1993年3月10日に発売されたDEENのデビューシングル「このまま君だけを奪い去りたい」は、作曲・織田哲郎、作詞・上杉昇、編曲・葉山たけしという、ビーイング黄金期を象徴する布陣によって生み出された。関西テレビのドラマ「Womanドリーム」の挿入歌、そしてNTTドコモのポケットベルのCMソングとしても流れ、オリコン最高2位、売上は約129万枚のミリオンヒットを記録。デビュー曲でありながら、結果的にDEEN最大のセールスを記録した一曲となった。まっすぐで、少し不器用なほど熱いこのバラードは、90年代のラブソングの原風景のひとつとして今も残り続けている。
デビュー曲が、最大のヒットになるということ
アーティストにとって、デビュー曲がキャリア最大のヒットになるというのは、幸運であると同時に、その後を背負う重みにもなる。DEENは1993年に池森秀一と山根公路を中心に結成され、この一曲でいきなりミリオンという頂に立った。しかし彼らは一発屋では終わらず、その後も長くヒットを重ねていく。だからこそ、原点であるこの曲を今あらためて聴くと、すべてが始まった場所の初々しさと勢いが、みずみずしく伝わってくる。まだ何者でもなかった彼らが、この曲で自分たちの名前を刻んだのだ。
ビーイングという、職人たちの工房
1990年代前半、ビーイングは日本の音楽シーンに一大ブームを起こしていた。ZARD、WANDS、B'z、T-BOLAN——名だたるアーティストの背後には、織田哲郎や葉山たけしといった作家陣がいた。この曲もまた、そうした工房から生まれた一曲だ。作詞を手がけた上杉昇はWANDSのボーカルであり、作り手同士が互いの才能を持ち寄る、当時のビーイングらしい濃密な化学反応がここにある。ボーカリストの声と、職人たちの技が噛み合ったとき、時代を代表するヒットが生まれた。
「奪い去りたい」という、まっすぐな衝動
歌詞の全文引用は避けるが、タイトルそのものが強い。「奪い去りたい」という言葉には、理性よりも先に走ってしまう恋心の激しさが込められている。大人になると、感情をそのまま言葉にすることは、どこか気恥ずかしくなる。損得や立場を考え、衝動には蓋をしてしまう。だからこそ、この曲のまっすぐさは、聴くたびに胸を打つ。かつて自分もこんなふうに、後先を考えずに誰かを想った時期があった——そう思い出させてくれる。純度の高い衝動は、時が経つほどに眩しく見えるものだ。
ポケットベルの時代の、恋の速度
この曲がCMソングとなったポケットベルは、まだ携帯電話が普及する前、人と人をつなぐ最先端の道具だった。短い数字や言葉に想いを込め、相手からの返信を待つ。今よりもずっと遅く、じれったい速度で恋は進んだ。「このまま君だけを奪い去りたい」という衝動は、そんな時代の、もどかしくも純粋なコミュニケーションの温度とどこかで響き合っている。すぐに既読がつく時代を生きる今だからこそ、あの頃の恋の速度を、この曲は静かに思い出させてくれる。
カラオケで、世代を超えて歌われる理由
発表から30年以上が経った今も、この曲はカラオケの定番として歌い継がれている。それは、メロディが誰の喉にもなじみ、歌うことで気持ちがまっすぐになれるからだろう。技巧を凝らすより、素直に声を張り上げたくなる。世代を超えて選ばれ続けるということは、その曲が特定の時代の流行に閉じ込められていない証拠だ。この曲は、90年代を知らない若い世代にも、恋の初期衝動という普遍的な感情の入口として届いている。
仕事の帰り道に、初心を思い出す
介護や不動産の仕事を続けていると、慎重さや段取りが大切になる場面が多い。感情のままに動くより、相手のことを考え、順序を守ることが求められる。それは大切なことだ。けれど時々、この曲のような、後先を考えないまっすぐな熱を思い出したくなる。何かを本気で「こうしたい」と願った、あの頃の自分。仕事帰りにこの曲を聴くと、日々の慎重さの奥にしまい込んだ初心が、そっと顔を出してくれる気がする。
織田哲郎のメロディが持つ、普遍の強さ
この曲の作曲を手がけた織田哲郎は、90年代のヒットチャートを語るうえで欠かせない存在だ。ZARDの「負けないで」、B'zの初期曲、そして数え切れないほどのヒットソング。その多くに共通するのは、一度聴けば忘れられない、まっすぐで力強いメロディラインである。「このまま君だけを奪い去りたい」も、まさにその系譜にある。技巧を凝らして驚かせるのではなく、誰の胸にもすっと入り込み、長く居座り続ける。派手さではなく普遍性で勝負するメロディだからこそ、30年の時を越えて歌い継がれているのだろう。
池森秀一の声が届ける、まっすぐさ
DEENのボーカリスト池森秀一の声は、クセが強すぎず、それでいて確かな存在感を持っている。テクニックを見せつけるより、言葉の意味と感情を素直に届けることに長けた歌い手だ。「奪い去りたい」という激しい衝動を歌っても、彼が歌うと不思議と品がある。がむしゃらなだけでなく、相手を本気で想っているまっすぐさが伝わる。この声質があったからこそ、激情的なタイトルの曲が、多くの人に受け入れられる普遍的なラブソングになったのだと思う。声とメロディと言葉、その三つの噛み合いが見事な一曲だ。
30年後も、最初の一歩がまぶしい
キャリアを重ねたアーティストの原点に立ち返ると、そこには技術や計算を超えた、初期衝動のまぶしさがある。「このまま君だけを奪い去りたい」は、DEENがまだ何者でもなかった時期に、持てるものすべてを注ぎ込んで放った一曲だ。だからこそ、洗練された後年の作品にはない、荒削りでまっすぐなエネルギーが宿っている。それは、恋の始まりに似ている。損得も未来も考えず、ただ相手を想う気持ちだけで動けた、あの頃。この曲を聴くと、人生のどこかに置いてきたそのまっすぐさを、少しだけ取り戻せる気がする。名曲が時を越えて愛されるのは、聴き手それぞれの「あの頃」を呼び覚ましてくれるからだろう。
参考リンク
まっすぐな衝動が名曲を残したように、暮らしの中の「こうしたい」という素直な想いも、一歩踏み出すことで形になっていきます。
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