「Joy」というたった三文字のタイトルを見たとき、私はいつも少し身構えてしまいます。喜びというのは、大きな出来事の後にやってくるものだと、どこかで思い込んでいるからです。昇進した日、結婚した日、子どもが生まれた日。人生の節目にだけ許される感情のような気がしていました。ところがBONNIE PINKの「Joy」を聴くと、その思い込みは静かに崩れていきます。この曲が歌っているのは、そういう特別な日の喜びではなく、なんでもない日常の中に紛れ込んでいる、ささやかな喜びのことだからです。私が磐田で介護と不動産の仕事をしながら、日々いろいろな家庭の事情に立ち会う中で、この曲を思い出すことがあります。誰かの人生の大きな転機に立ち会うことは、実はそれほど多くありません。むしろ大半は、朝のあいさつや、ふとした立ち話、書類にハンコを押す前の何気ない一言といった、小さな時間の積み重ねです。「Joy」という曲は、そうした小さな時間にこそ耳を澄ませたくなる曲です。
ロンドンで録られた一曲、「Joy/Happy Ending」というシングル
「Joy」は、BONNIE PINKが2009年4月8日にリリースした25枚目のシングル「Joy/Happy Ending」に収録された楽曲です[1]。このシングルは、BONNIE PINKにとって初めてのダブルA面シングルという位置づけで、表題である「Joy」と「Happy Ending」の両方が主役として扱われています[1]。「Joy」はロンドンのケンサルタウン・レコーディング・スタジオでレコーディングされ、編曲はKTタンストールやジェイソン・ムラーズ、ジェイムス・モリソンといったアーティストの作品を手がけてきたマーティン・テレフェが担当しました[1][2]。一方の「Happy Ending」はスウェーデンのGULAスタジオで、Burning Chickenのプロデュースによってレコーディングされており、同じシングルの中でも録音場所とスタッフを変えて、それぞれ異なる質感を持たせているのが興味深いところです[1]。作詞・作曲はいずれもBONNIE PINK自身によるものです[1]。この曲は、同年にリリースされた通算10枚目のオリジナルアルバム『ONE』にも収録されています[1][2]。『ONE』は、Craig Davidとのコラボレーションを含むファンクナンバーや、明るさと切なさが同居するミディアムポップな楽曲が並ぶアルバムとして紹介されており、「Joy」はその中でも柔らかな体温を持つ一曲として収まっています。海外のスタジオとミュージシャンを起用しながら、あくまでBONNIE PINK自身の言葉と旋律で楽曲の核を作っているというところに、このアーティストらしい作家性を感じます。
体温がゆっくり上がっていくような、曲の設計
「Joy」を聴いていてまず印象に残るのは、力を込めて聴かせようとする曲ではない、という点です。イントロは控えめなアコースティックギターの響きから始まり、そこにBONNIE PINKの透明感のある声がすっと重なってきます。Aメロの時点では、感情を大きく揺さぶるというよりも、ただ隣にいて話しかけてくるような距離の近さがあります。ところが、サビに向かうにつれて、楽器の数がひとつ、またひとつと足されていき、気づけば体温がじんわりと上がっているような感覚になる。この「気づいたら温まっている」という感触こそが、この曲の設計の巧みさだと思います。派手な転調やドラマチックな盛り上がりで喜びを演出するのではなく、静かに、少しずつ、確実に光量を上げていく。まさに曲のテーマである「日常の中の喜び」の在り方そのものを、音の設計で体現しているように聴こえます。イヤホンでじっくり聴くと、ギターのアルペジオの隙間にストリングスやキーボードがそっと差し込まれていることに気づきますが、それらは決して主張しすぎず、ボーカルの邪魔をしません。ボーカルと楽器の距離感が終始近いままなので、大きなホールで鳴らされているというより、誰か一人のために歌ってくれているような親密さが残ります。何度聴いても飽きが来ないのは、この「近さ」を最後まで崩さない誠実さがあるからだと思います。
丁寧にすくい上げられた、名もない喜びの輪郭
歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、この曲が描いているのは、劇的な出来事ではなく、生活の中でふと訪れる小さな喜びの感触だと私は受け取っています[3]。誰かのそばにいること、何気ない一日が過ぎていくこと、その中にちゃんと喜びが混じっていることに、後からゆっくり気づいていくような視点です。恋愛の歌としても読めますが、それだけに留まらず、人生そのものへの肯定として聴くこともできる懐の深さがあります。特別な理由がなくても、今日という日にジョイ(喜び)はすでに含まれている。そう言われているような気がして、忙しさに紛れて感情を後回しにしていた自分に、そっと肩を叩かれるような感覚を覚えます。歌詞の中で繰り返される言葉のリズムも、押しつけがましくなく、聴くたびに違う場面を思い浮かべさせてくれる余白があります。大人になってこの曲を聴き直すと、若い頃には気づかなかった「何もない日の尊さ」のようなものが、以前より鮮明に立ち上がってくる。歌詞そのものの強度だけでなく、聴き手の人生経験によって意味が育っていくタイプの言葉だと思います。
弾き語りと情景、誠実に作られたMVについて
今回参照した動画は、BONNIE PINK本人名義の公式YouTubeチャンネルに投稿されたものです。チャンネル名には認証バッジが付いており、動画の説明欄には公式のiTunesリンクやミュージックビデオリンクが掲載され、動画情報欄にも「Joy/BONNIE PINK/ONE」という正しい楽曲クレジットが表示されています。映像の中身を確認すると、BONNIE PINK本人がギターを抱えて歌う弾き語りのシーンと、部屋や生活の情景を切り取ったカットが交互に編まれており、単なる音源動画ではなく、演出の手が入ったミュージックビデオであることがわかります。実際にこの曲のミュージックビデオには、俳優が出演していたことも伝えられています[4]。色調は暖かみのある柔らかな光が中心で、派手な演出やドラマチックな展開があるわけではありませんが、その分、曲の持つ静かな温度感とよく馴染んでいます。曲のテーマである「日常に潜む喜び」を、映像でも誇張せずに描こうとする姿勢に好感が持てます。ただ、映像単体としての物語の強さや、見る人の解釈を大きく揺さぶるような仕掛けまではなく、あくまで曲の魅力を支える役割に徹している印象です。そのため今回は、MVの評価は誠実な良作として星3つとしつつ、主役はやはり曲そのものだと判断しました。
磐田で見てきた、名もない喜びの瞬間
この曲を聴くと、私は東京で働いていた頃よりも、今の磐田での仕事を思い出します。介護の現場では、大きな回復や劇的な変化に立ち会えることは、実はそれほど多くありません。むしろ、車椅子から見える窓の外の景色に「今日はいい天気だね」と声をかけてもらえたことや、久しぶりに家族が顔を見せてくれた日の、ほんの少し柔らかくなった表情。そうした小さな瞬間の積み重ねの中に、確かな喜びが宿っていることを、この仕事を通じて何度も教えられてきました。不動産の仕事でも同じです。実家の整理や空き家の相談に来られる方は、多くの場合、寂しさや戸惑いを抱えて相談に来られます。それでも、片付けの途中で懐かしい写真や手紙が出てきて、思いがけず表情が緩む瞬間があります。手放すことは喪失であると同時に、思い出をもう一度確かめる機会にもなる。悲しい手続きのはずの時間の中に、小さな喜びがそっと混ざっていることに、立ち会う側として何度も気づかされてきました。「Joy」が歌っているのは、まさにそういう、探しに行くものではなく、気づいたときにはもうそこにあったという種類の喜びなのだと思います。大きな出来事だけを喜びだと思い込んでいた自分にとって、この曲は、日々の中にある小さな灯りを見つける練習をさせてくれる一曲です。
参考リンク
- [1] Joy/Happy Ending - Wikipedia
- [2] BONNIE PINK「Joy」 - レコチョク
- [3] BONNIE PINK「Joy」歌詞 - 歌ネット
- [4] Bonnie Pink - Wikipedia (English)
- [5] Biography | BONNIE PINK Official Website
大きな出来事の喜びだけでなく、何気ない一日の中にある喜びにも、ちゃんと気づいていたいと思います。
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