1994年5月1日発売、郷ひろみ66作目のシングル「言えないよ」は、TBS系ドラマ「お見合いの達人」の主題歌、フジテレビ系「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」のエンディングテーマとして使われた楽曲だ。作詞は康珍化、作曲は都志見隆、編曲は山本健司が手がけている。オリコン最高27位という数字だけを見れば大ヒットというほどではないが、売上35万枚超、オリコン100位以内に通算39週ランクインという、当時の郷ひろみとしては自己最高記録となるロングセラーを記録した。
ドラマとバラエティ、二つの顔を持つ主題歌
「言えないよ」は、TBS系ドラマ「お見合いの達人」の主題歌として起用される一方、フジテレビ系のバラエティ番組「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」のエンディングテーマとしても使われている。ドラマとバラエティという異なるジャンルの番組で同時に使われたという事実は、この曲が持つメロディの親しみやすさと、幅広い層に届く普遍性を物語っている。ラブソングとしての切なさを保ちながらも、バラエティ番組のエンディングを飾るのに違和感のない軽やかさも併せ持っていたのだろう。
近しさゆえに言えない、恋の矛盾
歌詞を丸ごと引用することは避けるが、この曲が描いているのは、相手との距離が近いからこそ生まれる、恋愛感情の言い出しにくさだ。友人として、あるいは相談相手として頼られる関係にあると、その関係を壊すことを恐れて、本当の気持ちを打ち明けられなくなる。前の恋人の話を聞かされる立場にいながら、実は自分がその人を好きだという矛盾。多くの人が身に覚えのあるだろうこの感情を、飾らない言葉で描いている点が、この曲の共感を呼ぶ理由だ。
90年代J-POPらしい、丁寧な仕上がり
作曲を手がけた都志見隆、編曲の山本健司による楽曲は、90年代のJ-POPらしいミドルテンポの恋愛歌謡曲として仕上げられている。派手な仕掛けよりも、メロディラインと歌詞の情感を丁寧に響かせる作りになっており、郷ひろみの歌唱もまた、感情を過剰に表現するのではなく、抑制された切なさとして届けている。この抑制の効いた表現こそが、聴き手それぞれの経験に重ね合わせやすい余白を生んでいるのだろう。
自己最高記録を打ち立てたロングセラー
オリコン最高順位こそ27位だったが、この曲はオリコン100位以内に通算39週ランクインするという、当時の郷ひろみにとって自己最高記録のロングヒットとなった。第27回日本有線大賞では有線音楽優秀賞(ポップス)を受賞している。初動の勢いよりも、じわじわと長く聴かれ続けることの方が、時にアーティストにとって大きな財産になる。この曲のロングセラーぶりは、郷ひろみというアーティストが、単発のヒットだけでなく、長く愛される楽曲を作り続けてきたことの証でもある。
サブスク解禁がもたらした、再会の機会
今回参照した動画は、2021年8月1日のデビュー50周年・サブスク解禁を記念して公式YouTubeで公開された映像の一つだ。過去555タイトルもの楽曲が一斉に配信解禁されたこの企画は、長年のファンにとって懐かしい曲との再会の機会であると同時に、若い世代のリスナーがこうした90年代の楽曲に初めて出会うきっかけにもなっている。「言えないよ」もまた、この機会を通じて新しい聴き手に届けられている一曲だ。
康珍化という作詞家の仕事
作詞を手がけた康珍化は、多くのアーティストに恋愛の機微を丁寧に描いた歌詞を提供してきた作詞家として知られている。「言えないよ」における、近しさゆえのもどかしさという心理描写も、こうした恋愛の複雑な感情を的確にすくい上げる康珍化の作詞家としての手腕がよく表れた一曲だ。派手な言葉を使わずとも、多くの人の共感を呼ぶ普遍的な感情を描き出せることが、優れた作詞家の証だろう。
言えなかった気持ちを、今なら
東京で働いていた頃、近しい間柄だからこそ、恋愛感情を打ち明けられずにいた経験がある。関係が変わってしまうことへの恐れが、素直な気持ちを飲み込ませてしまう。この曲を聴くと、そうした過去の自分の臆病さを、少し優しく思い出すことができる。言えなかった気持ちは、時にそのまま消えてしまうこともあるが、それでも一つの大切な経験として残っている。
ドラマとの相乗効果
「お見合いの達人」というドラマのタイトルからは、恋愛や結婚をめぐる駆け引きを描いた作品であったことが推測される。そうした物語の世界観と、「言えないよ」が描く言い出せない恋心というテーマは、自然に重なり合う。ドラマの放送を見た視聴者が、劇中の登場人物の心情とこの曲の歌詞を重ね合わせながら聴くことで、単なる主題歌以上の感情移入が生まれていたのではないかと想像される。ドラマの映像と楽曲が結びついて記憶される現象は、当時のテレビと音楽の親密な関係をよく表している。
磐田で思う、言葉にできなかった思い
相続や実家の整理の相談に関わっていると、家族の間で「本当は伝えたかったけれど言えなかった」思いに触れることが少なくない。感謝や愛情は、近しい関係であるほど、かえって言葉にしづらくなることがある。この曲が描く「近しさゆえの言えなさ」は、恋愛に限らず、家族の関係にも通じる普遍的な感情なのだと感じる。
都志見隆が紡いだ、90年代のメロディ
作曲を手がけた都志見隆は、90年代の日本のポップスシーンにおいて、多くのアーティストにメロディを提供してきた作曲家だ。その旋律は派手さよりも、じっくりと聴き込むほどに味わいが増す構成を得意としている。「言えないよ」における、控えめながらも心に残るメロディラインは、まさにそうした都志見隆の作風が発揮された一曲だと言える。長く歌い継がれるためには、一度聴いて衝撃を受ける強さよりも、何度も聴き返したくなる持続的な魅力の方が重要なのかもしれない。
参考リンク
言えなかった気持ちがそれでも大切な経験になるように、家や土地にも、言葉にできなかった家族の思いが残っています。
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