素が重なり合って、今も静かに聴き継がれている一曲なのだと思う。
参考リンク
- [1] Girl (ASKAの曲) - Wikipedia
- [2] kicks (ASKAのアルバム) - Wikipedia
- [3] ASKA「Girl」の楽曲(シングル)・歌詞ページ - レコチョク
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