相続の相談で家を訪ねると、まず戸籍を確認することから始まります。誰が法定相続人で、誰にどれだけの権利があるのか。紙の上では、家族というものはひどく明快に線引きされています。けれど、その線の外側に、長年その家を実質的に支えてきた人がいることは、決して珍しくありません。血のつながりはないけれど、誰よりもその家のことを知っている人。「Family Song」を聴くと、いつもそういう場面を思い出します。この曲は日本テレビ系水曜ドラマ『過保護のカホコ』の主題歌として作られましたが、歌詞が描いているのは特定のドラマの物語というより、もっと普遍的な問いです[1]。家族とは、血のつながりだけで定義されるものなのか。ミドルテンポで揺れるメロディと、フィラデルフィア・ソウルを思わせる豊かなストリングスに乗せて、星野源は静かにその問いを差し出してきます[2]。「恋」が新しい夫婦の形を歌ったとすれば、この曲はさらに輪を広げて、血縁を超えたつながりそのものを見つめています。不動産という、家族という制度が最も生々しく現れる仕事をしているからこそ、この曲の静かな主張は、他人事に聞こえません。
脚本を読んで生まれたソウルミュージック
「Family Song」は、2017年8月16日にSPEEDSTAR RECORDSから発売された星野源の10枚目のシングルです[1]。作詞・作曲・プロデュースを星野源自身が手がけ、ストリングスアレンジには岡村美央が参加しています[2]。日本テレビ系水曜ドラマ『過保護のカホコ』の主題歌に起用され、過保護に育てられた娘が親元を離れて自立していく物語に触れながら、星野が行き着いたのは、家族という言葉を今の時代に合わせて問い直すことだったようです[1]。楽曲の狙いについて、星野本人はインタビューで「1960年代末から70年代初頭のソウルミュージック」を目指したと語り、マーヴィン・ゲイやアル・グリーンのような本物のソウルと、ホール&オーツのようなブルーアイドソウルの両方から影響を受けてつくったと説明しています[2]。アメリカ生まれのソウルという音楽を、ヴィンテージ効果に頼るのではなく「2017年に日本的に立ち昇らせる」ことを意識していたと述べており、日本の暮らしに根ざした形で鳴らすことを目指していたようです[3]。
音づくりの面でも、こだわりがうかがえます。フィラデルフィア・ソウルを思わせる豊かなストリングスアレンジが曲全体を包み、緩やかに抑揚をつけながら歌い上げるミドルテンポの構成は、派手さよりも、じっくりと染み込んでくるような手触りを残します[2]。制作の過程では、ドラマ主題歌としてのスケジュールの制約から、リハーサルやプリプロの時間が十分にとれないままレコーディングに入ったことを星野自身が明かしており、「ミックスが終わるまでこの方向でいけるかどうかわからなかった」と、制作途中の不安も率直に語っています[2]。歌詞のテーマとしては、血のつながりに限らない多様な人間関係、同性のパートナーシップのような関係性も含めて、現代における家族のあり方を描いていると評されており、それは単なるドラマ主題歌の枠を超えた、星野源自身のメッセージだったのだと感じさせます[3]。
アメリカ発祥のソウルミュージックを、そのまま輸入するのではなく、日本の暮らしに息づく庶民の音楽として鳴らし直したいという星野源の意図は、この曲の歌詞の姿勢とも重なって聴こえます。海の向こうで育まれた音楽のフォーマットを借りながら、そこに流れているのは、どこにでもある日本の家庭の情景です。普遍的な音の型に、今この国で生きている人たちの家族の輪郭を重ねる。その二重性こそが、この曲を単なるドラマ主題歌以上の、長く残るポップスに押し上げているように感じます。
キャリア初の首位が語るもの
この曲は、オリコン週間シングルランキングで2017年8月28日付け初登場1位を記録し、星野源にとって10枚目のシングルにして初めての首位獲得となりました[1]。初週の売上はおよそ19万枚台とされ、Billboard JAPAN Hot 100でも同日付けで1位を獲得しています[1][4]。それまでヒットを重ねながらも1位には届いていなかった星野源が、家族というテーマを真正面から歌った曲でようやく頂点に立ったという事実は、静かに響くものがあります。奇をてらわず、誰の記憶にもある「家族」という普遍的な言葉を選んだことが、結果的に最も広く届いたのだとすれば、それはこの曲が抱えるメッセージの誠実さそのものが評価された結果のように思えます。
ピンクの居間で交換された役割
この曲には公式ミュージックビデオがある。監督は「SUN」「恋」なども手がけてきた関和亮で、美術デザインは前作「恋」のアートワークも手がけた吉田ユニが担当している[5]。映像は、ピンク一色に統一された居間や縁側、台所を舞台に、星野源自身がお母さん役として登場するところから始まる。父親役を高畑充希、娘役を藤井隆、ほかにも複数の出演者が家族として並び、あえて性別と役割をずらしたキャスティングで、血縁や性別に縛られない家族の形を映像として体現している[5]。星野は、両親が医学的な性別では男性同士であったり、様々な形の家族が普通になっていく未来を、このピンクの世界で表現しようとしたと語っている[5]。歌詞が言葉で提示した「家族の定義の拡張」を、MVは視覚的な役割の交換という形でもう一度差し出しているわけで、両者が補強し合っている構造がよく分かる。ただし、この映像の強さはあくまで歌詞が先に用意した思想があってこそ際立つものであり、映像単体の物語性というより、歌詞のメッセージを視覚的に翻訳した完成度の高さとして評価したい。
戸籍の外側にいた人
磐田で空き家や相続の相談を受けていると、戸籍の上では見えてこない家族の姿に、何度も出会ってきました。長年連れ添いながら籍を入れなかった夫婦、養子縁組をしないまま何十年も親子のように暮らしてきた二人、血のつながった親族よりもずっと近くで支え合ってきた友人同士。制度は、そうした関係にきれいな名前を与えてくれるとは限りません。それでも、家の中には、確かにその人たちが積み重ねてきた時間の跡が残っています。「Family Song」が歌う「家族を超えてゆけ」という言葉は、そうした、制度の外側にある関係を否定せずに、そのまま肯定してくれる響きを持っています。
介護の相談も、似た構図に行き着くことがあります。誰が最期まで隣にいたのか。誰が、書類上の続柄とは関係なく、その人の暮らしを支えてきたのか。相続の手続きは血縁を基準に進みますが、実際にその家で紡がれていた家族の実態は、もっと複雑で、もっと豊かです。この曲を聴くと、そうした現場で出会ってきた、名前のつけようのない絆の記憶が、静かに立ち上がってきます。
以前、空き家になった実家の売却を任された際、鍵を持って最初に案内してくれたのは、法定相続人ではなく、その家に長年通い続けていた隣人だったことがありました。庭木の手入れも、雨戸の開け閉めも、その人が何十年も担ってきたのだと聞かされ、書類の上の家族関係と、実際にその家を支えてきた関係のずれに、あらためて考えさせられたのを覚えています。制度は制度として必要ですが、その家に刻まれた時間の記憶までは、戸籍謄本には書かれていません。
土地の記憶が教えてくれること
磐田という土地で長く仕事をしていると、一つの家に、何世代分もの家族の形が積み重なっているのを感じることがあります。かつては大家族が当たり前だった家に、今は血のつながらない誰かが暮らしていることもあれば、逆に、家族という言葉から離れた形で、一人の時間を大切にしている人もいます。どちらが正しいということはなく、それぞれの土地に、それぞれの家族の物語があるだけです。「Family Song」の「超えてゆけ」という呼びかけは、そうした多様な形を裁かずに見つめる視線を、思い出させてくれます。
この曲を聴くたびに、家族という言葉を狭く決めつけてしまわないこと、目の前にいる人との関係を、既存の型に無理に当てはめないことの大切さを、あらためて教えられます。相続や空き家の仕事は、時に制度の線引きに縛られますが、その線の内側だけでは語りきれない絆があることを、忘れずにいたいと思います。
「家族を超えてゆけ」という言葉は、家族を否定する言葉ではありません。むしろ、家族という営みを、もっと自由に、もっと広く受け止め直そうとする呼びかけのように聴こえます。血のつながりも、同じ屋根の下で過ごした時間も、どちらも尊いものです。けれど、それだけが家族の条件ではないのだと、この曲は柔らかい声で伝えてくれます。土地や家の仕事を続けている限り、これからも、制度の外側で紡がれてきた絆に、何度も出会っていくのだろうと思います。
参考リンク
- [1] Family Song - Wikipedia
- [2] 星野源が語る、J-POPとソウルミュージックの融合(Real Sound)
- [3] 星野源『Family Song』特設サイト
- [4] Family Song / 星野源 CHART insight(Billboard JAPAN)
- [5] 星野源、新曲「Family Song」のMVに高畑充希(お父さん役)、藤井隆(娘役)らが出演(SPICE)
音楽が家族という言葉を静かに問い直すように、家や土地にもまた、誰かの暮らしや記憶が残っています。
この記事を書いている大石浩之は、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしています。相続した実家、空き家、土地建物の整理などでお困りの方は、必要なときに富士ヶ丘サービスへご相談ください。