「wanna Be A Dreammaker」は、globeが1998年9月2日に発表した13thシングルである[1][2]。作詞はMARC&小室哲哉、作曲・編曲は小室哲哉によるもので、CDには「Straight Run」「Sigmund Freud Mix」「Instrumental」の3バージョンが収められている[1][2]。この曲がとりわけ特別なのは、単体のヒット曲としてではなく、「BRAND NEW globe 4 SINGLES」という前代未聞の企画の先頭に立たされた一曲だったという点にある。9月2日の本作を皮切りに、9月23日「Sa Yo Na Ra」、9月30日「sweet heart」、10月7日「Perfume of love」と、globeは4週連続でシングルを送り出し、10月26日付のオリコン週間シングルチャートでは4作すべてがトップ10入りするという記録的な事態を引き起こした[1]。初回盤には4枚のCDをまとめて収納できる特殊なジャケット仕様が用意されており、リスナーに「これは連作である」と視覚的にも伝える仕掛けになっていた[1]。そして本作は同年の第40回日本レコード大賞で大賞を受賞し、globeにとって初めての大賞獲得となった[1][3]。小室哲哉がプロデュースした作品としては4年連続の大賞受賞であり、当時の音楽シーンにおける小室サウンドの強さを象徴する出来事でもあった[1][3]。
4連発企画の先頭に置かれた、ビッグビートの重心
この曲を語るうえで欠かせないのは、単独の作品としてではなく、4週連続リリースという企画全体の「最初の一音」として設計されていたという事実である。9月から10月にかけて毎週のように新曲を投下するという試みは、当時としても異例のペースであり、聴き手を飽きさせずに惹きつけ続けるための曲順や曲調のコントラストが求められていたはずだ[1]。その先陣を切る役割を担ったのが本作だった。イントロから流れてくるのは、きれいに整えられたメロディアスな導入ではなく、ノイズ混じりのビートと硬質なシンセの応酬である。小室哲哉がこの時期に志向していたビッグビートの要素を色濃く感じさせるサウンドで、聴き手を優しく招き入れるのではなく、いきなり音の渦の中に引きずり込むような構成になっている[4]。楽曲の分析を行ったファンブログでも、このイントロの「うるささ」こそが小室哲哉らしい仕掛けだと評されている[4]。そこにMARK PANTHERのラップパートが乗ることで、曲全体にさらに硬質な緊張感が加わる。ラップという要素は、それまでのglobeの楽曲の中でも重要な位置を占めてきたが、本作ではそのラップが持つエネルギーが特に強く前面に出ている印象がある[4]。そしてサビでKEIKOのボーカルが入ってくると、音像の質感がふっと変わる。硬質でノイジーだった手触りに、彼女の伸びやかな声が乗ることで、機械的な冷たさと人間的な熱量が同居する瞬間が生まれる。この対比の作り方こそが、小室哲哉がこの時期に追求していた音作りの核心だったのではないかと思わせる。収録されている「Sigmund Freud Mix」というリミックスの存在も見逃せない。シングル表題曲だけでなく、あえて実験的なミックスを同時収録することで、一つの楽曲を複数の角度から聴かせる仕掛けを作っていた。ストレートな完成形と、より深く沈み込むようなリミックスの両方を行き来できることが、この曲を何度も聴き返したくなる理由の一つになっている。曲そのものの強度だけでなく、こうした「聴き方の選択肢」を用意していた点も、当時のシングルとしては丁寧な作り込みだったと言える。
タイトルに刻まれた言葉遊びと、追い続ける夢の手触り
この曲の歌詞に丸ごと踏み込むことはしないが、タイトルの成り立ちには触れておきたい。「wanna Be A Dreammaker」というタイトルは、頭文字を並べると「B」「A」「D」という並びが浮かび上がる仕掛けになっているとされる[4]。「夢を作る者になりたい」という前向きな響きのタイトルの内側に、「BAD」という言葉がひそかに埋め込まれているという構造は、小室哲哉らしい言葉遊びの一端として語られてきた[4]。歌詞そのものは、夢を待ち続ける気持ちや、恋しさを抱えながら何かを探し続ける時間を描いていると伝えられている。作詞にMARCの名がクレジットされている点も興味深い。globeの楽曲の多くは小室哲哉が作詞・作曲の両方を担うことが多かったが、本作では「MARC&小室哲哉」という表記になっており、通常とは異なる並び順であることがファンの間でも指摘されてきた[4]。MARK PANTHER自身の言葉が、どこかの形でこの曲の詞に反映されているのだとしたら、それは単なるプロデューサーの意匠だけでなく、グループを構成する一人ひとりの声が曲に滲んでいたということでもある。「夢を追う」というテーマ自体は、決して目新しいものではない。むしろポップミュージックの中では繰り返し歌われてきた普遍的な主題だ。しかしこの曲がその使い古された主題をありきたりに感じさせないのは、サウンドの硬質さと、タイトルに仕込まれた二重性のためだろう。前向きな言葉の裏に影を潜ませる。手放しの夢物語ではなく、どこかざらついた手触りを残したまま夢を語る。そのバランスの取り方に、この時期のglobeらしさが表れているように思う。
KEIKOの姿を通して見る、MVの緊張感
公式MVについては、KEIKOが撮影当日に置かれていた状況がのちに語られたことがある。誕生日の翌日、睡眠がほとんど取れないまま撮影に臨んだという逸話が伝えられており、映像の中の彼女の表情や佇まいには、そうした実際のコンディションが滲んでいるようにも見える[4]。「4 SINGLES」の各作品はいずれも夢や悪夢的なイメージを共通のモチーフとして持っていたとされ、本作のMVもその流れの中に位置づけられている[4]。派手なストーリー仕立てで押し切るタイプの映像ではなく、曲が持つ硬質さと呼応するような、緊張感のある画作りが基調になっている。MARK PANTHERのラップパートに合わせた映像の切り替えや、KEIKOのアップになる瞬間の温度の変化は、音だけで聴いていたときには気づきにくい部分に光を当ててくれる。ただし、MVとして突出した物語性や強い映像的仕掛けがあるかというと、そこまでの決定打があるわけではない。楽曲そのものが持つ攻めの強さに対して、映像はあくまで曲の世界観を丁寧になぞる役割に徹しているという印象で、曲の強度と比べると一段落ち着いた立ち位置にある。それでも、当時のリアルな撮影エピソードを知った上であらためて映像を見返すと、KEIKOの一つひとつの表情に別の重みが加わってくる。彼女がどんな状態でカメラの前に立っていたかを知ることで、映像の中の緊張感がフィクションではなく、その場に確かにあった空気だったのだと感じられるようになる。MVの評価としては、曲や歌詞の強さと並べたときに主役を張るほどではないが、楽曲の成立過程を知るための貴重な手がかりとして、確かな価値を持っている。
大賞を獲った先に見える、あの年のglobeの熱量
本作が第40回日本レコード大賞で大賞を受賞したという事実は、単に一曲の評価にとどまらない意味を持つ[1][3]。4週連続リリースという前例のない企画をやり切り、なおかつその先頭に立った曲が年間の頂点に選ばれたということは、当時のglobeとリスナーの熱量がどれほど高かったかを物語っている。オリコンチャートでは初登場1位を記録し、プラチダ認定を受けるほどのセールスを残した[1]。数字の上での成功はもちろんだが、それ以上に、次々と畳みかけるようにリリースされる新曲を、聴き手が息切れせずに受け止め続けたという事実こそが、この時代のglobeの特異な強さを示している。本作はその連作の「起点」でしかないとも言えるが、起点だからこそ背負わされたプレッシャーもあっただろう。聴き手の耳を一曲目でつかみ損ねれば、続く3作への期待もしぼんでしまう。そう考えると、あのノイジーなイントロで有無を言わせず引き込みにかかる構成は、単なる音作りの好みではなく、連作の先頭を担う曲としての戦略でもあったのかもしれない。今この曲を聴き返すと、当時の熱狂そのものを追体験することは難しいかもしれない。しかし、なぜこの曲が大賞に選ばれたのか、なぜ4週連続という無謀とも思える挑戦が成立したのかを考えながら聴くと、単なる懐かしさとは違う手応えが返ってくる。それは、一つの時代のポップミュージックが持っていた勢いそのものを、曲の中に閉じ込めているからだろう。
参考リンク
- [1] wanna Be A Dreammaker - Wikipedia
- [2] wanna Be A Dreammaker - DISCOGRAPHY | globe Official Website
- [3] 第40回日本レコード大賞 - Wikipedia
- [4] globe - Wanna Be A Dreammaker | HERETIC!!!
夢を追い続ける勢いをそのまま音にした曲があるように、家や土地にも、誰かが積み重ねてきた時間が残っています。
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