ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=Cd6NvdB8PG0
確認した動画: globe / Is this love(globe Official YouTubeチャンネル)

「Is this love」は、globeが1996年8月28日に発表した6thシングルである[1]。翌1997年3月21日発売の2ndアルバム「FACES PLACES」にも収録されており、同作は初週で164万枚を超えるセールスを記録し、オリコン週間アルバムチャートで初登場1位を獲得した[2]。シングル自体もオリコンチャートで1位を獲得し、globeにとって通算3枚目のミリオン規模のヒットとなった[1]。作詞・作曲は小室哲哉とMARC(MARC PANTHER)の連名、編曲・プロデュースは小室哲哉が手がけている[1]。それまでのglobeは、疾走感のあるトランス色の強いダンスナンバーで一世を風靡していたが、この曲は一転して和みを感じさせる癒し系のサウンドとして発表され[3]、当時のファンやリスナーに驚きをもって迎えられた一曲だったといえる。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:曲そのものの完成度も非常に高いが、この曲を語るうえで欠かせないのが、アリゾナで撮影された本格ミュージックビデオの存在だ。globeにとって初めてライブ映像の使い回しに頼らない「フル尺MV」であり、制作費はおよそ1億円、気温42度・湿度ほぼゼロという過酷な環境で4日間かけて撮影されたという逸話が残っている[1]。同時期に安室奈美恵「SWEET 19 BLUES」の制作も並行して進んでいたという背景まで含めて考えると、映像込みで曲に出会う体験としての強さが際立つため、主視点はMVがいいに置いた。

トランスの熱狂の後に訪れた、乾いた癒しのサウンド

1996年当時のglobeは、「DEPARTURES」や「FREEDOM」といったトランス色の強いダンスナンバーで一時代を築いていた渦中にあった。そこに投じられたのが「Is this love」である。音楽メディアの解説では、それまでの「超ポップ路線、激トランス路線から一転して突如発表された和み系癒しナンバー」と紹介されており[3]、当時のリスナーにとってはある種の肩透かしと、それ以上の新鮮な驚きを同時にもたらした曲だったのではないかと想像する。小室哲哉の作家性は、実は激しいビートだけにあるのではない。むしろ、力を抜いた瞬間の呼吸の作り方にこそ本領があるように思う。この曲のサウンドは、シンセサイザーを軸にした近未来的な質感を保ちながらも、リズムの畳みかけを抑え、KEIKOのボーカルとMARCのラップがゆったりと絡み合う空間を作っている。ダンスミュージックの高揚感と、バラード的な包容力、その両方の要素を併せ持つバランス感覚こそが、この曲がただの箸休めではなく、代表曲として今も語られ続けている理由だろう。KEIKOの歌声は、力任せに伸ばすタイプの歌唱ではなく、言葉の輪郭を丁寧になぞるように紡がれていく。そこにMARCのラップが低い温度で滑り込んでくることで、曲全体に奥行きが生まれる。二人のボーカルスタイルがまったく違う質感を持ちながら、一つの楽曲の中で喧嘩せずに共存している。これはグループとしてのglobeの強みが、もっとも自然な形で発揮された瞬間の一つだと感じる。イントロからサビに至るまでの展開も、性急に盛り上げようとしない。じわじわと音数を増やしながら、聴き手の体温を少しずつ上げていくような構成になっている。派手なブレイクや転調で押し切るのではなく、曲全体を通して一定の湿度を保ち続ける。だからこそ、何度リピートしても疲れることがなく、むしろ聴くたびに新しい発見がある。1990年代のダンスミュージックシーンの中で、これほど「静けさ」を武器にした楽曲は決して多くなかったはずだ。

小室哲哉とMARCが紡いだ言葉、普遍的なラブソングとして

歌詞に丸ごと触れることはしないが、その手触りについて考えてみたい。作詞は小室哲哉とMARCの連名によるもので[1]、二人の作家性が一つの言葉の流れの中に溶け込んでいる。テーマとして描かれているのは、特定の時代や状況に縛られない、普遍的な愛の輪郭を確かめるような視線である。タイトルの「Is this love」という問いかけ自体が、断定を避け、聴き手それぞれの経験や記憶に委ねる余白を残している。恋愛の高揚をストレートに歌うのではなく、その感情が本物かどうかを静かに確かめようとする視点は、トランスサウンド全盛期のglobeが持っていた疾走感とは対照的な、成熟した大人の距離感を感じさせる。当時、globeの主なリスナー層は10代から20代の若い世代が中心だったと言われるが、この曲の歌詞世界は、決して若さだけに向けられたものではない。年齢を重ねてから聴き直すと、また違う感情の層が見えてくるタイプの歌詞だと思う。KEIKOが歌う部分とMARCがラップする部分とで、視点や距離感がわずかに変わる構成になっているのも興味深い。一人称的な独白と、外側から状況を眺めるような視点が交互に現れることで、聴き手は自分がどちらの立場にも感情移入できるようになっている。説明的になりすぎず、かといって抽象的すぎもしない、そのバランスの取り方に、当時のglobeの歌詞世界の成熟を感じる。派手な比喩や難解な言葉を使わなくても、シンプルな問いかけの繰り返しだけで、聴くたびに違う相手の顔を思い浮かべさせる。そういう懐の深さが、この曲の歌詞にはあると感じている。

アリゾナの砂漠と1億円が生んだ、globe初の本格MV

この曲を語るうえでどうしても外せないのが、ミュージックビデオの存在だ。「Is this love」のMVは、globeにとって初めて、ライブ映像の使い回しに頼らない「フル尺のミュージックビデオ」として制作された[1]。撮影地はアメリカ・アリゾナ州で、気温42度、湿度ほぼゼロという過酷な環境の中、4日間かけて撮影されたという[1]。複数のヘリコプターを使った空撮も行われ、制作費はおよそ1億円にのぼったと伝えられている[1]。1990年代当時の邦楽シーンにおいて、これほどの規模の予算と時間をかけたミュージックビデオは決して多くなかったはずで、globeというプロジェクトそのものへの期待と投資の大きさがうかがえる。興味深いのは、この撮影が安室奈美恵の「SWEET 19 BLUES」の制作と同時期に進められていたという背景だ[1]。衣装や内面の表現を通じて、外見的な美しさだけではない女性性のイメージを打ち出すという共通したコンセプトがあったと言われており、小室哲哉というプロデューサーが、複数のプロジェクトを横断しながら一つの美意識を追求していたことがうかがえる[1]。実際の映像を見ると、乾いた大地と広大な空が画面いっぱいに広がり、そこに立つ人物の存在がとても小さく、しかし確かなものとして描かれている。都会的なセットやスタジオでは決して生まれない、剥き出しの自然の中での孤独と解放感が同居した映像世界は、楽曲が持つ「和み」と「乾き」の両方の質感と見事に呼応している。ヘリコプターによる空撮によって生まれる俯瞰の視点は、恋愛という個人的な感情を、もっと大きな自然や時間の流れの中に置き直しているようにも見える。曲を聴くだけでは見えてこなかった、スケールの大きな世界観が、この映像によって初めて開かれる。だからこそ、音源だけで完結させず、あえて映像込みでこの曲に出会ってほしいと思う。

参考リンク

砂漠の大地に残されたヘリ空撮の記憶のように、家や土地にも、誰かが積み重ねた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。