ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=mpoKx48WmEM
確認した動画: Girls' Generation 少女時代 'Gee' MV (JPN Ver.)

2009年1月5日、少女時代がミニアルバム「Gee」でカムバックしたとき、韓国ではとにかく尋常でない数字が並んだと伝えられています[1]。音楽番組「Music Bank」で9週連続の1位を記録し、その年を代表するヒット曲になったとWikipediaは記録しています[1]。数字そのものより、自分が驚いたのは、その広がり方の速さでした。テレビで観て、数日後にはもう街のどこかでその振付を真似ている人がいる。時代がひとつ入れ替わる瞬間を、遠くから見ているような感覚がありました。自分より一回りも二回りも年下の人たちが、こちらの知らない速度で世界を動かしている。そのことに、かわいいという気持ちと、素直な敬意が同時に湧いてきたのを覚えています。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:この曲を書いたのはE-TRIBEという制作チームで、SM側が当初「歌詞が幼く、旋律も弱い」と難色を示したにもかかわらず、彼らが押し通してタイトル曲に採用された経緯があるとWikipediaは伝えています[1]。結果として、この曲はBillboardに「この10年でもっともアイコニックなK-POP曲」と評されるまでの存在になりました[4]。MVのマネキン設定やスキニーパンツの衣装も強い印象を残しますが[2]、幼いと切り捨てられかけたビートと構成そのものが、K-POPの基準を塗り替えたという逆説の強さこそがこの曲の核だと感じるため、主視点は曲がいいに置きました。

この曲を書いたのはE-TRIBEという制作チームで、作曲・編曲・原詞をE-TRIBEが手がけたとWikipediaは伝えています[1]。日本語版は2010年10月20日にシングルとしてリリースされ、当時のTOWER RECORDS ONLINEの記事でも「メイントラックは韓国の音楽番組で9週連続1位を獲得した同名曲の日本語ヴァージョン」と紹介されています[3]。日本語詞は中村彼方が新たに書き下ろしたと伝えられています[5]。韓国語の直訳ではなく、日本語の語感やノリの良さを重視して作り直されたという中村彼方自身の作詞術も紹介されています[5]。ひとつの曲が、言葉を変え、届く先の国を変え、それでも軸を失わずに立っている。その強さは、東京で働いていた頃から今、磐田で日々の仕事をしている今まで、折に触れて思い出す種類の強さです。

自分が最初にこの曲を意識したのは、テレビの向こうの出来事としてでした。仕事帰りに立ち寄った店の音楽で流れていたのか、誰かのパソコンの画面越しに見たのか、正確な場面はもう思い出せません。ただ、あの跳ねるようなリズムと、揃った振付が画面いっぱいに広がる様子だけは、はっきりと記憶に残っています。自分より一回り以上若い人たちが、これほど徹底して作り込まれた世界を成立させている。その事実に、単純な流行歌以上のものを感じたのだと思います。

かわいさの奥にある、計算された強度

「Gee」は、聴けば聴くほど、ただかわいいだけの曲ではないと分かってきます。英語のイントロで甘く始まり、テクノを思わせるシンセと点描のようなエレクトロポップのビートの上に、9人のヴォーカルによる軽やかな旋律が乗っている構造だとBillboardは紹介しています[4]。軽く聴こえるものほど、実は作りが緻密だという印象を自分は持っています。表情、振付の揃い方、色使い、カメラの切り替え。すべてが計算されて、初めてあの「軽さ」が成立している。若さというのは、それだけでは形になりません。若さを作品として鍛え上げるには、相応の訓練と集中力が要ります。

年齢を重ねてから見ると、若い世代の仕事にはふたつの見方があると気づきます。ひとつは、自分の時代のやり方と比べて評価してしまう見方。もうひとつは、彼らが掴んでいる時代の空気そのものを、素直に認める見方です。「Gee」を見ていたときの自分は、後者に近かったと思います。かわいいなあ、と思いながら、同時に、これは自分には作れない種類の完成度だ、とも思っていた。年下であることは、未熟さではなく、時代を先取りする力として目の前にありました。

仕事の場でも、似た経験をしてきました。若い担当者が新しい進め方を提案してきたとき、こちらの経験則だけで判断してしまいそうになる瞬間があります。けれど、その提案が自分の知らない速度で動いている時代を映しているのなら、素直に受け止めたほうがいい。少女時代の「Gee」を好きだった理由の奥には、そうした構えの練習のようなものがあった気がします。

歌詞そのものについても触れておきたいと思います。SM側が「幼い」と難色を示した歌詞は、実際に聴いてみても、複雑な比喩や重い物語を語るタイプの言葉ではありません[1]。好きになった相手への戸惑いを、繰り返しの効いた口語表現でまっすぐに描く、というのがこの歌詞の骨格だと思います。中村彼方が手がけた日本語版も、韓国語の直訳ではなく、日本語のノリと語感の良さを優先して作り直されたと紹介されています[5]。言葉の意味の深さよりも、口に乗せたときの気持ちよさを設計している歌詞で、そこには物語の余白や人生の重なりを読み込む隙があまりありません。だからこそ「歌詞がいい」を主視点にするには弱いと感じつつ、キャッチーさそのものを突き詰めた歌詞の在り方として、十分に評価されるべきだとも思います。批評家のあいだでは、この曲を語るときに「歌詞やメロディが幼い」という当初の批判こそが、逆説的にこの曲の狙いを言い当てていたと評されることがあると聞きます。幼さそのものを突き詰め、徹底して磨き上げたときに生まれる強さ。それは子どもっぽさとは別のものです。むしろ、成熟した大人の技術が、あえて軽やかさに奉仕している状態に近い。自分がこの曲を長く忘れられずにいるのは、その逆説の構造に、どこか自分の仕事にも重なるものを感じるからかもしれません。丁寧に積み上げた技術ほど、表には見えにくい形で仕上がっていくものです。

マネキンの静止から始まる、公式MVの仕掛け

「Gee」の公式MVは、雑貨店を舞台に、メンバーがマネキンとして静止しているところから始まり、やがて動き出して歌い踊るという構成になっていると伝えられています[2]。長い脚をあえて強調するスキニーパンツと、色とりどりの衣装がフレームいっぱいに広がるあの映像は、日本でも「社会現象」と呼べるほどの反響を呼んだとDANMEEは伝えています[2]。静止から動き出す最初の数秒の仕掛けは、単なる寸劇ではなく、そのあとに続くダンスの一体感を際立たせるための前振りとして機能している。振付が揃う瞬間の快感を、映像の構成そのもので設計しているように見えます。公式MVがあり、しかもその演出が曲の高揚感を裏づける形で機能している点で、MVがいいの評価も高くつけたい一曲です。ただし、物語としての深み、あるいは映像単体で語れる余韻という点では、曲そのものの普遍的な強さには一歩譲るというのが、あらためて見返しての実感です。

東京で聴いた明るさと、磐田で聴き直す静けさ

東京で働いていた頃、K-POPの存在感は年ごとに大きくなっていきました。駅の広告、店内の音楽、テレビの歌番組。少女時代は、その変化をいちばん分かりやすい形で見せてくれたグループのひとつでした。「Gee」の明るいテンポと視覚的な華やかさは、人が多く情報が速い東京の街によく馴染んでいました。カラフルなスキニーパンツが当時の韓国で流行を作った、という話も後から知りましたが、あの映像の色彩感覚は、確かに街のスピードと呼応するものだったと思います。

ただ、磐田に戻ってから聴き直しても、この曲は驚くほど古びていません。むしろ地方の静かな時間のなかで聴くと、あの頃の音楽の作り方がどれだけ緻密だったかが、かえってよく見えてきます。土地の暮らしは東京ほど急には変わりませんが、音楽や映像は距離を越えて、ほぼ同時に届きます。YouTubeで見る映像は、東京にいる人にも磐田にいる人にも同じ速さで届く。それ自体が、当時としては新しい感覚でした。家で過ごす夜、家族が寝静まった後にふと聴き直すと、あの頃の東京の記憶と、今の土地の静けさが重なって、不思議な落ち着きを覚えます。

東京にいた頃は、仕事の合間に新しいものへ触れる機会が絶えずありました。街を歩けば、知らない曲が店先から流れてきて、気づけばその日のうちに検索している。そうした偶然の出会いの積み重ねが、当時の自分の音楽の聴き方を作っていたのだと思います。「Gee」も、そんなふうにして出会った一曲でした。磐田に戻ってからは、そうした偶然の密度は明らかに減りました。けれど、その分、ひとつの曲とじっくり向き合う時間は増えたように思います。土地が変われば、音楽との距離の取り方も変わる。それでも曲そのものの強さは、場所によって薄まったりはしません。

自然に囲まれた土地で暮らしていると、時代の流れが遅く感じられることがあります。けれど、「Gee」のような曲を聴くと、実際にはどこにいても新しいものは同じ速さでやって来ていたのだと気づかされます。場所の違いよりも、それを受け取る側の構えのほうが大事なのだと、今は思います。土地に根を下ろして暮らすことと、新しいものに驚けることは、両立しないわけではありません。むしろ、根を下ろしているからこそ、外から届くものの新しさに敏感になれる部分もあるのだと、この曲を聴き直すたびに思います。

ひとつの曲が10年をこえて残る理由

「Gee」がリリースされてから10年以上が経ったあとも、この曲について書かれた記事や振り返りを見かけることがあります。Billboardは10周年の特集記事で、この曲を「この10年でもっともアイコニックなK-POP曲」と評したと伝えています[4]。当時「幼い」と評された曲が、時間を経て「時代を定義した曲」として語られるようになる。この逆転自体が、ひとつの作品の強度を物語っているように思えます。

自分の世代からすると、10年、20年という時間は、あっという間に過ぎていきます。仕事を通じて見てきた土地の変化、家族の年齢の重なり方、自分自身の体力や関心の移り変わり。そうした時間の流れのなかで、ある曲が古びずに残り続けるというのは、簡単なことではありません。「Gee」がいまだに聴かれ、語られ続けているのは、あの明るさの奥にある作り込みの深さが、時間の検証に耐えたということだと思います。かわいらしさは移ろいやすいものですが、技術に裏打ちされたかわいらしさは、案外しぶとく残るのかもしれません。

磐田で暮らす日々のなかで、こうした曲をふと思い出す瞬間があります。仕事の合間、車を運転しているとき、あるいは家で静かに過ごしている夜。あの頃、年下の世代の仕事にまっすぐ驚けたことを思い出すと、今も新しいものに対して構えすぎずにいたいと思わされます。

YouTubeが始まってからまだ数年という2009年当時、韓国発の楽曲が国境を越えて広がっていく様子を、この曲はいち早く体現していたとBillboardは振り返っています[4]。その後のPSYやBTSといったアーティストたちが、チャート順位だけでなくYouTubeの再生回数やSNSのフォロワー数で成功を測るようになる流れの先駆けだったという指摘です[4]。数字がすべてではありませんが、それだけの人が、同じ映像を、同じ時期に、繰り返し見返していたという事実には、単なる流行以上の重みがあります。あの明るさに、それだけの人が同時に惹きつけられていた。その規模の大きさを、今になって振り返ると、あらためて実感します。

年下の世代を尊敬するということ

自分より年下のアーティストを好きになるとき、そこには独特の距離があります。同世代の音楽には、自分の青春や失敗がそのまま重なります。年上のアーティストには、憧れや人生の先輩としての重みを感じます。では年下の場合はどうか。そこにあるのは、これからの時代を作っていく人たちを見つめる感覚です。「Gee」がヒットしたとき、少女時代のメンバーはまだ十代から二十代前半だったはずです。その年齢で、ひとつの国のポップスの基準を書き換えるほどの仕事を成し遂げていた。その事実だけでも、素直に頭が下がります。

かわいいと思うことと、敬意を持つことは、少しも矛盾しません。むしろ、かわいらしさをここまで強い作品に仕上げられること自体が、尊敬に値する仕事だと思います。年下だから軽く見るのではなく、年下だからこそ、こちらより先にその時代の空気を掴んでいる。そう感じる場面は、仕事のなかでも増えてきました。過去の成功体験だけでは、今の人には届かないからです。

家族のなかにも、自分よりずっと若い世代がいます。彼らが当たり前のように使いこなす道具や、当たり前のように受け入れている価値観を見ていると、時々置いていかれるような心細さを覚えることもあります。けれど、その心細さを素直に認めたうえで、なお面白がれるかどうか。そこに、年を重ねてからの生き方の分かれ道があるように思います。「Gee」を好きだった感覚は、その分かれ道で、面白がる側を選ぶための、ささやかな練習だったのかもしれません。

「Gee」は、音楽として楽しいだけでなく、自分が若い世代を見る目を少し変えてくれた曲でもあります。かわいいなあ、と思いながら、同時に、これは自分たちの世代とは違う種類の力だと感じていた。その感覚は、今になっても大切なものとして残っています。磐田で家族と暮らし、日々の仕事に向き合い、土地の時間の中にいる今でも、年下の世代への敬意を失わずにいたい。少女時代のこの曲は、そのことを軽やかに、そして静かに思い出させてくれます。

参考リンク

年下の世代が塗り替えた時代の速さのように、家や土地にも、それぞれの世代が積み重ねてきた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。