郷ひろみ「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」は、1993年1月21日に発売された郷ひろみの65作目のシングルである[1]。作詞は芹沢類、作曲は楠瀬誠志郎、編曲は山本健司。フジテレビ系のドラマ『正しい結婚』の主題歌として世に出た曲で[1]、もともとは楠瀬誠志郎自身が1989年に発表した同名アルバムのタイトル曲だったという[1][3]。楠瀬誠志郎版は1989年10月にシングルとしても発売されており、それを郷ひろみがカバーする形で1993年にシングル化した、という成り立ちを知ってから聴くと、この曲の輪郭が少し違って見えてくる[1][3]。自分がこの曲に出会ったのは最近のことで、YouTubeで公式に上がっていたライブ映像を何気なく再生したのがきっかけだった[4]。タイトルの長さにまず引っかかり、それから声に引き込まれた。制作の経緯を後から知って、なるほどと思うことがいくつもあった。ドラマ主題歌という枠組みで作られた曲は数多くあるが、この曲は物語の添え物としてではなく、それ自体が一つの独立した物語として立ち上がっているように感じる。タイアップという商業的な仕組みの中から、時代を越えて残る曲が生まれることがある。それもまた、この曲が教えてくれることの一つだと思う。ドラマ『正しい結婚』がどのような物語だったのか、今となっては詳しく覚えている人は少ないかもしれない。それでも主題歌だけが独立して残り、こうして三十年以上を経ても聴き継がれている。物語よりも先に、曲そのものが誰かの記憶になっていく。そういう順番の逆転が、この曲には起きているように思う。
発売当初のオリコン週間最高位は43位と、決して派手な数字ではなかった[3]。それでも有線放送を中心に支持が広がっていったと伝えられている[3]。爆発的に売れた曲ではなく、時間をかけて人の耳に染み込んでいった曲だということが、この数字からも見えてくる。自分がこの曲を最近になって知ったのも、もしかしたらそういう性質の曲だからかもしれない。すぐに広まるのではなく、必要な人のところへ、必要なタイミングで届く曲というものが、確かにあるのだと思う。東京で働いていた二十代の自分だったら、この曲の良さにはたぶん気づけなかった。今、磐田で暮らし、日々の仕事の中で人の時間の積み重ねに触れているからこそ、この曲の歩み方そのものに共感してしまうのかもしれない。数字としての43位だけを見れば地味な記録に映るかもしれないが、その後もロングセラー的に歌い継がれてきた経緯を知ると、順位という一断面だけでは測れない曲の力があることに気づかされる。
大人の片思いという新しい肌ざわり
この曲がそれまでの郷ひろみの楽曲と違っていたのは、大人の男性の片思いの切なさを正面から歌ったところにあったとされる。華やかなスターとして歌ってきた人が、ここでは一転して、声を張り上げずに、自分の内側にある届かない思いをそっと差し出しているように聴こえる。サビに向かって声量を上げていく作りでありながら、感情が爆発する寸前でふっと抑えられているように感じるのは、こちらの聴き方のせいかもしれないが、少なくとも自分にはそう響く。歌い上げるというより、抱えたまま歌っている、という言い方のほうが近いのではないかとも思う。それまでの郷ひろみの楽曲に多かった、明るく前を向くタイプの恋愛曲とは違う位置に、この曲は立っている。同じ歌手の同じ声でも、選ぶ曲によって全く別の顔が見えてくる。そのことに素直に驚かされる。長く第一線で活動を続けてきた歌手が、あるとき一曲のカバーをきっかけに新しい表情を獲得する。その転換点に立ち会っているような気持ちで、この曲を聴いている自分がいる。
楠瀬誠志郎という書き手の名前を知ったのは、この曲がきっかけだった。彼自身のバージョンがどのような歌い方だったのかは、聴き比べてみないとわからない。ただ、郷ひろみが歌うことで、この曲は「知られなかった思い」という一つの物語になったように思う。誰かの手で書かれた曲が、別の誰かの声を得て、また違う意味を持ち始める。カバーという形式そのものが、この曲のテーマである「伝わらなさ」と、どこか通じ合っているように感じるのは、考えすぎだろうか。書いた人の思いと、歌う人の解釈と、聴く人の記憶が、それぞれ違う場所からこの一曲に重なっていく。その重なり方自体が、タイトルの「君は知らない」という言葉とどこかつながっているように思えてならない。曲を作った人の思いも、歌う人の解釈も、結局のところ聴き手であるこちらには全部はわからない。わからないままに、それでも何かが伝わってくる。音楽というものの不思議さは、案外そういうところにあるのかもしれない。
じわじわ広まる曲と、じわじわ効いてくる感情
発売直後に大きく話題になったわけではなく、有線放送を通して少しずつ支持を集めていったという経緯は、この曲の内容そのものと重なって見える。好きだという気持ちも、寂しさも、待っていたという事実も、多くの場合は一瞬で相手に伝わるものではない。むしろ、時間をかけてじわじわと本人の中に積もっていき、ある日ふとした瞬間にあふれ出す。そういう感情の動き方と、この曲が世の中に広がっていった動き方が、似ているような気がしてならない。ヒットチャートの順位という数字の裏に、実際に誰かの生活の中で繰り返し流れていた時間があったのだと思うと、43位という控えめな数字の見え方も変わってくる。当時、街の喫茶店や職場のラジオから、この曲が繰り返し流れていた光景を想像してみる。派手な宣伝よりも、日常の中で何度も耳にすることの積み重ねが、この曲を長く残る一曲に育てていったのではないかと思う。今はストリーミングやSNSで一気に拡散する曲が多いぶん、こうして時間をかけて広がっていった曲の背景を知ると、音楽の届き方にもいろいろな速度があったのだと気づかされる。
編曲の山本健司による音の重ね方も、静かに効いてくる作りだと感じる。イントロから大仰に盛り上げるのではなく、ピアノやストリングスが少しずつ足されていくような進み方で、聴き手の感情を急かさない。1993年という時期は歌謡曲からJ-POPへと呼び方が変わっていく過渡期でもあったはずだが、この曲にはそのどちらとも言い切れない、少し古風な丁寧さが残っているように聴こえる。それが、今聴いても古びて感じられない理由の一つではないかと思う。サビでのコーラスの重なり方も、感情を煽るためというより、一人の声だけでは支えきれない切なさを、そっと後ろから支えているように聴こえる。派手なアレンジで押し切るのではなく、必要な音だけを丁寧に置いていくような編曲は、聴くたびに新しい発見がある。何十回聴いても飽きないのは、こういう抑制の効いた作り方のおかげなのだろう。曲の終わり方も印象的で、大きく盛り上がってから一気に終わるのではなく、余韻を残したまま静かに閉じていくように聴こえる。聴き終えたあとにもしばらく気持ちが残るのは、そうした終わり方のせいもあるのではないかと思う。
バラード3部作の起点として
この曲は、後に「言えないよ」「逢いたくてしかたない」と続く、郷ひろみのバラード3部作の最初の一曲になったとされる。翌年以降にオリジナルのバラードが続いていったことを思うと、このカバー曲がきっかけとなって、郷ひろみという歌手の中に新しい歌い方の柱ができていったのかもしれない。一つの曲が、その後の何年かの方向性を静かに決めていく。そういうことは、音楽に限らず人生の中でもよくあることのように思う。最初は他人の曲を借りる形で始まったものが、やがて自分自身の言葉で歌う曲へとつながっていく。その流れの中に、一人の表現者が少しずつ自分の輪郭を見つけていく過程が透けて見えるようで、これもまた興味深い。三十年以上たった今もデビュー50周年を記念するツアーでバラードが中心に据えられていると報じられているのを見ると、この一曲が果たした役割の大きさを改めて感じる。
自分は磐田で不動産や空き家、相続の相談に関わる仕事をしているが、この仕事でも、最初の一件が思いがけずその後の何年かを方向づけることがある。ある家族の相談を受けたことがきっかけで、自分の仕事の受け止め方が少し変わる。誰かの家の片づけに立ち会ったことが、後の何十件もの相談に対する姿勢を決める。この曲がバラード3部作の起点になったという事実を知ったとき、自分の仕事のそういう部分と重なって、妙に納得してしまった。仕事も音楽も、最初の一歩がその後の形を決めることが多い。振り返ったときに初めて、あの一件が起点だったとわかる。それは渦中にいるときには、なかなか気づけないものだ。だからこそ、後になってあの曲、あの相談が起点だったと気づいたときには、静かな感慨のようなものがある。
届かなかった思いが残る場所
この曲を聴きながら思い出すのは、東京で働いていた頃のことよりも、磐田に戻ってきてから見てきた、家や土地に残された時間のことだ。空き家の片づけや相続の相談では、家族それぞれが違う記憶を持っている。ある人にとっては大切な家でも、別の人にとっては複雑な感情の残る家かもしれない。親が守ってきた土地への思いを、子どもが同じ重さで受け止められるとは限らない。そこにあるのは、悪意ではなく、ただ「知られなかった」というすれ違いであることが多い。長年連れ添った夫婦の間にさえ、口に出さなかった思いが積もっていることがある。家は黙って、その積もった時間を抱え続けている。片づけの現場で見つかる古い手紙や写真は、その沈黙の一端をふと見せてくれることがある。しかし、それでもなお言葉にならなかった部分のほうが、きっと多いのだろうと思う。相続の話し合いの場に同席していると、家族が初めてお互いの本音に近いものに触れる瞬間に立ち会うことがある。その瞬間まで、誰もが「知らない」まま何十年も過ごしてきたのだと気づかされる。
「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」というタイトルは、恋愛の歌でありながら、そうした家族の間に残る沈黙にもそのまま当てはまるように感じる。伝えたつもりでも伝わっていなかったこと、大事にしていたのに言葉にしなかったこと。オリコン最高43位という数字から、有線放送を通じて長く支持されるヒットへと育っていったこの曲の歩みは、感情がすぐには言葉にならず、時間をかけて誰かに届いていく過程そのもののように思えてくる。派手さのない曲だからこそ、こうして三十年以上たった今も、自分のような聴き手のところに届くのかもしれない。仕事の合間にふと流すこの曲は、急かされることのない静けさを連れてくる。家や土地の相談に向き合う日々の中で、こういう曲があることを、ありがたく思う。知られなかった思いにも、それなりの重さと意味があったのだと、この曲は静かに教えてくれる。