夜、静岡県磐田市の静かな事務所で一人、パソコンに向かいながら星野源の「不思議」を聴く。この曲は、私にとって彼の数ある名曲の中でも最も深く、そして最も愛おしいと感じる特別な一曲だ。2021年の春、未曾有のウイルスの猛威によって人と人との物理的な距離が隔てられていたコロナ禍の真っ只中、この曲はTBS系火曜ドラマ『着飾る恋には理由があって』の主題歌として世に送り出された。川口春奈と横浜流星が主演を務めたこのドラマは、SNSでの見栄えや他者からの評価に囚われる現代の若者たちのリアルな恋模様を描いていたが、その背景で流れる主題歌の制作にあたり、プロデューサーの新井順子や監督の塚原あゆ子から星野源へと提示されたオーダーは「沁みるようなラブソング」だったという。どのようなドラマの展開にも寄り添い、登場人物たちが涙を流すシーンでも、情熱的に思いを通わせるキスシーンでも、すべての感情的な局面において完璧に成立する曲。星野源はそのリクエストに正面から応え、自身初となるストレートなラブソングの制作に挑んだ。当時は誰もが孤独と向き合い、他者とつながることの難しさを痛感していた時期である。そんな閉塞感の中で誕生したこの楽曲は、単なるトレンディな恋愛ドラマの伴奏という枠を大きく超え、私たちの心に深く染み渡る「形のない愛」を提示してくれた。恋愛という、誰もが知っているようでいて、実はその正体を正確に説明できない不思議な感情。星野源は本作を作る際、これまでのポップミュージックが描いてきた紋切り型の「好き」という表現ではなく、自分にとっての愛や恋の定義をゼロから捉え直そうと試みたという。制作中に行き詰まるたびに、恋のときめきを描いたアニメーション作品である『中二病でも恋がしたい!』や『たまこまーけっと』などを何度も繰り返し鑑賞して「キュン」とする感情の本質を突き詰めたというエピソードが残っているが、そのアプローチ自体が非常に哲学的だ。私たちは普段、家族や大切な人とのつながりを当たり前のものとして受け入れている。しかし、関係性が変化したとき、あるいは物理的に離れざるを得なくなったとき、その「つながり」の正体が何であるかを言葉にすることは極めて難しい。「不思議」という曲は、そんな答えのない問いに対して、優しく、そして静かに寄り添ってくれる。
例えば、磐田の街を車で走りながらこの曲のイントロが流れてくると、私はふと、かつて東京の狭いアパートのベランダから見上げた夜空を思い出す。当時はただがむしゃらに働くことで、自分の輪郭を社会に刻み込もうとしていた。そこには明確な「成果」や「他者からの評価」という定義が必要だった。しかし、この曲が歌いかけるのは、そうした外面的なラベルをすべて剥ぎ取った後に残る、もっと内省的で静かなつながりだ。名前が付いていなくても、社会的に証明されていなくても、ただそこにいて、互いを想い合うこと。コロナ禍という孤独な日々の中で星野源が提示したそのビジョンは、磐田に戻って数年が経ち、地域の生活者として日々を重ねる今の私にとって、より一層の切実さを持って響いてくる。形にこだわらず、ただ隣にいる人の存在を愛おしむことの尊さが、この曲の底流には静かに流れているのだ。
コロナ禍という孤独の中で紡がれた、名前のない関係性への肯定
本作「不思議」が制作された2021年は、世界全体が他者との接触を制限され、孤独を余儀なくされていた時期だった。星野源自身も自宅での自粛期間中にDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)の操作を本格的に学び、個人での音作りに没頭する中でこの曲の骨組みを作り上げていったという。この「個の空間」から生まれたプライベートな空気感が、楽曲全体に流れる静かで親密な温度感に直結している。彼がこの曲で描き出そうとしたのは、従来の社会的な枠組みや言葉によって定義された関係性ではなく、もっと曖昧で、それでいて強固な「心と心の結びつき」そのものだ。
このアプローチは、私自身の人生の歩みとも深く重なり合う。かつて何者かになりたくて東京で無我夢中で踏ん張っていた頃、私は常に周囲との「定義された関係」を求めていた。誰かに認められたい、社会的な立場を得たいという野心が原動力だったが、その裏には常に深い孤独があった。しかし、そこから離れて静岡県磐田市に戻り、地元に根を張って介護や不動産の仕事に取り組むようになってから、人とのつながりの見え方が大きく変わった。地方都市である遠州地域で暮らす中で気づかされたのは、都会のような記号的な人間関係ではなく、もっと地味で、名前のつかない温かい関係性の大切さだ。近所の人との何気ない挨拶、言葉を交わさずとも通じ合う家族の空気感。コロナ禍という物理的な断絶の時代に星野源がDAWに向かって独り紡ぎ出した音階は、まさにそうした「形はなくとも確かに存在する結びつき」を肯定してくれる。この曲は、社会的な肩書きや恋愛のパッケージを取り払った後に残る、他者への純粋な想いをそっと救い上げているのだ。
チャートを席巻した静かな熱量と、耳に残る音響的アプローチ
「不思議」は、派手で刺激的なトレンドが消費されるポップス界において、極めて内省的で落ち着いたトーンを持ちながらも爆発的な支持を集めた。Billboard JAPANの総合ソング・チャート「JAPAN HOT 100」で総合首位を獲得し、ダウンロード・チャートやオリコンのデジタルシングル(単曲)ランキングでも1位に輝いた。その後、ストリーミングの累計再生回数は1億回を突破している。また、同年6月23日にリリースされたフィジカルCDシングル『不思議/創造』は週間シングルランキングで初登場2位を記録し、日本レコード協会からゴールド認定を受けるなど、フィジカルとデジタルの両面で確固たる足跡を残した。この数字は、多くの人々がこの曲の持つ「静かな熱量」に自らの感情を重ね合わせた証拠だろう。音楽的な最大の特徴は、共同アレンジャーにmabanuaを迎えて構築された、豊潤なシンセ・ポップ/R&Bスタイルである。イントロから響き渡るメロウでレトロモダンなシンセサイザーのレイヤーと、地を這うような深いベースグルーヴは、聴き手を優しく包み込む。さらに、ボーカルに施された緻密なマルチトラックのエフェクトや、ユニゾン・オクターブを重ねた浮遊感のある多重コーラスワークは、まるで霧の中に溶け込んでいくような幻想的な質感を醸し出している。
この「声が重なり合い、時に輪郭が曖昧になりながらも深く心に残る」音響的アプローチは、私が日々向き合っている介護の現場での記憶と不思議なほどにシンクロする。磐田市周辺で介護施設を運営し、多くの高齢者やそのご家族と関わる中で、私は「記憶の移り変わり」を目の当たりにしてきた。認知症が進行し、かつての記憶や言葉が少しずつ失われ、家族の名前さえ思い出せなくなる瞬間がある。しかし、不思議なことに、論理的な記憶が消え去った後でも、手を取り合った時の温もりや、馴染み深い音楽のメロディ、そして長年連れ添った人の「声の響き」だけは、最期までその人の奥深くに残り続けるのだ。
「不思議」のなかでボーカルエフェクトによって何層にも重ねられ、時に溶け合うように響く歌声は、まさにそのような「言葉を超えて残る感情の地層」のように聴こえる。どれだけ記憶のディテールが失われようとも、その人の魂の奥底に静かに残り続ける確かな愛の残響。形ある言葉や明確な記憶が溶けてしまっても、お互いを大切に想う響きだけは消えないという介護現場で感じる尊い真実が、この曲の温かみのあるシンセサイザーのレイヤーと重なり合い、私の胸を熱くする。
都会の乾いた孤独と、日常のぬくもりが交錯する「不思議」な質感
この曲が聴き手を強く惹きつけて離さないのは、都会の冷たく乾いた孤独感と、家庭的な日常のぬくもりが絶妙なバランスで同居しているからだ。星野源のボーカルは決して感情を押しつけず、適度な距離感を保ちながら語りかけるように歌う。特に、要所で耳をくすぐる美しく甘美なファルセット(裏声)は、聴き手の心をそっと震わせる。サウンドは洗練された都市の夜を連想させるアーバンなR&Bのグルーヴを持ちつつも、その奥には生活の匂いや、小さな部屋で大切な人と過ごす時間の温かみが満ちている。この二面性が、聴く者の心を張り詰めさせると同時に、深く安らがせるのである。
私自身、かつて東京で深夜まで働き、家路につく山手線の窓ガラスに映る疲れ切った自分の顔を見ていた頃の孤独を今でも覚えている。コンクリートに囲まれた大都会では、何千人もの人とすれ違っても、自分を真に見つめてくれる人は誰もいないように感じられた。そんな都会の孤独を包み込んでくれるのが、この曲の持つアーバンな冷ややかさだ。しかし、同時にこの曲は、現在の私が磐田に戻って日々実感している、土の匂いがするローカルな暮らしの温かさ、家族と囲む食卓の安心感をも想起させる。
東京という「個」が埋没する街での焦燥感と、磐田という「地域」のなかで他者と地続きで生きる安堵感。その両方を経験した40代後半の大人だからこそ、この曲が描く「日常のささやかな温もり」の貴重さが骨身に染みる。派手な演出や言葉の飾り立てがないからこそ、私たちの内側にある静かな感情の揺らぎが、この音楽の余白に投影されるのだ。都会の孤独を知る人にも、地方で静かに暮らす人にも、この曲はそれぞれの場所での「大切な人との距離感」を等しく祝福してくれる。
家や土地に残る家族の歴史と、形を変えて受け継がれる想い
「不思議」という楽曲が提示する「形にとらわれない愛」は、不動産という仕事を通じて私が日々向き合っている「家や土地の整理」というテーマとも深く共鳴している。相続された実家や、住む人のいなくなった空き家の相談を受けるとき、私は単なる不動産という「物件」を査定しているのではないと感じることが多々ある。そこには、何十年ものあいだその場所で家族が暮らし、笑い、泣き、形成されてきた膨大な「記憶の地層」が刻まれているからだ。
実家を片付け、手放すという決断は、ご家族にとって非常に身を切られるような作業である。柱に刻まれた子供たちの成長の跡、手入れされた庭の草花、かつて団欒の場であったリビング。それらは経済的な価値としては測れない、家族の愛の足跡そのものだ。しかし、高齢化や世代交代の中で、どうしても元の形のまま家を維持することが難しくなる現実がある。その際、「不思議」が歌うように、愛の形は一つではなく、形を変えても残り続けるという視点が、大きな救いとなる。
物理的な家や土地を手放したとしても、そこで育まれた家族の絆や、共に過ごした記憶が消えてなくなるわけではない。形を変え、住む場所が変わっても、大切な想いは人々の心の中に受け継がれていく。私たちは、その過渡期において、過去の記憶を丁寧に整理し、次のステップへと進むためのお手伝いをしている。家や土地を整理することは、過去を否定することではなく、そこに残された愛を心の中にしまい直し、新たな形で未来へとつなげるための哲学的な作業なのだと確信している。
一言で言うなら、「不思議」とは、形あるものが失われても、心と心の間に残り続ける「響き」を信じるための歌だ。形のない愛を信じるからこそ、私たちは変化を受け入れ、前に進むことができる。
音楽が昔の街や自分を思い出させてくれるように、家や土地にも、誰かの時間が残っています。金額や合理性だけで片付けるのではなく、そこにあった時間を少しだけ振り返り、心で受け止めてから未来の選択をする。磐田市周辺で、相続した実家や空き家、土地建物の整理でお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでどうぞご相談ください。私たちは、皆様が紡いできた大切な記憶の物語を壊すことなく、新しい一歩を静かに支える存在でありたいと願っています。
ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、当たり前の感情を問い直した記憶を読み直す場所です。