MVから元気がもらえる。あっ私がおじさんになったなぁ。再生してすぐに浮かんだのは、そんな二つの感情だった。CYBERJAPAN DANCERSの「Bounce!」は、2024年7月10日にリリースされた14作目のシングルである[1]。彼女たちのグループ名を初めて聴いたとき、正直なところ音楽よりもビジュアルの印象が先に立った。けれど映像を追ううちに、これはダンスという身体表現そのものを主役に据えた作品なのだと気づかされる。歌詞の物語で泣かせにくるタイプの曲ではない。踊りの推進力と弾けるようなエネルギーが、言葉を介さずに直接届いてくる。そういう曲があってもいい、というよりも、そういう曲でなければ届かない元気の種類があるのだと思う。同時に、その眩しさに気圧されている自分にも気づく。若い頃なら何も考えずに乗れていたはずのテンポに、今は一拍遅れて反応している。ダンスミュージックというジャンルは、聴き手の体力や気力の状態を、驚くほど正直に映し出す鏡になる。東京で過ごした時間のある自分と、磐田で家や土地の相談を受けている今の自分を、この曲は同じ画面の中で並べて見せてくる。元気をもらいながら、自分の年齢を思い知る。矛盾しているようで、実はとても健全な受け取り方なのではないかと思っている。仕事の合間にほんの3分ほど画面を眺めるだけなのに、そのあとの一日の姿勢が少し違って見えてくることがある。誰かに強く励まされたわけでもないのに、体の中に残る余韻だけがしっかりと効いてくる。そういう不思議な効き方をする曲に出会うたび、自分がまだ何かから元気をもらえる状態にあることを、静かに確かめている気がする。
クラブカルチャーから生まれたチーム
CYBERJAPAN DANCERSは、単発で組まれたユニットではない。CYBERJAPANというクラブカルチャー発の企業が母体で、代表のMITOMI TOKOTOが2000年の夏に開催したクラブイベント「BIKINI NIGHTS」でビキニ姿のゴーゴーダンサーを起用したことが出発点になっているという[4]。当初はプロダンサーや外国人モデルが顔ぶれを流動的に務め、メンバーも固定されていなかったが、2008年にギャル雑誌の読者から新たに募って体制を一新し、以後はスカウトとオーディションを経てメンバーを固定したチームとして活動するようになったと伝えられる[4]。2011年にはテレビ東京『TOKYO DRIFT GIRLS』にレギュラー出演を開始し、2013年から2017年にかけては東京オートサロンやTOKYO RUNWAYといったイベントにも出演の場を広げた[4]。2017年4月には研修生チーム「CYBERJAPAN JUNIOR」も発足している[4]。事務所のプロフィールによれば、韓国や中国、シンガポール、マレーシア、インドネシア、台湾など、アジア各国のクラブやフェスティバルにも活動の場を広げてきたとされる[5]。2016年のCDデビュー、2020年の公式YouTubeチャンネル開設を経て、クラブという限られた現場から、より広い層に届く活動へと段階的に軸足を移してきた歩みがうかがえる[4]。一つの企画イベントから始まったチームが20年以上の時間をかけて国際的な規模にまで育っていく過程を知ると、地域の小さな取り組みも積み重ねれば遠くまで届くのだと、自分の仕事に重ねて考えてしまう。派手な打ち上げ花火のような成功ではなく、イベントを一つずつ重ね、メンバーを入れ替えながらも看板を守り続けてきたという歩み方に、地に足のついた継続の強さを感じる。家や土地の相談を受ける仕事も、劇的な解決が毎回あるわけではない。小さな判断を一つずつ積み重ねた先に、ようやく形になるものが多い。だからこそ、クラブの一イベントから20年以上かけて国際的なチームへと育っていったという歩みに、自分の仕事の時間感覚と重なるものを見つけてしまう。
正式な数字までは追いきれない手応え
「Bounce!」がリリース後にどれほどの反響を得たのか、Oriconの順位や具体的な売上枚数といった数字までは、今回確認できる範囲では特定できなかった。ただし公式チャンネルや配信サービスでの展開を見る限り、Apple MusicやSpotify、iHeartなど複数の主要な音楽配信プラットフォームに横断的に楽曲が並べられており[6]、単発の話題作としてではなく、継続的に聴かれることを見込んだ展開がなされているようにうかがえる。数字で語れる実績が乏しいからといって、曲の価値が測れないわけではないと思う。むしろ、チャートの順位という物差しの外側で、ダンス映像そのものが繰り返し再生され、体を動かすきっかけとして生活の中に定着していくタイプの曲もある。「Bounce!」はまさにそういう聴かれ方をしている曲なのではないかと感じている。ダンス映像が繰り返し見られるということは、一度の再生で消費されて終わる曲ではなく、練習用の音源として、あるいは気分を切り替えるためのスイッチとして、日常の中に何度も呼び戻される曲だということでもある。売上枚数や順位という一過性の指標よりも、そうした反復される再生のされ方のほうが、この曲の実際の生きられ方に近いのではないかと想像している。
三重に折り重なったカバーの系譜
「Bounce!」という曲そのものにも、掘り下げると層がある。公式の発信によれば、この曲はもともと韓国のアーティストDJ DOCの「Run To You」という楽曲で、日本ではDJ OZMAが2006年に「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」という曲名でカバーして話題になった経緯があるという[2][3]。CYBERJAPAN DANCERSの「Bounce!」は、その原曲を今度は正式にカバーし直した作品にあたる[2][3]。一つの旋律が国境と世代を越えて何度も服を着替えながら受け継がれていく様子は、音楽という文化の面白いところだと思う。韓国発のダンスミュージックが日本でお笑い色の強いパロディとして広まり、それから20年近くを経て、今度は本家に近い立ち位置のダンスグループがあらためて正式にカバーする。皮肉にも、本気の熱量とパロディの熱量が、結局は同じ一つの曲を長く生かし続ける役に立っているように見える。原曲のエネルギーの核が失われないまま、時代ごとに違う衣装をまとって再生される。曲が生き延びる仕組みは、案外こういう地味な連鎖の積み重ねでできているのかもしれない。子どもの頃にテレビで見た記憶がうっすら残っているような曲が、何十年も経ってまったく違う姿で目の前に現れると、時間の流れそのものを俯瞰しているような不思議な感覚になる。磐田で家や土地の相談を受ける仕事をしていると、かつて誰かが手入れをした土地が、時間を挟んで別の形で人の手に渡っていく場面に出会うことがある。この曲が辿ってきた道のりは、そうした場面と少し似ているように思うことがある。誰かが最初に手をかけたものを、別の誰かが引き継ぎ、また別の形に整えていく。持ち主も用途も変わっているのに、その土地が持っていた良さの芯の部分は、案外そのまま残っていたりする。「Bounce!」という一曲の来歴を知ってから、これは音楽だけの話ではないのだと、静かに納得している自分がいる。
ダンスのための音、体で聴く音
「Bounce!」のトラックを聴いていると、この曲がダンスパフォーマンスを前提に設計されていることがよくわかる。ビートは終始一定の強さを保ち、聴き手の意識よりも先に体のほうが反応するようなグルーヴが軸になっているように聴こえる。サビに向かってボーカルが畳みかける構成は、歌としての情感を積み上げるというより、ダンスの振り付けが盛り上がる瞬間に合わせて設計されているのではないかと感じる。歌詞をじっくり噛みしめる曲ではなく、身体が先に動き出してから、その動きに気持ちが追いついてくる曲だと思う。実際、Dance ver.として公開されたミュージックビデオは、群舞の一体感そのものが主題になっている[1]。個々のメンバーの表情よりも、揃った動きが生み出す推進力に目が行く作りになっていて、これはボーカルユニットというより、ダンスユニットとしての矜持がそのまま音と映像に表れているのだと思う。音数自体は決して多くなく、むしろシンプルな反復を軸に据えているように聴こえるのだが、その反復こそが体を動かすための土台になっているのではないかと感じる。複雑なアレンジで耳を驚かせるのではなく、揺るぎないビートを最後まで保ち続けることで、聴き手の体をずっと同じリズムに固定していく。それがダンスミュージックというジャンルの誠実さなのだと思う。仕事の合間にふとこの曲を流すと、デスクに向かったままでも肩や指先が勝手にリズムを取り始める。歌詞の意味を追わなくても体を動かしてくる音楽があるということを、この曲は思い出させてくれる。若い頃はこうした反復のよさに気づかず、もっと複雑な展開を持つ曲ばかりを追いかけていた。年齢を重ねて、シンプルに体を動かすことのありがたさがわかるようになったのは、案外このところの発見の一つかもしれない。
元気をもらう側に回った日々
磐田で家や土地、空き家の相談を受ける仕事をしていると、日々の中で自分から前に出て何かを推し進める場面よりも、誰かの決断を後ろから支える場面のほうが多い。そういう仕事のリズムに慣れてくると、「Bounce!」のような曲が持つ、有無を言わさず前に押し出してくるエネルギーが余計にありがたく感じられる。若いダンサーたちの息の合った動きを見ていると、自分もかつて何かの熱量に引っ張られるようにして動いていた時期があったことを思い出す。あの頃と今とでは、この曲への向き合い方が違う。今は少し離れた場所から見守るような視線でこの曲を聴いている。それは寂しさというより、役割が移り変わったことの自然な自覚なのだと思う。元気をもらう側から、元気を渡す側へ。世代を超えてエネルギーが受け渡されていく感覚そのものが、この曲の一番の魅力なのかもしれない。仕事の緊張がまだ体のどこかに残っている時間帯にこの曲を流すと、肩の力が抜けていくのがわかる。土地の相談というのは、多くの場合、家族の歴史や思い出と切り離せない話になる。誰かの家を、誰かの土地を、次の世代にどう渡すかを一緒に考える仕事をしていると、エネルギーや記憶が受け渡されていくというテーマが、単なる比喩ではなく実感として迫ってくることがある。「Bounce!」の若さのエネルギーも、いずれ次の世代に手渡されていくものなのだろう。今の自分にできるのは、その受け渡しの現場に、少し離れた場所からでも立ち会い続けることなのだと思う。派手に前へ出て引っ張る役目はもう若い世代に譲っていい。その代わりに、渡す側としての役割を、丁寧に引き受けていきたいと思っている。MVから元気がもらえる。あっ私がおじさんになったなぁ。その両方の実感を大切に持ち続けたいと、「Bounce!」を聴くたびに思う。
参考リンク
- [1] CYBERJAPAN DANCERS –「Bounce!」Music Video|CYBERJAPAN公式サイト
- [2] CYBERJAPAN DANCERS メンバー公式X「Bounce!」リリース告知(DJ OZMAカバー経緯の言及)
- [3] CYBERJAPAN公式X「Bounce!」MV公開告知
- [4] CYBERJAPAN|Wikipedia
- [5] CYBERJAPAN DANCERS Biography|UNIVERSAL MUSIC JAPAN
- [6] Bounce! - Single by Cyberjapan Dancers|Apple Music
音楽には、人生の時間が残ります。誰かが積み重ねてきた熱量やエネルギーが、次の世代へと受け渡されていくように、家や土地にも、誰かの暮らしの記憶が残っています。
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