ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=lWy55cka6Nc
確認した動画: ASKA - PRIDE (Official Music Video)(ASKA Official Channel)

「PRIDE」は、もともと1989年にCHAGE and ASKAが発表した楽曲であり、その堂々としたメロディと歌詞から、多くの人に長く愛されてきた一曲だ[1]。今回、公式チャンネルで聴けるのは、2021年10月15日にASKA名義で発表された32年越しのセルフカバー版である[2]。このセルフカバーは、あるYouTubeチャンネルのテーマ曲として使いたいという依頼がきっかけで生まれたと伝えられている[2]。若い頃に書いた「誇り」についての歌を、30年以上の年月を経た自分自身の声で、あらためて歌い直す。そこには、単なる懐かしさを超えた、深い意味が込められているように思う。

1989年に生まれた、揺るがない誇りの歌

CHAGE and ASKAとしての「PRIDE」は、1989年のアルバムに収められた楽曲で、困難な状況にあっても自分自身の誇りを失わずに前を向く強さを歌ったものとして知られている[1]。派手な言葉で自分を鼓舞するのではなく、静かな決意をもって「誇り」というテーマに向き合うその姿勢が、時代を超えて多くの人の心を支えてきた。バブル期の高揚感の中にありながらも、この曲が描いていたのは浮ついた自信ではなく、地に足のついた、揺るがない自分自身への信頼だったのではないだろうか。当時、社会全体が右肩上がりの熱気に包まれていた時代に、あえて内面の静かな強さを歌に込めたことは、今振り返ってみても先見性のある選択だったように思える。

32年の歳月を経て、もう一度歌われた誇り

2021年に発表されたセルフカバー版は、ある依頼をきっかけに生まれたものだという[2]。若い頃に書いた曲を、30年以上のキャリアを重ねた今の声で歌い直すという試みは、決して簡単なことではない。当時の自分が歌った「誇り」と、様々な経験を積んだ今の自分が歌う「誇り」とでは、その響きの奥行きが違って当然だからだ。それでも、このセルフカバー版を聴いていると、若い頃に抱いていた誇りの芯の部分は、年月を重ねても変わっていないことが伝わってくる。むしろ、多くの経験を経たことで、その言葉の重みはより一層増しているようにさえ感じられる。誇りとは、若さゆえの勢いだけで語れるものではなく、長い年月をかけて確かめ続けるものなのだと、この一曲は教えてくれる。若い頃には気づかなかった歌詞の意味に、年齢を重ねてから初めて実感を持って気づくということは、多くの人の人生にも起こりうることだろう。

誇りとは、静かに持ち続けるものだという気づき

「誇り」という言葉は、時に大きな成功や派手な自己主張と結びつけて語られがちだ。しかし、この曲が一貫して描いているのは、そうした外に向けた誇示ではなく、自分自身の内側にそっとしまっておくべき静かな誇りである。誰かに認められるためではなく、自分自身が納得できるかどうか。困難な状況に置かれたときほど、その静かな誇りの存在が、人を支える力になる。32年という長い時間をかけてもなお色褪せなかったのは、この曲が描く誇りが、時代の流行や評価に左右されない、普遍的な強さを持っていたからだと思う。

介護と不動産の現場で出会う、静かな誇りのかたち

私は今、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしているが、この仕事を通じて、様々な形の「誇り」に出会う。長年働いてきた仕事を退き、身体の自由が少しずつ利かなくなっても、なお自分の生き方や暮らし方にこだわりを持ち続ける高齢者の方々の姿には、静かで揺るぎない誇りが宿っている。誰かに褒められるためではなく、自分自身が納得できる生き方を貫こうとするその姿勢は、「PRIDE」という曲が歌う誇りのあり方と、どこか重なるものがある。また、不動産の仕事で実家じまいのご相談を受ける際にも、私はご家族が抱く「誇り」に触れることが多い。両親が大切に守ってきた家や土地を、ただの資産として処分するのではなく、そこに込められた思いや矜持を尊重しながら次の暮らしへとつなげたいという願いは、まさに一つの誇りの表れだと感じる。ASKAが32年の時を経て「PRIDE」を歌い直したように、私たちもまた、時間が経つほどに深まっていく誇りというものを、大切に受け継いでいく必要があるのだと思う。

特に印象に残るのは、認知症が進み、多くのことを忘れていくご本人が、それでも自分の職業や、若い頃に大切にしてきた習慣について語るときだけは、はっきりとした口調に戻る瞬間があることだ。記憶が曖昧になっていく中でも、自分自身の生き方の核となる部分、いわば「誇り」の部分だけは、最後まで色濃く残り続ける。そうした場面に立ち会うたびに、私は「PRIDE」という曲が歌う誇りの強さを、あらためて実感する。誇りとは、記憶よりも深いところに根を張っているものなのかもしれない。32年前に作られた曲が、あるYouTubeチャンネルのテーマ曲としてもう一度求められ、新しい形で世に送り出されたという経緯もまた興味深い。時代が変わり、メディアの形が変わっても、色褪せない価値を持つ曲は、思いがけない形で再び求められる。それは、家や土地が持つ価値にも通じるところがある。古くなったから、使われなくなったからといって、その場所に刻まれた誇りや記憶までが失われるわけではない。次に受け継ぐ誰かの手によって、あらためてその価値が見出される日が来るかもしれない。「PRIDE」という一曲は、そうした、時を経てもなお受け継がれていくものの尊さを、静かに歌い続けている。実家じまいのご相談の場でも、この「静かな誇り」に触れる瞬間は多い。長年守り続けてきた庭木の手入れの仕方、代々受け継がれてきた家業の道具、亡くなったご主人が大切にしていた書斎の本棚。それらは市場価値としては大きなものではないかもしれないが、そこには確かな誇りが宿っている。私たちは、そうしたものを一方的に処分の対象として扱うのではなく、ご家族が納得できる形で見送る時間を大切にしたいと考えている。「PRIDE」という曲が32年の時を経てもなお歌われ続けているように、家族が積み重ねてきた誇りもまた、形を変えながら、次の世代へと静かに受け継がれていくべきものだと信じている。誇りとは、声高に語るものではなく、日々の暮らしの中で静かに守り続けるものなのだと、この一曲はあらためて教えてくれる。何年、何十年という時間をかけて積み重ねられてきた誇りには、それだけの重みと説得力が宿っている。その重みに敬意を払いながら、次の世代へと丁寧に手渡していくことこそが、私たちの仕事の本当の役割なのだと思う。「PRIDE」という一曲が32年の時を超えて届いたように、誇りは、正しく受け継がれさえすれば、決して時間に負けることはない。バブル期という華やかな時代に生まれた曲が、令和という全く異なる時代に、あらためて誰かの心を支える曲として選ばれ直したという事実そのものが、この曲の持つ誇りの普遍性を証明しているように思う。時代の空気が変わっても、誇りという言葉が指し示す本質は変わらない。私たちの仕事もまた、時代や制度が変わっていく中で、変わらない誇りをどう次の世代に手渡していくかを、日々問われ続けているのだと感じている。誇りは、声高に叫ばなくても、静かに、しかし確かに次の世代へと届いていく。「PRIDE」という一曲が教えてくれるのは、まさにそうした誇りの届け方なのだと思う。32年という時間を経て、また誰かの背中を支える曲になったように、日々の仕事の中で私たちが受け止める誇りもまた、いつか次の誰かをそっと支える力になっていくのだろう。

参考リンク

音楽が昔の街や自分を思い出させてくれるように、家や土地にも、誰かの時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。