平松愛理「部屋とYシャツと私~あれから~」は、2019年8月28日にリリースされた楽曲である[1]。原曲「部屋とYシャツと私」は1992年3月21日にシングルとして発表され、有線放送でのリクエストが徐々に広がったことをきっかけに100万枚を超える売上を記録し、第34回日本レコード大賞では作詞賞を受賞したと伝えられている[2][3]。もとは平松愛理自身が、結婚を控えた親友の披露宴のために書き下ろした一曲だったという[3]。「あれから」は、その原曲から数えて活動30周年という節目に発表されたアンサーソングである。公開されたミュージックビデオでは、タレントの薬丸裕英が夫役として出演し、夫婦がレストランで久しぶりに向き合う食事の場面から、二人が歩んできた時間を振り返る構成になっている[1]。結婚を控えた女性の高揚を描いた原曲に対し、「あれから」は結婚生活を20年から25年ほど重ねた妻の視点で書かれているという[1]。恋の始まりを歌った曲が、同じメロディに乗せて、暮らしを共にした年月そのものを歌う曲へと変わる。この構造自体が、この曲を単なる続編以上のものにしていると思う。多くのアンサーソングは、原曲のヒットに便乗する形で作られ、結果として原曲の記憶を薄めてしまうことがある。けれど「あれから」は、30年という年月をかけてようやく機が熟したという経緯を持ち、原曲を否定せず、その先を静かに歩いていく形をとっている。今回はこの曲を、大石セレクションで読み解いてみたい。
同じメロディに、違う年月が乗る
「あれから」を聴いて最初に驚くのは、メロディがほとんど同じであることだ。イントロが流れた瞬間、記憶の中の若い声と今の声が同時に立ち上がってくる。ここが、この曲の仕掛けの巧妙なところだと思う。歌詞を大きく変えるのではなく、同じ旋律の器に、違う年月の中身を注ぎ直している。だからこそ、聴く側は自分の中の「あの頃」と「今」を、意識しないまま同時に呼び出されることになる。音楽的には転調や大きなアレンジの変化を加えず、原曲の骨格をほぼそのまま残しているように聴こえる。派手な仕掛けを避けて、歌詞と歌声の変化だけで年月を語ろうとする姿勢は、抑制のきいた作りだと感じる。もし作り手が「新しさ」を優先していたら、テンポを上げたり、編曲を今どきのものに寄せたりする選択もあり得たはずだ。それをせず、あえて原曲の骨格をそのまま使い続けたところに、この曲の芯があるように思う。原曲の編曲は清水信之が手がけたと伝えられている[2]。イントロの入り方一つとっても、聴き手を身構えさせない優しさがある。劇的な導入で「さあ新曲です」と主張するのではなく、知っている旋律がふっと戻ってくることで、身体の方が先に思い出してしまう。そういう聴かせ方をしている。
平松愛理の歌声自体も、原曲の頃の張りのある明るさから、少し低く、少し柔らかい響きに変わっているように聴こえる。声域や発声を大きく作り変えたというより、30年近い時間の中で自然に沈んだ声の重心を、そのまま録音に持ち込んでいるような印象だ。この声の変化は、技術的な巧拙というより、生きてきた年月の証のように響く。サビに至る手前の抑え方、言葉の置き方の間合いにも、原曲にはなかった呼吸の長さが感じられる。急がない、というのがこの曲のアレンジ全体を貫く態度なのだと思う。曲そのものとしては、原曲が持っていた瞬発力の強さをそのまま流用している以上、革新性という点では控えめだ。それでも同じ旋律を、まったく違う声の質感と歌い回しで再演してみせたという一点において、「曲がいい」も高い評価に値する仕上がりになっている。
結婚という入口から、暮らしという蓄積へ
原曲が描いたのは、結婚という人生の入口に立つ女性の高揚と不安だった。新しい名字、新しい住まい、新しい役割。すべてがこれから始まるという緊張感が、あの曲の明るさを支えていたのだと思う。一方で「あれから」が描くのは、結婚生活を20年、25年と重ねた後の視点だという[1]。入口に立っていたころの高揚は、もうそこにはない。代わりにあるのは、繰り返された食卓、繰り返された洗濯、繰り返された些細なすれ違いと仲直りの蓄積である。恋愛の歌としては地味に聞こえるかもしれないが、暮らしを長く続けてきた人間には、この地味さこそが胸に迫るのだと思う。人生の入口に立つ歌は、何度聴いても未来への期待で満ちている。けれど、蓄積を描く歌は、期待ではなく確認の作業に近いものになる。今日まで一緒にいられたこと、大きな決定的な破綻を迎えずにここまで来られたこと。それ自体が、当たり前ではない出来事だったと、この曲は静かに教えてくれるように感じる。
歌詞そのものを長く引用することはしないが、そこに描かれているのは、特別な事件ではなく、同じ食卓に座り続けてきたという事実の重みだと思う。ミュージックビデオで薬丸裕英演じる夫と久しぶりに向き合う食卓の場面から物語が始まるという構成は[1]、まさにこの蓄積を象徴している。派手な出来事は起きない。ただ、同じ席に座り続けてきたという時間の堆積そのものが、静かな重みを持って迫ってくる。結婚を歌う曲は数え切れないほどあるが、その多くは始まりの瞬間を切り取る。「あれから」がめずらしいのは、始まりではなく、続いてきたことそのものを主題にしている点だ。恋愛の歌詞にありがちな「好き」「離れたくない」といった直接的な言葉を並べるのではなく、繰り返しの中にある信頼を、時間の経過という形で語っている。この間接性こそが、歌詞の完成度を押し上げている理由だと思う。
アンサーソングという形式が持つ誠実さ
ヒットした過去の曲に続編を作ることは、時に危うい試みでもある。原曲を愛した人の記憶を壊してしまうかもしれないし、二番煎じと受け取られる可能性もある。平松愛理へのインタビューによれば、歌詞の完成までにおよそ半年をかけたという[6]。30周年という節目で初めて書いたという経緯は、安易な追随ではなく、機が熟すのを待った末の選択だったのだろうと想像する。半年という時間をかけたという事実からも、原曲への敬意と、それを裏切らずに更新することへの慎重さがうかがえる。安易に「今どき風」に作り替えていたら、この曲は単なる懐かしのリバイバルで終わっていたかもしれない。時間をかけて、変えるところと変えないところを見極めたという姿勢そのものが[5]、この曲の誠実さを支えているように思う。
音楽的な特徴として、この曲がもし大きくアレンジを変えて「新曲」として提示されていたら、聴き手はここまで自然に年月を重ねて受け止められなかったのではないかと思う。同じメロディを保つという選択自体が、変わらないものへの信頼を音として表現しているように聴こえる。歌詞の中で描かれる関係性は、甘さやときめきをすでに通り過ぎた場所にあるものだ。それでも、あるいはだからこそ、そこに愛情が確かに残っている。「あれから」という言葉自体が、すでに起きたことを前提にした振り返りの視点を示している。原曲のタイトルをそのまま引き継ぎながら、その先の時間を「あれから」の三文字だけで表現してみせた言葉選びには、過剰な説明を避ける潔さがある。
公式MVが映すもの、映していないもの
「あれから」の公式ミュージックビデオは、薬丸裕英がゲスト出演し、夫婦がレストランで再会するところから始まる[1][4]。歌の主人公である平松愛理は、この夫婦を見守る側の役どころで登場しているとされ、当事者としてではなく、時間の証人のような立ち位置で画面に映る[1]。食卓の場面から始まり、二人の歩んできた歴史を振り返っていくという構成は、原曲が描かなかった「その後」を映像として具体化する試みだ。歌詞だけでは抽象的なままの「20年から25年」という年月を、実際の俳優の表情や食卓の空気感によって、観る者に手渡している。平松自身も「生きてきた時間の行き来を感じるMV」と語ったと伝えられており[1]、映像そのものが、歌詞のテーマを補強する設計になっていることがわかる。一方で、このMVは実写ドラマとしては手堅い作りにとどまっている。夫婦の再会と回想という筋立ては分かりやすいが、映像の色彩設計やカメラワークに、歌詞ほどの独自性や驚きがあるわけではない。薬丸裕英というタレントの起用によって話題性と分かりやすさは確保されているが、映像単体を繰り返し見たくなるような仕掛けは強くない。曲の理解を助ける良質な補助線ではあるものの、この曲の一番の魅力を「MVがいい」に置くのは難しいというのが、率直な感想である。
原曲「部屋とYシャツと私」の時代、この曲にはミュージックビデオという文化そのものがまだ一般的ではなかった。有線放送のリクエストという、映像を伴わない口コミに近い形で広まっていったヒットだったことを思うと[2][3]、「あれから」で初めて映像を得たこの曲が、どのような画をまとうのかは注目に値した。結果として選ばれたのは、派手な演出ではなく、日常の食卓という誰もが持っている光景だった。この選択自体が、曲の思想と一致している。特別な事件を描くのではなく、続いてきた日々を描くという歌詞の姿勢が、MVの作り方にもそのまま反映されている。
チャートの記憶と、個人の記憶が重なる場所
原曲「部屋とYシャツと私」は、有線放送でのリクエストから火がついてシングル化され、最終的に100万枚を超える売上を記録したとされる曲である[2][3]。オリコンチャートでも上位に食い込み、日本レコード大賞では作詞賞を受賞している[2]。当時テレビやラジオでこの曲を聴いていた記憶がある人は、今の自分と同じくらいの年月を重ねてきているはずだ。「あれから」を聴くことは、単に一曲を聴き直すことではなく、自分自身がその間にどう生きてきたかを振り返る作業でもある。100万枚という数字の大きさを実感として捉えるのは難しいが、その一枚一枚が、誰かの部屋の片隅に置かれていたことを想像すると、数字は急に具体的な手触りを持ちはじめる。
チャートの数字は、その時代に何人がこの曲を求めたかという客観的な記録である。けれど、その数字の内側には、一人ひとりの個人的な事情が無数に折り重なっている。結婚式でこの曲を選んだ人、失恋の後にこの曲を聴いた人、何も考えずにラジオから流れてくるのを聴いていただけの人。数字はそうした一つひとつの物語を平均化してしまうが、「あれから」という続編は、逆に一人ひとりの物語を思い出させる働きを持っているように感じる。原曲を初めて聴いた時の自分の場所を思い出すと、この曲がただの過去の名曲ではなく、自分の年表の一部だったことに気づかされる。
この曲を改めて聴きながら思うのは、音楽が持つ時間の扱い方の独特さである。文章や写真は、ある瞬間を固定して残すが、同じメロディを持つ二つの曲を並べて聴くことは、時間そのものの経過を体感させてくれる。原曲を初めて聴いた場所と、「あれから」を初めて聴いた場所は、おそらく多くの人にとって違う部屋であり、違う街だったはずだ。それでも同じメロディが流れることで、その間にあった年月が一本の線としてつながる。ATAWI MUSICでこの曲を取り上げる意味も、まさにそこにある。懐かしさをなぞるためではなく、自分がどこを通ってここまで来たのかを、もう一度静かに確かめるためだ。
参考リンク
音楽には、人生の時間が残ります。家や土地にもまた、誰かの暮らしや記憶が残っています。
この記事を書いている大石浩之は、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしています。相続した実家、空き家、土地建物の整理などでお困りの方は、必要なときに富士ヶ丘サービスへご相談ください。