ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=kMs3JIXeJ0Q
確認した動画: DEPARTURES(from LIVE DVD globe the best live 1995-2002)(globe Official YouTube)

「DEPARTURES」は、小室哲哉・KEIKO・マーク・パンサーの3人からなるglobeが1996年1月1日に発表した4thシングルである[1]。作詞・作曲・編曲のすべてを小室哲哉が手がけた一曲で、JR東日本の冬のキャンペーン「JR SKISKI」のCMソングとして書き下ろされたことでも知られている[1][3]。竹野内豊と江角マキコが出演したこのCMは、新幹線でスキー場へ向かう都会的なカップルを描いており、当時のスキーブームと音楽シーンの熱量が重なり合った象徴的な一曲として今も語られている[3]。シングルは約228万枚を売り上げ、日本のCMソングとして最も売れた楽曲のひとつに数えられている[1]。今回取り上げるのは、公式YouTubeチャンネルで公開されているライブDVD「globe the best live 1995-2002」からの映像で、1996年に東京・代々木で行われたイベント「PREVIEW」でのパフォーマンスを収めたものだという[2]。このDVD自体は2004年3月31日に発売された2枚組の映像作品で、シングル曲のライブ映像と、アルバム曲やツアーの記録映像を収めた構成になっている[2]。スタジオ音源とはまた違う手触りで、この曲の骨格そのものを確かめられる映像だ。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:この曲の強さは、なんといっても小室哲哉が書いたメロディとコード進行そのものにある。イントロのシンセの立ち上がりから、じわじわと音程を積み上げていくAメロ、そして視界がぱっと開けるサビまで、聴き手の感情を丁寧に誘導していく構成力がずば抜けている。今回確認したのはライブDVDからの映像だが、スタジオ音源以上に、この曲がステージで再現されたときにどれだけ骨太に鳴るかがよくわかる仕上がりだった。歌詞やライブ映像の熱量もそれぞれ魅力的だが、「曲そのものの構成美」を語れる強さという点で、主視点は曲がいいに置いた。

限りなく高まっていくメロディと、間奏に込められた設計

「DEPARTURES」を聴いて最初に感じるのは、音程がどこまでも高まっていく感覚だ。文春オンラインの記事は、当時の小室哲哉の楽曲に共通する特徴として「どこまでも限りなく高まる音程」を挙げているが、この曲はまさにその典型と言える[4]。イントロのシンセサイザーが提示する音の粒立ちから、Aメロ、Bメロと進むにつれて少しずつ音の重心が上がっていき、サビでようやく視界が開ける。この「開ける」瞬間の作り方が実に丁寧で、唐突に盛り上げるのではなく、聴き手の呼吸に合わせてじわじわと高度を上げていくような設計になっている。間奏の長さも印象的だ。同記事が指摘するように、当時の小室サウンドはイントロや間奏が複雑化し、プロデューサーとしての小室哲哉自身の音楽的な主張が強く出る時期にあった[4]。この曲でも、間奏部分にマーク・パンサーの英語ラップが挟み込まれ、単なるボーカル二人の楽曲とは違う立体感を生んでいる。KEIKOのリードボーカルが持つ伸びやかな高音と、マーク・パンサーの語りかけるようなラップパートが交互に配置されることで、曲全体に緩急が生まれ、同じメロディの繰り返しにならない工夫がなされている。編曲も小室哲哉自身が手がけており、シンセサイザーを中心にしながらも、当時の打ち込みサウンドにありがちな無機質さに寄りすぎず、KEIKOの歌声が持つ温度感を殺さないバランスで音が重ねられている。1番と2番でアレンジの音数が微妙に変化し、ラストサビに向けて音の密度が増していく構成も、聴くたびに新しい発見がある。イヤホンで聴くと、バックで鳴っているシンセのレイヤーが何層にも重なっていることに気づく瞬間があり、当時のダンスミュージックとJ-POPの折衷点を探っていた小室哲哉の試行錯誤がそのまま音に刻まれているように感じられる。今回確認したライブDVDの映像では、この構成がステージ上でどう再現されるかがよくわかる。スタジオ音源のシンセレイヤーを生の演奏でどう表現するか、そのアレンジの工夫も含めて楽しめる映像だった。

「どこへ向かうのか」を歌う言葉と、マーク・パンサーのラップが担う役割

歌詞そのものに深く立ち入ることはしないが、この曲が描いている時間の感触について触れておきたい。タイトルの「DEPARTURES」は「出発」や「旅立ち」を意味する言葉で、JR SKISKIのCMが描いた新幹線での旅立ちのイメージとそのまま重なっている[3]。恋人同士が同じ場所からそれぞれの時間へ向かっていく、その分かれ道の瞬間を歌った曲だという受け止め方が一般的で、冬という季節、雪景色という舞台装置も相まって、切なさと高揚感が同居する独特の温度を持っている。文春オンラインの記事では、この曲を「雪景色の最高傑作」と評しているが、それは歌詞が具体的な情景を細かく説明するのではなく、聴き手それぞれの記憶にある冬の駅や車窓の風景を呼び起こす余白を残しているからだろう[4]。マーク・パンサーが担う英語ラップの部分は、和訳すると「もう二度と会えないかもしれない相手」への想いを綴った内容になっており、これはヒロインの心情をマーク・パンサー自身がナレーションのように代弁しているのではないか、という解釈も紹介されている[4]。日本語詞とラップの英語詞が同じ曲の中で並走することで、恋愛の当事者の視点と、それを少し離れた場所から見つめる視点の両方が同居する構造になっているのは、この曲ならではの面白さだ。1990年代半ばという時代背景も無視できない。文春オンラインは、阪神淡路大震災やオウム真理教事件の影響で社会全体に重い空気が漂っていた時期に、この曲が発表されたことに触れている[4]。そうした時代の中で、旅立ちや再会をテーマにした曲が多くの支持を集めたことには、当時の聴き手が求めていた高揚感や希望のようなものが重なっていたのかもしれない。歌詞そのものの技巧よりも、時代の空気とタイアップの映像、そして曲の高揚感が三位一体になったことで生まれた強さがこの曲にはある。

ライブ映像だからこそ見える、ステージでの熱量

今回の記事で取り上げたのは、公式ミュージックビデオではなく、ライブDVD「globe the best live 1995-2002」に収録された1996年のライブ映像である[2]。同じ曲の別バージョンとしてMVドラマ版も存在するが、ここではあえてライブ映像ならではの視点を中心に見ていきたい。まず印象的なのは、スタジオ音源で幾重にも重ねられたシンセサイザーのレイヤーを、ステージ上でどう再現しているかという点だ。打ち込みの音とライブ演奏が交差する瞬間があり、CDで聴いていたときとは違う生々しさが加わっている。KEIKOのボーカルも、スタジオ録音特有の整えられた声とは違い、ステージの空気を吸い込んだ張りのある歌声になっており、サビでの伸びやかさがより強く伝わってくる。マーク・パンサーのラップパートも、観客に向けて語りかけるような動きが加わることで、単なる音源の再現以上の説得力を持つ。1996年当時の「PREVIEW」というイベントでの映像だという点も興味深い[2]。ヒットしたばかりの新曲を、リリース直後のステージでどう表現していたかという記録でもあり、後年のより完成されたライブとはまた違う、初々しさと勢いの両方が同居している。照明や演出も、当時のダンスミュージックシーンらしい派手さがありつつ、曲の持つ高揚感をきちんと引き立てる方向で設計されている印象を受けた。公式MVがドラマ仕立てで物語性を前面に出すタイプだとすれば、このライブ映像は曲そのものの生演奏の強度で見せるタイプだと言える。映像の物語性という点では控えめだが、曲がステージでどれだけの熱量を持って鳴らされていたかを確かめられるという意味で、ライブ映像ならではの価値がある。ドラマ的な演出を求める人にはMV版の方が向いているかもしれないが、この曲の音楽的な骨格をもう一度確かめたいと思ったときには、このライブ映像を見る価値は十分にある。

参考リンク

旅立ちを歌った曲が長く聴き継がれるように、家や土地にも、誰かが積み重ねた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。