DREAMS COME TRUEの「決戦は金曜日」は、タイトルを聞いただけで、週末を前にした独特の高揚感が蘇ってくる曲です。1992年9月19日にリリースされたシングル「決戦は金曜日/太陽が見てる」の一曲で、作詞は吉田美和、作曲と編曲は中村正人が手がけました。フジテレビ系の金曜夜の番組『うれしたのし大好き〜Friday Night Live〜』のオープニングテーマとして起用され、同シングルはオリコンチャートで3週連続1位を獲得、1992年度の年間チャートでも18位に入ったと伝えられています。DREAMS COME TRUEにとって初のミリオンセラーとなったこの曲は、同年11月にリリースされたアルバム『The Swinging Star』にも収録されました。金曜日には、一週間の疲れを乗り越えた先に待っている解放感と、これから始まる何かへの期待が同居しています。「決戦」という強い言葉を金曜日に結びつけるセンスは、日常の一日をただの通過点ではなく、勝負を仕掛けるべき特別な日として捉え直させてくれます。東京で働き始めた頃から、磐田に戻ってからの今に至るまで、この曲はいつも、金曜日という曜日そのものへの向き合い方を静かに問いかけてくる存在であり続けています。
この曲を最初に耳にしたのは、東京で働き始めてまだ間もない頃だったように思います。当時はまだ、金曜日と月曜日の違いを、疲労の重さでしか測れていませんでした。月曜日は重く、火曜日はまだ重く、水曜日を越えたあたりでようやく光が見え始め、木曜日には少し息が整い、そして金曜日を迎える。そんな一週間の起伏の中で、この曲が街のどこかから流れてくると、体の緊張がふっとほどけていくような感覚がありました。それがいつからか、金曜日を単なる終着点ではなく、「攻める日」として意識するようになった。曲のタイトルを最初に聞いたときの、少し大げさで、でも妙に納得のいく響きが、今でも記憶に残っています。吉田美和の伸びやかな歌声と疾走感のあるサウンドは、聴くだけで気持ちが前向きに切り替わる力を持っていて、金曜夜のバラエティ番組のテーマ曲として、まさに一週間の締めくくりに寄り添う一曲だったことが、この曲の性格をよく説明しているように思います。当時住んでいた部屋のテレビから、この曲が流れていた記憶も、今となってはひとつの時代の空気そのものとして残っています。
金曜夜の番組が生んだ、初のミリオンセラー
『うれしたのし大好き〜Friday Night Live〜』は、フジテレビが1992年4月から翌年4月まで、金曜の夜という一週間のうちでも特に浮かれた気分になりやすい時間帯に放送していたバラエティ番組だったとされています。その番組のオープニングテーマとして起用されたこの曲が、結果としてDREAMS COME TRUEにとって初めてミリオンセールスを記録する曲になったという事実は、単なるタイアップ曲を超えて、多くの人の「金曜日の気分」そのものを言い当てていたことを示しているように感じます。番組の放送枠と楽曲のメッセージが重なり合った、幸福なタイアップの例だったと言えるのではないでしょうか。同じシングルに収録された「太陽が見てる」がフィルムのキャンペーンソングとして起用されていたことも合わせて考えると、この時期のDREAMS COME TRUEは、複数のタイアップを通じて、幅広い層の生活の場面に自然に入り込んでいったバンドだったのだろうと想像できます。
ミリオンセラーという商業的な成功は、楽曲の完成度だけでは説明がつきません。人々の生活のリズムの中にある「金曜日」という特別な曜日の感覚を的確に捉え、それを音楽として提示できたことこそが、この曲が幅広く支持された理由だったのだろうと思います。オリコンで3週連続1位、年間チャートでも18位に入ったと伝えられる成績は、単発のヒットではなく、しばらくの間、金曜日ごとにこの曲が街や家庭のどこかで流れ続けていたことの証でもあります。東京で仕事をしていた当時、週末を控えたオフィスや電車の中で、どこからともなくこの曲のイントロが聞こえてくることが何度もありました。あの感覚は、今振り返ると、一つの曲が街の空気そのものを作っていた時代の記憶なのかもしれません。テレビの前で家族と過ごす金曜の夜、翌日から休みだという解放感、そういう生活の細部と結びついていたからこそ、この曲は一過性のヒットで終わらなかったのではないかと思います。
「Let's Groove」を下敷きにした、日本のR&B
この曲の疾走感の正体は、作編曲を担当した中村正人が手がけたサウンドの設計にあるように聴こえます。中村正人自身のインタビューによれば、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「Let's Groove」と、シェリル・リンの「Got to Be Real」という2曲のグルーヴやホーンセクションのアレンジを土台に据えて作られたのだと語られているとされます。少ないコード進行を循環させながらブラスを重ねていく構成は、聴いていて自然と体が前のめりになる感覚を作り出しています。もう一つの工夫は、日本語の歌詞が持つ前拍のアクセントと、本来は後ノリが主流のR&Bのリズムをどう噛み合わせるかという点にあったと伝えられています。吉田美和の書いた歌詞の言葉の頭にメロディのアクセントが来るよう、リズムそのものをあらかじめ設計し直していたのだとすれば、この曲の疾走感は偶然の産物ではなく、周到に組み立てられた「前ノリの日本語R&B」だったということになります。サビに向かって歌声にフェイクが重なっていく部分には、ゴスペルを思わせる高揚感があり、それが聴き手の背中を押すような効果を生んでいるように感じられます。海外のグルーヴを翻訳するのではなく、日本語の言葉のリズムそのものに合わせて作り替えるという発想は、当時のJ-POPの中でも独特な方法論だったのではないかと思います。歌唱の参照点としてシェリル・リンの雰囲気が意識されていたと伝えられている点も、単なるモノマネではなく、日本語詞とアメリカのソウルフルな歌唱法を接続しようとする試みだったのだろうと聴こえてきます。
東京で商談に臨んでいた頃、金曜日の午後をあえて重要な打ち合わせの時間に選ぶことが多くありました。一週間の仕事の締めくくりであり、翌日からの休みを控えた、気持ちの切り替わる時間帯。「決戦は金曜日」のイントロのブラスが鳴る瞬間の高揚感と、あの午後に感じていた緊張と期待の入り混じった感覚は、今でも重なって思い出されます。都会での一週間は、月曜日から少しずつ疲労が蓄積していく戦いのようなものでした。その戦いの最終日である金曜日に、あえて「決戦」という言葉を当てはめることで、疲れをただ耐えるものから、乗り越えるべき挑戦へと意味を変えることができたように思います。負けを引きずったまま週末に入るのではなく、最後にもう一度自分から仕掛けにいくという姿勢は、結果がどうであれ、次の週へ向かう気持ちを軽くしてくれました。移動中の車内でこの曲を聴きながら、次の一手をどう切り出すか頭の中で組み立てていたことも、一度や二度ではありませんでした。ブラスが鳴り、リズムが前のめりに進んでいく感覚は、そのまま自分の気持ちの持ちようを後押ししてくれていたように思います。
磐田で迎える、それぞれの決戦日
磐田に戻り、家や土地の相談を受ける仕事をする中でも、この曲が持つ勢いは変わらず力をくれています。相談者との大切な話し合いや、重要な決断を後押しする場面は、必ずしも金曜日とは限りませんが、「決戦」の日をあえて意識することの効果は、どんな仕事にも共通しているように思います。区切りを意識するからこそ、その日に向けて準備を整え、集中して臨むことができる。東京にいた頃は、金曜日という曜日そのものが区切りでしたが、今は土地の測量が終わる日、相続の話し合いがまとまる日、契約の書類が整う日といった、案件ごとの節目が、かつての金曜日の役割を果たしているように感じます。都会の生活で身につけた「区切りをつくる」という感覚は、東京を離れた今も、形を変えて仕事の中に残り続けています。
相続や空き家の問題に向き合う方々にとっても、それぞれの「決戦日」があります。家族が集まって話し合う日、専門家に相談する日、重要な書類にサインをする日。そうした日を、ただの義務としてではなく、前向きに乗り越えるべき一日として捉え直すことができれば、気持ちの負担は少し軽くなるのではないかと思います。長年住んだ家を手放す決断、離れて暮らす親族と土地の使い道を話し合う決断、そうした重い話ほど、あえて日付を決め、その日に向けて心の準備を整えていく姿勢が助けになる場面を、これまで何度も見てきました。決めかねたまま時間だけが過ぎていく相談ほど、一つの区切りの日を設けることで、家族全員の気持ちがようやく前を向くこともあります。
三十年以上経っても色褪せない理由
この曲がリリースされてから三十年以上が経った今も、金曜日になるとどこかでこの曲を思い出す自分がいます。それは単に懐かしさだけの話ではないように思います。何百回と聴いてきたはずの曲なのに、金曜日の午後にふと流すと、そのたびに違う場面の記憶が呼び起こされるのが不思議です。ブラスが鳴り、少ないコードが循環しながら前のめりのリズムを刻んでいく構成は、聴くたびに毎回同じ強さで気持ちを持ち上げてくれます。派手な転調や複雑な展開があるわけではないのに、聴くたびに新しく感じられるのは、シンプルな骨格の中に、歌声とアレンジの緊張感がぎゅっと凝縮されているからではないかと聴こえます。イントロのブラスが鳴った瞬間に、その日一日がどうであれ気持ちを切り替えられるような即効性があるのも、この曲が長く愛されてきた理由の一つだろうと思います。吉田美和のフェイクが生むゴスペルのような高揚感は、聴き手を置いてけぼりにするような技巧ではなく、むしろ一緒に前へ進もうと誘いかけてくるような温度を持っています。だからこそ、金曜日という特定の曜日を歌いながらも、聴く側の人生のあらゆる「区切りの日」に重ね合わせることができるのだと思います。
金曜夜のバラエティ番組から生まれたこの曲が、時代を超えて初のミリオンセラーとなり、今も歌い継がれているように、日常のささやかな一日に特別な意味を見出すことは、決して大げさなことではありません。家の話も、土地の話も、突き詰めれば人がどう自分の一週間、一年、人生に区切りをつけていくかという話に行き着きます。ATAWI MUSICにこの曲を置くのは、それぞれの人生にある「決戦の日」を、前向きな気持ちで迎えるための力を、音楽から受け取るためです。