ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=qj9HxreMrSA
確認した動画: ジェニーハイ「ジェニーハイのテーマ」スペシャル映像(ジェニーハイ Official)

2018年10月17日発売のメジャーデビュー作、1stミニアルバム『ジェニーハイ』に収録された「ジェニーハイのテーマ」は、その名の通りバンド自身を歌った一曲だ。作詞・作曲は川谷絵音、編曲・トラックメイクにはゲスの極み乙女。「私以外私じゃないの」のリミックスでも川谷とタッグを組んだトラックメーカー、PARKGOLFが参加している。この曲最大の特徴は、川谷絵音、中嶋イッキュウ、新垣隆、小籔千豊、くっきー!という5人全員が、それぞれ16小節ずつラップに初挑戦し、自分自身について語るという構成にある。

大石セレクション視点:歌詞がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★☆☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:PARKGOLFによるトラックは骨格のしっかりしたビートを聴かせるが、この曲の一番の見どころは、やはり5人それぞれが自分の言葉で自分を語るラップパートそのものだ。音楽家として長いキャリアを持つ川谷絵音や新垣隆と、ラップなど無縁だったはずのお笑い芸人・小籔千豊やくっきー!が、同じ土俵で16小節ずつ言葉を紡ぐという構図は、他のどんなバンドにも真似できない独自性を持っている。それぞれの経歴や個性がそのまま歌詞になっているという意味で、この曲の核は間違いなく言葉の部分にあると感じ、歌詞を主視点に選んだ。

全員が初挑戦した、ラップという表現

Billboard JAPANなどの音楽メディアでも大きく取り上げられたのが、この曲でメンバー全員がラップに初挑戦したという事実だ。川谷絵音やindigo la Endでの活動を通じて音楽的な素養を持つメンバーはもちろん、お笑い芸人として活動してきた小籔千豊とくっきー!までもが、慣れないラップという表現に真剣に向き合っている。普段は笑いを取ることを生業にしている二人が、ここでは茶化すことなく、自分自身の言葉として16小節を紡いでいる。その真剣さが、単なるコミックソングでは終わらない、このバンドならではの説得力を生み出している。もし茶化す姿勢のまま演奏していたなら、この曲はただの一発ネタとして消費されて終わっていただろう。真剣に取り組んだからこそ、時を経た今も色褪せずに聴き返せる一曲として残っているのだと思う。

それぞれの16小節に見える、個性

歌詞を丸ごと引用することは避けるが、この曲は自己紹介ソングという構成上、メンバーそれぞれの経歴や人となりがそのまま言葉に表れている。音楽家としてのプライドを持つ者、お笑いの世界で培ってきた自分の立ち位置を語る者。5人それぞれの語り口の違いを聴き比べることができるのが、この曲の醍醐味だ。バラエティ番組から始まった企画バンドでありながら、メンバー一人ひとりが自分自身の言葉で「自分は何者か」を語るという行為には、単なる企画を超えた、バンドとしての自己確立の意志のようなものが感じられる。

PARKGOLFが手がけたトラックメイク

この曲の編曲・トラックメイクを手がけたPARKGOLFは、ゲスの極み乙女。の楽曲リミックスでも川谷絵音と組んできたトラックメーカーだ。ラップという形式に合わせた骨太なビートを土台に据えることで、5人それぞれの言葉がしっかりと乗る器を作り上げている。ラップに不慣れなメンバーがいることを踏まえながらも、聴き手を飽きさせないグルーヴを保っている点に、プロとしての手腕がうかがえる。

「全員ラップ」路線の始まり

この曲は、後に2019年の「ジェニーハイラプソディー」でさらに発展することになる「全員ラップ」という路線の起点にあたる楽曲だ。デビュー作の目玉曲として、まずメンバー全員でラップに挑戦し、その経験を経て次の楽曲ではダンスという新たな挑戦にまで踏み込んでいく。一曲ごとに新しい表現へ挑み続けるバンドの姿勢が、この「テーマ」ソングから既に始まっていたことがわかる。

テレビ企画発、バンドの自己紹介という珍しさ

一般的なバンドであれば、デビュー作にわざわざ「自分たちのテーマソング」を用意することは珍しくないが、ジェニーハイの場合、その必要性はより切実だったはずだ。テレビ番組の企画として始動し、音楽家とお笑い芸人という異色の顔ぶれを持つこのバンドは、まず「自分たちが何者であるか」をリスナーに伝える必要があった。単なるプロフィール紹介ではなく、あえてラップという形式に全員を挑戦させることで、説明ではなく体験としてバンドの個性を伝えようとした構成そのものに、企画性の強さと同時に、真剣に音楽で勝負しようとする意志の両方が見て取れる。

自分の言葉で、自分を語るということ

東京で働いていた頃、自己紹介という行為がひどく苦手だった時期がある。自分が何者であるかを、他人の評価に頼らず自分の言葉で語ることの難しさを、よく感じていた。この曲を聴くと、音楽家であれお笑い芸人であれ、慣れない表現方法であっても自分の言葉で自分を語ろうとする姿勢そのものに、勇気づけられるものがある。

お笑いと音楽の境界を溶かす瞬間

小籔千豊とくっきー!という、本来であれば「笑わせる」ことを本業とする二人が、このバンドではあえて自分自身を真剣に語るという役割を担っている。お笑いの世界で長年培ってきた自己認識や葛藤を、笑いを取るためではなく、素直な言葉として差し出すという行為には、普段のテレビでの姿とは違う一面をのぞかせる勇気が必要だったはずだ。音楽とお笑いという二つの世界の境界線が、この一曲の中で静かに溶け合っていく様子は、ジェニーハイというバンドが単なる余興ではなく、本気の表現の場であったことを裏付けている。

磐田で聴く、それぞれの持ち場

介護や不動産の仕事を通じて、それぞれ違う立場の人が、それぞれの言葉で自分の役割を語る場面に多く出会う。家族の中でも、専門職の間でも、立場が違えば語る言葉も違う。だが、それぞれが自分の持ち場から誠実に言葉を紡ぐことで、初めて全体としてのまとまりが生まれる。異色の5人がそれぞれの16小節を持ち寄ったこの曲は、そうした「違いを持ち寄ることの豊かさ」を思い出させてくれる一曲だ。

企画から生まれた、確かな一体感

異なる畑から集まった5人が、一つの楽曲の中でそれぞれの16小節を持ち寄り、それでいて一つのまとまった作品として成立させている。この一体感は、決して簡単に作れるものではない。それぞれが自分の言葉を語りながらも、互いの表現を邪魔せず、むしろ引き立て合うような構成になっているのは、メンバー同士の信頼関係があってこそなのだろう。テレビ企画から始まったバンドが、こうして確かな一体感を音楽として結晶化させたという事実は、この曲がただの余興ではなかったことを何より雄弁に物語っている。

参考リンク

それぞれが自分の言葉で自分を語るように、家や土地にも、それぞれの家族だけが語れる歴史があります。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。