ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=Z-asfMte17s
確認した動画: globe / 「DEPARTURES」(主演:三吉彩花)(globe Official YouTube)

「DEPARTURES」は、globeが1996年1月1日に発表した4thシングルである[1]。作詞・作曲・編曲のすべてを小室哲哉が手がけ、JR東日本のスキーキャンペーン「JR SKISKI」のCMソングとしても展開された[2][3]。売上は約228.8万枚に達し、1996年のオリコン年間シングルチャートで2位を記録するなど、globeの代表曲として今も広く知られている[1]。ところが、これほどのヒット曲でありながら、リリース当時はミュージックビデオが制作されていなかった。小室哲哉自身が後年、「当時あまりにも多忙すぎてMVを撮影する時間がなく、それは僕にとっても心残りとなっていました」と振り返っている[4]。その空白が埋まったのは、実に20年後の2016年5月3日。globeデビュー20周年を記念した「MUSIC VIDEOドラマプロジェクト」の第2弾として、三吉彩花主演のMVドラマが公開されたのである[3][5]。第1弾の「FACE」(主演:池田エライザ)に続く企画で、小室哲哉が描いた歌詞の世界観をドラマ仕立ての映像として表現するという試みだった[5]。同じ楽曲のライブ映像を扱った記事はすでに別にあるが、この記事では、20年越しに与えられたこの物語的な映像だからこそ語れることに焦点を当てたい。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:この曲そのものは、1996年当時からすでに完成されたミリオンヒットであり、曲・歌詞のどちらも高い水準にある。しかし今回のMVドラマ版が特別なのは、リリースから20年間映像を持たなかった楽曲に、初めて具体的な物語と一人の女優の身体性が与えられたという一回性にある。三吉彩花が全力で泣く演技によって、抽象的だった歌詞世界が「裏切られた女性の絶望と再生」という一つの筋書きに結晶した。曲や歌詞の完成度を超えて、この映像だからこそ生まれた体験の強さを主視点として選んだ。

MVなきミリオンヒットという、20年間の空白

「DEPARTURES」がどれほどの曲だったかは、数字を見るだけでもわかる。約228.8万枚という売上は、globeの全シングルの中でも最も大きい記録であり、1996年の年間シングルチャートでは2位につけている[1]。JR東日本の「JR SKISKI」キャンペーンソングとして、竹之内豊と江角マキコが出演したCMとともに冬の風物詩のように流れ続けたことも、この曲を国民的なヒットに押し上げた要因のひとつだろう[2][3]。ただ、当時の小室哲哉は、TRF、篠原涼子、華原朋美など、いわゆる「小室ファミリー」と呼ばれる楽曲群を同時並行で手がけるという、尋常ではない多忙の渦中にあった。そのスケジュールの中では、これほどのヒット曲であっても、MVを撮影する時間そのものが確保できなかったのだという[4]。音楽そのものは日本中に広がっていったのに、その曲の「顔」となる映像だけが存在しない。これは当時としては珍しいことではなかったかもしれないが、20年という歳月を経てなお、小室哲哉自身がそれを「心残り」と表現したことには重みがある。ヒットの大きさと、映像として残せなかった悔いの大きさは、おそらく比例していたのだろう。この空白の20年間、リスナーは自分なりに「DEPARTURES」の情景を思い描くしかなかった。雪、別れ、旅立ち――歌詞から立ち上がるイメージを、各自の記憶や経験と重ね合わせながら聴いてきたはずだ。だからこそ、2016年に公式の物語が与えられたとき、それは単なる新譜のMV公開とは違う意味を持つ出来事になった。

薮内省吾監督が三吉彩花に見た「危うさ」

MVドラマ版の公開は、globeデビュー20周年を記念した「MUSIC VIDEOドラマプロジェクト」の一環として実現した。小室哲哉が言葉で描いた世界観を、ドラマとして映像化するという企画そのものが野心的である[5]。第1弾の「FACE」で池田エライザを主演に迎えたのに続き、第2弾の「DEPARTURES」で白羽の矢が立ったのが三吉彩花だった[3][5]。監督を務めた薮内省吾は、三吉の起用理由について「壊れそうな脆さといつでも暴発しそうな危うさを持ち合わせている存在」であり、「彼女の心に不思議なバランスを感じました」と語っている[3]。この言葉づかいが興味深い。単に容姿や知名度で選ばれたのではなく、その人が内側に抱える危うさと均衡感覚こそが、この曲の主人公を演じるために必要な資質として見出されている。三吉彩花は1996年生まれ、つまり「DEPARTURES」がリリースされたのと同じ年に生まれている[3][6]。この偶然の一致は、企画側が意図したものかどうかは定かではないが、結果として「曲の年齢と同じ歳月を生きてきた女優が、20年分の物語を背負って演じる」という構図を生み出した。三吉自身は「globeは両親が好きで、幼い頃から馴染みがあった」とコメントしており、彼女にとってもこの楽曲は、単なる仕事の対象ではなく、自分の生い立ちに寄り添う音楽だったことがうかがえる[6]。世代的には直接その熱狂の渦中にいたわけではないはずの三吉が、両親を通じてこの曲と自然に接してきたという経緯は、この曲が世代を超えて受け継がれてきたことの一つの証でもある。

雪深い村の物語が描く「悲劇からの脱却」

MVドラマの物語は、雪深い村で育った女性が主人公である。清廉さを求めながらも、日々のなかで抑圧されるように生きてきた彼女は、やがて一人の男性と恋に落ち、満たされた時間を過ごす。しかしその幸福は長く続かず、彼が別の女性とともに村を去ってしまうという裏切りに直面し、絶望した彼女は家を飛び出していく[6]。企画全体のテーマとして掲げられたのは「愛の世界が引き起こす悲劇。その悲劇からの脱却」という言葉だった[3]。歌詞そのものの内容にここで深く立ち入ることはしないが、もともと「DEPARTURES」という曲名が示す「旅立ち」というモチーフと、この物語が描く「絶望の果てに家を出る」という展開は、無理なく重なり合っている。曲が持っていた抽象的な情感――別れ、決意、寒さの中の孤独――が、具体的な一人の女性の物語として結晶化した瞬間を、このMVは見せてくれる。三吉彩花は撮影について「あれほど泣くお芝居をする経験はなかなか無いので、思い切り演じました」と振り返っている[3][6]。極寒の環境の中での撮影だったことも伝えられており、その過酷さが、映像に映る涙の生々しさに直結しているように見える[6]。演技が過剰に技巧的であるよりも、身体が本当に冷えた状態で流された涙だからこそ、20年前の曲が抱えていた切実さと呼応するのだろう。曲がすでに国民的な広がりを持っていたからこそ、その曲に対してどんな物語を当てはめるかは、本来とても難しい仕事だったはずだ。聴き手それぞれがすでに自分なりの「DEPARTURES」像を持っている中で、公式の物語を提示することはリスクも伴う。それでも、雪、裏切り、旅立ちという普遍的なモチーフに絞り込んだことで、多くの聴き手が抱いていたイメージと大きく矛盾しない着地点を見つけられたのではないか。

20年という時間そのものが、このMVの一部になっている

このMVドラマ版を語るうえで欠かせないのは、「20年後に作られた」という事実そのものが持つ意味である。もし1996年当時にMVが制作されていたら、それは単に「ヒット曲に添えられた映像」でしかなかっただろう。しかし20年という歳月を経てから作られたことで、このMVには「長く待たれていたものがようやく形になった」という特別な重みが加わった。小室哲哉が「心残り」と語っていたこと、そして三吉彩花という、曲と同い年の女優が起用されたことは、単なる偶然の重なりというより、企画全体が「時間」というテーマを強く意識していたことの表れのように思える[3][4][6]。曲そのものの評価で言えば、「DEPARTURES」はメロディ、構成、アレンジのいずれをとっても完成度が高い。小室哲哉が手がけたシンセサウンドとKEIKOのボーカルが作り上げる透明感のある広がりは、MVの有無にかかわらず、この曲が長く聴かれ続けてきた理由そのものだろう。歌詞についても、旅立ちと別れという普遍的なテーマを、直接的すぎない言葉選びで描いており、聴く人それぞれの記憶に重ねられる余白がある。それでも今回、主視点を「MVがいい」に置いたのは、この映像が単なる曲の補完ではなく、20年間存在しなかったものが初めて形になったという、一回性の物語を背負っているからだ。薮内省吾監督が三吉彩花に見出した危うさ、彼女自身が全力で演じきった涙、そして雪深い村を舞台にした悲劇と脱却の物語。これらすべてが、20年という時間の重みと結びついたとき、単なるミュージックビデオを超えた、一つの独立した作品として成立している。曲を知っている世代にとっては、長年欠けていたピースが埋まる体験であり、曲を知らない世代にとっては、この映像から入ってなお十分に心を動かされる強度がある。それこそが、このMVドラマ版が持つ、他にはない価値なのだと思う。

参考リンク

20年の時を経て初めて物語を得た曲があるように、家や土地にも、語られるのを待っている時間が眠っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。