イヤホンから静かに流れ出すピアノのイントロ。その旋律が耳に届いた瞬間、私の心は一瞬にしてあの湿度の高い夏の夜風と、スタジアムを埋め尽くした数え切れないほどの光の波へと連れ戻される。GLAYの『HOWEVER』。この曲のライブ映像を見るたびに、私は「多分、あの場所に自分も居たのだろう」という、確信に近い温かな記憶を思い起こす。それは、2009年8月に日産スタジアムで開催された、彼らのデビュー15周年を記念する伝説的なライブ「THE GREAT VACATION」の光景だ。2日間で15万人という途方もない観客を集めた巨大な空間 of どこかで、私もまた一人の聴衆として、あの圧倒的な熱気の中に身を置いていた。
1997年8月6日に12枚目のシングルとして送り出された『HOWEVER』は、GLAYにとって初のミリオンセラーを記録し、最終的に130万枚を超える売上を記録した名曲である。作詞・作曲を手掛けたTAKUROが、音楽プロデューサーの佐久間正英と共に作り上げたこの楽曲は、単なるヒット曲を超え、私たちの日常の様々な局面に深く寄り添い続けてきた。
当時、東京という大都会の片隅で、自分の将来に対する言いようのない不安を抱えながら必死に働いていた私にとって、この曲は孤独な夜を支える無言の盾であった。それから長い歳月が流れ、故郷である静岡県磐田市に戻り、介護事業や不動産事業を通じて多くの人々の人生に向き合うようになった今、この曲を聴く意味はさらに深いものへと変化している。若い頃の渇望と孤独、そして大人になってから知る日常の重みと人間愛。その両方が、この一曲の旋律の中で静かにつながり合っているのだ。
創作の執念と葛藤が紡いだ旋律――ミリオンセラーの裏にあるTAKUROの誓い
1997年の夏、日本の音楽業界は空前のメガヒット時代を迎えており、チャートには華やかなポップスが溢れていた。GLAYのリーダーであるTAKUROは、安室奈美恵さんの『CAN YOU CELEBRATE?』などの名曲が持つ「イントロからサビへの圧倒的なつかみ」に強い衝撃を受け、「自分たちも時代を超えて歌い継がれるような、存在感のあるバラードを作りたい」という強烈な焦燥感と覚悟から『HOWEVER』の制作をスタートさせた。
通常はメロディ先行で曲を作るTAKUROだが、この曲においては言葉と旋律がほぼ同時に湧き出たと語っている。それは彼が当時交際し、自らの人生観に決定的な影響を与えた大切な存在への、感謝と誓いを込めた私的なラブレターでもあった。「自分のことばかりを歌うのではなく、もっと広い世界を見つめなさい」と彼を導いてくれたその人への恩返しだったのだ。
しかし、持ち帰られたデモテープに対し、他のメンバーは「少し暗すぎる」と難色を示した。それでも曲の力を信じるTAKUROは、メンバーを説得し納得させるため、送迎を買って出たり食事をご馳走したりと、泥臭い熱意を重ねた。その強い執念がなければ、この名曲が世に出ることはなかった。
このエピソードは、私が東京で孤軍奮闘していた若い頃の記憶と強く重なる。周囲の理解を得られずとも「この道は間違っていない」と自分を奮い立たせていた夜。何かを成し遂げようとするとき、最初に必要なのは、誰に反対されても信じ抜くという愚直なまでの熱量なのだと、この曲の誕生背景は教えてくれる。
緻密なアレンジと声のダイナミズム――佐久間正英が仕掛けた魔法と音楽的特徴
『HOWEVER』がオリコン週間ランキングで通算5週にわたり1位を獲得し、GLAYをトップバンドへと押し上げた要因は、その類稀なる音楽的構築美にある。プロデューサー・佐久間正英氏との共同アレンジは、静謐なピアノの単音によるイントロから静かに幕を開ける。このシンプルでありながら一瞬で曲の世界に引き込むイントロは佐久間氏が作り上げた魔法であった。
そこからTERUのボーカルが低音で語りかけるように始まり、サビに向けて感情が段階的に爆発していく。Aメロの裏で密かに刻まれているレゲエ調のリズムや、楽曲のドラマ性を極限まで高める美しいストリングスのアレンジは、ロックのダイナミズムとクラシックの優雅さを見事に融合させた佐久間氏の手腕の結晶である。
状況に左右されずTERUのボーカルは感情を押し付けることなく、聴き手の心の奥底にある最も柔らかい部分を揺さぶる。サビでの高音への跳躍は切なくも圧倒的で、HISASHIとTAKUROによるツインギターのソロが奏でる哀愁と力強さが、その歌の世界観を完璧に補完している。
この緻密な音響設計は、深夜のデスクワークやAIを用いた制作作業のBGMとしても不思議な効果を発揮する。雑多な思考が削ぎ落とされ、頭の中がクリアに整っていく感覚。それは、音と音の間に存在する「余白」を大切にした佐久間氏のアレンジだからこそ得られる、大人のための静かな集中力なのだろう。
日産スタジアムの「15万人の声」が教えてくれた、街と人とのつながり
2009年8月に日産スタジアムで行われた「THE GREAT VACATION」は、2日間で15万人を集めた伝説のステージだ。夕暮れから夜にかけての空の下、無数のライトが揺れる中、クライマックスで『HOWEVER』のピアノのイントロが響いた瞬間の空気の振動を、今でも鮮明に覚えている。TERUがマイクを天に掲げ、15万人の観衆が大合唱する声は、単なるライブの盛り上がりを超えて、そこに集まった一人ひとりの人生の記憶が共鳴し合っているかのような神聖さすら漂わせていた。
「多分、現地に居ました」という私の記憶の曖昧さは、その圧倒的なスケールの中に自分という存在が完全に溶け込んでいたからこそ生じるものだ。東京での慌ただしいビジネスの日々の中で、このような巨大な「つながり」を体験したことは、私の生き方に静かで決定的な影響を与えた。大都会の孤独感は、こうした共通の体験や感動によって温かなものへと塗り替えられるのだと知った。
その後、私は都会生活に一区切りをつけ、故郷である磐田市へと戻る決意をした。それは東京で学んだ熱量を、より顔の見える小さなコミュニティの中で還元したいという想いからだった。スタジアムで感じた「多くの人々が同じ旋律でつながる温かさ」は、磐田という地域社会の中で、一人ひとりの暮らしや家族の人生に寄り添う仕事をする上での、目に見えない精神的支柱となっている。
介護現場の「しかしながら」――不条理な現実を受け入れ、手を握り続ける覚悟
『HOWEVER』という英語のタイトルは、直訳すれば「しかしながら」という逆接の言葉である。TAKUROはこのタイトルについて、映画『卒業』のラストシーンのように、愛し合う二人が現実の世界へと戻ったときに直面する、綺麗事だけでは済まない日常の葛藤や不条理を象徴させたかったと語っている。永遠を誓い合うことは美しいが、日々の営みには必ず「しかしながら」という厳しい現実の壁が立ちはだかる。それでもなお、寄り添い続ける覚悟こそが、この曲の真のテーマなのだ。
私は現在、磐田市を拠点に高齢者介護の事業を運営している。介護の現場は、まさにこの「しかしながら」という現実に毎日向き合う場所である。どれほど深く愛し合ってきた夫婦であっても、老いや認知症という現実が二人の間に割り込んでくる。昨日まで通じ合っていた言葉が届かなくなり、思い出が相手の記憶から消えていく過程で、家族が抱く葛藤や悲しみは計り知れない。
しかし現場では、そうした不条理を乗り越えようとする家族の美しい姿を何度も目にしてきた。言葉は通じなくとも、そっと車椅子を押し、相手の手を優しく握りしめる。そこには、時の試練と困難をくぐり抜けたことでしか得られない、静かで強固な「寄り添う覚悟」が存在する。『HOWEVER』が描き出す、傷つきながらも大切な人と寄り添う姿勢は、まさに介護の現場で日々繰り広げられている家族の営みそのものである。
不動産と「実家じまい」に宿る記憶――家という名の器を次の世代へつなぐ架け橋
TAKUROがこの曲を、自らの才能を見出し導いてくれた人生の師に向けて書いたというエピソードは、人間関係の歴史が持つ重みを感じさせる。人が生きていくということは、誰かから何かを受け継ぎ、それをまた誰かへと繋いでいくプロセスに他ならない。
この「受け継ぐ」という営みは、私が介護事業と共に行っている不動産事業、特に「実家じまい」や「空き家整理」の現場において、より具体的な形となって現れる。相続された実家や古い住まいを処分するとき、そこにあるのは単なる土地と建物という資産価値だけではない。柱に刻まれた子供たちの成長の跡、家族で囲んだ食卓の記憶など、何十年にもわたる暮らしの歴史がその空間の隅々にまで染み込んでいる。
実家を手放すという決断を下すとき、遺族の方々は大きな精神的葛藤を経験する。それは自らのルーツの一部を整理し、親の生きた証と向き合うという、人生における極めて重要な儀式なのだ。だからこそ私たちは単なる仲介者ではなく、そこに存在した家族の「時間」と「記憶」に敬意を払い、売主様の心の整理に寄り添いながら、その大切な記憶の器を次の世代へと手渡す架け橋でありたいと考えている。
『HOWEVER』のメロディが時代を超えて残り続けるように、家族が紡いだ住まいの記憶もまた、形を変えて街の歴史の一部となっていく。磐田や見付といった歴史ある街並みの中で、古い家を丁寧に整理し、新たな命を吹き込むことは、過去への感謝を表し、未来へ届ける作業なのである。
1997年の東京で、若さゆえの焦燥感の中で聴いた『HOWEVER』は、自分を奮い立たせるための盾だった。2009年の日産スタジアムで15万人の大観衆と共に聴いたそれは、人とのつながりの無限の可能性を示す光だった。そして今、磐田の地で介護と不動産の仕事に向き合いながら聴くこの曲は、人間の不完全さを受け入れ、それでもなお寄り添い続けることの尊さを静かに肯定してくれる、人生のサウンドトラックとなっている。
年を重ねるごとに、この曲の旋律が心に落とす深みは増していく。TAKUROが描いた葛藤と誓い、TERUの切なくも力強い歌声、そして佐久間正英氏が注ぎ込んだ美しい音の余白。それらすべてが、私たちの日常に寄り添いながら、本当に大切なものは何かを問いかけ続ける。
一言で言うなら、この曲は「人生のどのような局面においても、寄り添うことを諦めないための光」だ。私たちは誰もがそれぞれの「しかしながら」を抱えて生きている。それでも、かつて誰かと分け合った温もりや、共に過ごした場所の記憶は、私たちの歩む道を確かに照らし続けている。その色褪せない旋律は、今日も磐田の穏やかな夕暮れの中に溶け込みながら、私たちの今を静かに支え続けている。
家や土地を整理するとき、必要なのは金額だけではないと思っています。そこにあった時間を、少しだけ振り返ってから決めてもいい。
磐田市周辺で、実家・空き家・土地の整理に悩んでいる方は、大石浩之までご相談ください。