「Can't Stop Fallin' in Love」は、globeが1996年10月30日に発表した7thシングルである。作詞は小室哲哉とMARC(マーク・パンサー)、作曲・編曲・プロデュースは小室哲哉が手がけた[1][2]。オリコン週間チャートで1位を2週間にわたって獲得し、同年11月度の月間チャートでも1位を記録、12月にはミリオンセラーを達成している[1]。globeのシングルの中では「DEPARTURES」「FACE」に次ぐ3番目の売上を記録した楽曲であり、この年の第47回NHK紅白歌合戦で、globeは初出場を果たしこの曲を披露した[1]。翌1997年3月にリリースされたセカンドアルバム「FACES PLACES」にも収録され、このアルバムはオリコン初動164万枚で首位を獲得し、累計323万9千枚を売り上げている[3]。小室哲哉によれば、サビのメロディは海外のモデル、ケイト・モスのホームページの写真集を眺めているときに浮かんだといい、楽曲自体は当時行われていたロードムービー撮影ツアー「Private Tour house of globe」の福岡公演の頃に形になり、ツアー終了後にレコーディングされたという経緯が伝えられている[1]。1996年当時、JR東日本の「JR SKISKI」キャンペーンソングとしても起用され、冬の空気とともに全国のお茶の間に届いた曲でもある[1][2]。
数秒で冬の匂いを立ち上げるイントロと、サビで景色が変わる構成
この曲を語るときにまず触れたいのは、イントロの短さと密度だ。シンセサイザーが刻む硬質なフレーズが鳴った瞬間、もうこの曲の輪郭ができあがっている。派手な前奏を長々と聴かせるのではなく、数秒のうちに「globeの音」だと気づかせてしまう。これは小室哲哉が手がけた楽曲に共通する特徴でもあるが、この曲では特にその圧縮率が高いように感じる。Aメロは抑えたトーンで始まり、KEIKOのボーカルが淡々と日常のディテールを歌っていく。忙しさに追われる毎日、待ち合わせに遅れてしまう罪悪感、それでも消えない恋心。そうした感情の起伏を、メロディ自体がじわじわと押し上げていく。Bメロに入ると音数が少しずつ増え、サビへの期待値が高まっていく構成になっており、そしてサビ頭で一気に視界が開ける。ここでのメロディの跳躍が非常に気持ちよく、抑えていた感情を解放するような開放感がある。ダンスミュージックとしての機能性を持ちながら、同時にポップスとしての歌いやすさも両立させているのが、この曲の巧みなところだ。当時のavex globeのサウンドは、ユーロビート的な四つ打ちのリズムと、日本語の歌詞を無理なく乗せるメロディラインの融合に特徴があったが、この曲はその完成形の一つと言っていいだろう。1番、2番と進むにつれて、バックトラックの音数がわずかに増減し、単調に聴こえさせない工夫がされている。ラスサビに向けて、KEIKOの声の張り方が強まっていく様子も、聴くたびに新しい発見がある。イヤホンで聴くと、ベースラインが想像以上に動いていることに気づく。低音部が単純な打ち込みのループではなく、曲の展開に合わせて表情を変えており、これがこの曲を「ただのダンスチューン」で終わらせない支えになっている。何より、この曲がミリオンセラーとなり、紅白の舞台に選ばれた事実そのものが、曲の完成度を裏づけている。歌詞の意味を知らなくても、メロディだけで十分に心を動かされる。それがこの曲の最大の強さであり、大石セレクションで「曲がいい」を主視点に選んだ理由でもある。
「仕事に追われる女性」を歌った、当時としては珍しい視点
歌詞そのものを長く引用することはしないが、この曲が描いているテーマについては触れておきたい。小室哲哉自身が「仕事が充実しているけれど、女心は捨てきれない、ワーカーホリックな女性の日常の葛藤と揺らぎ」をイメージしたと語っているとおり[1]、この曲の主人公は、恋愛に振り回される受け身の女性ではない。むしろ仕事に忙殺されながらも、それでも恋する気持ちだけは止められない、という能動的な葛藤を抱えた女性像が描かれている。待ち合わせに遅れてしまう罪悪感、笑顔を絶やさずにいようとする気丈さ、その裏にある本音。1996年という時代を考えると、女性が働きながら恋愛もこなす姿をここまで具体的に歌にした曲は、決して多くはなかったはずだ。バブル崩壊後の景気低迷期に差し掛かりつつあった当時の日本で、仕事に追われる感覚は男女を問わず共有されつつあった時代でもある。そうした空気の中で、この曲は「恋愛ソング」でありながら、同時に「働く人の歌」としても機能していたのではないか。タイトルの「Can't Stop Fallin' in Love」、恋に落ちるのを止められない、という一節は、単なる甘い殺し文句ではなく、忙しさに心を占領されながらも、それでもなお湧き上がってくる感情を止められないという、もう少し切実な意味合いを帯びて聴こえてくる。説明的な言葉を並べすぎず、状況の断片を積み重ねることで感情の輪郭を描くやり方は、聴く側の実体験と重なりやすい余白を残している。仕事終わりに聴くと、また少し違う響き方をする曲だと思う。二十代で忙しく働いていた頃に聴くのと、家庭を持ってから聴くのとでも、感じ方が変わってくるはずだ。恋愛の歌でありながら、働くことそのものへの眼差しも含んでいる。そのバランス感覚が、この曲の歌詞を単なる恋愛ソング以上のものにしている。
ピンクのジャケットのKEIKOと、当時のPVが伝えるもの
プロモーションビデオでは、KEIKOがピンクのジャケットに茶髪という出で立ちで登場したと伝えられている[1]。小室哲哉が語った「ワーカーホリックな女性の日常の葛藤」というコンセプトが、まず衣装の面から体現されていたことがうかがえる。ビジネスシーンを思わせる装いと、女性らしさを感じさせる色使いが同居する衣装選びは、歌詞のテーマをそのまま視覚化しようとした結果だったのだろう。1996年当時のPVという性質上、現在のようにドラマ性の強い作り込まれた物語映像というよりは、当時のダンスミュージックのプロモーションビデオらしい、パフォーマンス中心の見せ方が基調になっていたと考えられる。KEIKOのビジュアルと、小室哲哉、マーク・パンサーを含めた3人の存在感がまず前面に出る作りだ。当時、JR東日本の「JR SKISKI」キャンペーンソングとしてもこの曲が起用されていたことを踏まえると[1][2]、テレビで流れるスキー場のCM映像と、PVのイメージが重なって記憶に残っている人も多いのではないだろうか。冬の澄んだ空気とシンセサウンドの硬質な質感は、相性が良かったはずだ。ただし、映像そのものの演出面についての詳細な記録は今回確認できた範囲では限られており、物語性や場所の作り込みという点で、曲や歌詞ほどの情報量を持って語ることは難しい。だからこそ大石セレクションでは、MVは「曲の魅力を伝える役割を十分に果たしている」という評価にとどめ、主視点には置かなかった。とはいえ、当時のテレビの前でこの曲とKEIKOの姿を見た人にとっては、音と映像がセットになった記憶として残っているはずで、そうした意味でのMVの存在感は決して小さくない。
参考リンク
- [1] Can't Stop Fallin' in Love - Wikipedia
- [2] Can't Stop Fallin' in Love - DISCOGRAPHY | globe Official Website
- [3] FACES PLACES (アルバム) - Wikipedia
約30年前のイントロが、いまも聴く人の記憶をひらくように、家や土地にも、誰かが積み重ねた時間が残っています。
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