2017年2月22日に発表されたASKAのオリジナルアルバム『Too many people』に、4曲目として収められているのが「東京」である[1]。作詞・作曲はASKA自身が手がけ、編曲は「ASKAの音楽を愛する仲間」というクレジットで発表されている[2]。このアルバムは、ASKAが薬物事件を経て活動を再開したのちに制作された作品で、東京のスタジオが使えない時期に、地元・福岡の知人が提供したスタジオで50曲を書き、その中から13曲を選び抜いて完成させたという経緯が伝えられている[1]。「東京」というタイトルだけを見ると、都会の孤独や喧騒を歌った曲を思い浮かべるかもしれない。だが実際に聴くと、その予想は良い意味で裏切られる。曲そのものが持つ意外な明るさこそが、この曲を語るうえでまず伝えたいことだ。
「暗い東京」を予想させて、明るく踏み外す曲づくり
「東京」という単語からは、通勤ラッシュ、ネオン、孤独、あるいは望郷といった、やや影のあるイメージを連想する人が多いのではないだろうか。CHAGE and ASKAや過去のソロ作品でも、都会や夜を題材にした曲は数多く存在し、そのほとんどが陰影を伴う情感で描かれてきた。ところがこの「東京」は、そうした先入観をあっさりと裏切る。イントロから軽やかで開放的な音の入り方をしており、聴き手の体をリズムに乗せてしまうような、弾むような推進力を持っている[3]。ASKAの過去曲でいえば「FUKUOKA」に近い手触りがあるという指摘もあり、踊りたくなるようなリズムとメロディの中に、思いがけない感情の深さが同居しているという評もある[3]。曲を構成する上で、タイトルが想起させるイメージと、実際に鳴っている音のムードをあえてずらす。この「肩透かし」の作り方自体が、ある種の高度な仕掛けだと感じる。もし「東京」という言葉通りに湿った曲を作っていたら、これほど記憶に残る一曲にはならなかったのではないか。
この曲の面白さは、リズムに乗って体を動かしたくなる高揚感と、歌詞やメロディの奥に潜む切実さが、互いを打ち消し合わずに同居している点にある。ASKAのボーカルは明るく張りのある声で歌われており、決して湿っぽく沈み込むような歌い方はしていない。それにもかかわらず、聴いているうちに感情が動かされるという体験を語るリスナーもいる[3]。ハーモニーの部分に工夫が凝らされているという趣旨の発言をASKA自身がしているとも伝えられており、単なる明るいポップスとしてではなく、和音の重ね方によって感情の陰影を作り込んでいることがうかがえる[2]。派手なギターソロや劇的な転調で泣かせにくるタイプの曲ではなく、あくまで軽やかなリズムを維持したまま、気づいたら心を掴まれているという構造になっている。これは、聴き手に「悲しませよう」という意図を悟らせない作り方であり、だからこそ何度聴いても新鮮な驚きが残る。イントロからサビに向けて音数を増やしすぎず、あくまで軽快さを保ったまま展開していく構成にも、作り手の抑制の効いた美学を感じる。
震災後の東京への思いが、言葉の底に流れている
歌詞そのものを引用することは避けるが、この曲が生まれた背景には、東日本大震災を経て「人はつながっている」という思いを強く感じたASKAの実感があると伝えられている[2]。当時、東京が汚染されて住めなくなるという噂が流れた時期があり、そうした空気の中で、あらためて東京という街への愛情を込めて作られたのがこの曲だという[2]。不安や分断が広がりかねない状況の中で、あえて「東京」という言葉を真正面からタイトルに据え、その街への愛着を歌にする。これは、単なる望郷ソングでも都会賛歌でもなく、揺らいだ時代への静かな返答だったのではないかと想像する。ソロとCHAGE and ASKAの両方の名義で歌えるものを目指したという制作意図も伝えられており[2]、特定の活動形態に縛られない、より普遍的な曲として作られたこともうかがえる。歌詞の言葉数そのものは多くを説明していないのかもしれないが、「東京」というシンプルな一語に、震災後の不安と、それでも変わらない街への愛情という、相反する感情を同時に託しているのだとすれば、この曲名の選び方自体に強い意味が宿っていることになる。
公式MVで見る、本人の姿と曲の温度
この曲にはASKA公式チャンネルで公開されている「ASKA - 東京 (Official Music Video)」が存在する[4]。映像の細かな演出意図について確認できる公式情報は限られているが、公式MVとして今も視聴できる状態で残されていること自体が、この曲がアルバムの中でも軽視されていない一曲であることを示している。曲の持つ軽やかさと切実さの同居を、映像がどこまで補強しているかは聴き手それぞれの受け取り方に委ねられる部分もあるが、少なくとも音源だけでなく映像込みで確認できるという点で、この曲との出会い方の選択肢は広い。MV単体の演出情報を過大に評価することは避けつつ、公式に映像が用意され続けていること自体を、曲の存在感の証として受け止めたい。
50曲から選ばれた13曲の中の、静かな異色作
『Too many people』というアルバムが50曲の中から13曲を選び抜いて作られたという経緯を踏まえると、「東京」がその中に残った理由にも納得がいく。困難な時期を経て、あらためて音楽と向き合い直す過程で書かれた50曲の中には、内省的な曲や重いテーマを扱った曲も多く含まれていたであろうことは想像に難くない。そうした中で、あえて軽やかなリズムと明るい声で「東京」を歌うという選択は、単なる息抜きではなく、ある種の意志の表れだったのではないか。重く沈んだままではなく、リズムに乗って前を向く。悲しみをそのまま突きつけるのではなく、踊れるメロディの奥にそっと忍ばせる。そうした表現の仕方は、聴き手に感情を押し付けない優しさでもある。震災という社会全体の記憶と、ASKA自身が経験した困難な時期という個人的な記憶。その両方を背負いながらも、曲としては軽やかであろうとする姿勢に、この曲ならではの強さがあると感じる。
離れた街を、もう一度愛するということ
「東京」という一語は、人によって全く異なる記憶を呼び起こす言葉でもある。憧れの対象として。かつて暮らした場所として。あるいは、離れて初めてその価値に気づく場所として。この曲が特定の思い出を細かく説明しないまま、軽やかなリズムに乗せてタイトルだけを堂々と掲げているからこそ、聴く人それぞれが自分の「東京」を重ねられる余地が生まれている。不安な時代の空気の中で、あえてその街への愛情を歌にするという行為は、シンプルに見えて実は勇気のいる選択だったはずだ。何かを失いかねないと思われた瞬間にこそ、その対象への愛着を言葉にする。「東京」という曲が持つ静かな強さは、そうした逆説の上に成り立っているのだと思う。
参考リンク
- [1] Too many people - Wikipedia
- [2] ASKA「東京」 - 歌ネット(クレジット情報)
- [3] ASKA new albumを聴く。04.「東京」 - dyko's diary
- [4] ASKA - 東京 (Official Music Video) - YouTube
音楽が離れた街への思いを呼び覚ますように、家や土地にも、誰かの時間が残っています。
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