ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=LGG8grKZhxY
確認した動画: 星野源 – 時よ (Official Video)(星野源公式チャンネル)

深夜の駅のホームに、誰もいない。終電が去ってから始発が来るまでの、街がいちばん静かになる時間帯。星野源公式チャンネルで「時よ」のミュージックビデオをあらためて見返すと、あの独特の透明な空気が、画面越しにもはっきりと伝わってきます。このMVは実際に、神奈川県の湘南台駅で、終電から始発までのわずか約5時間だけを使って撮影されたのだそうです[1]。星野源自身も車掌の格好で駅のホームにひっそりと紛れていたというエピソードを、本人がラジオや動画で明かしています[1]。誰にも急かされない、けれど無限にあるわけでもない、限られた夜の時間の中で撮られた映像だと知ってから、この曲そのものが持つ時間の手触りが、いっそう腑に落ちるようになりました。人が寝静まっている間にも、電車の運行スケジュールにも、街の時計にも、時間はただ律儀に進んでいく。その律儀さと、そこにふと紛れ込む一人の人間の存在感。この曲を再生するたびに、自分がまだ磐田に戻る前、東京で終電を逃して始発を待っていた夜のことを思い出します。あの頃は、時間をやり過ごすことしかできない自分に、少しいら立ってもいました。今はもう、そういう夜の時間も、悪いものではなかったと思えます。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:曲・歌詞ともに★5とした上で、主視点は歌詞がいいに置いた。ソウルフルなホーンと跳ねるリズムの組み合わせ、前半の性急な言葉の連なりと後半のゆるやかな旋律の対比は、音だけでも十分に聴かせる強さを持っている。しかしこの曲がただの心地よいダンスナンバーで終わらないのは、くも膜下出血からの療養と復帰という本人の実体験、コウノドリの現場で得た気づき、「時よ」が「東京」と重なって聴こえるように仕込まれた言葉遊びという、複数の時間軸と経験が一曲に重層的に折り込まれているからだ。メロディを抜きにしても、この曲が背負っている時間の意味を語れる強さがあり、聴くたびに人生の局面によって響き方が変わる点で、歌詞がいいを主視点に選んだ。MVも湘南台駅での終電ロケという強い企画性を持ち、10年を経て同駅の駅メロに採用されるほどの定着を見せているが[3][4]、映像単体よりも、そこに至るまでの物語(療養、復帰、タイアップ、10年後の駅メロ化)を語る歌詞・背景の情報量の方が勝ると判断した。

くも膜下出血からの回復の先に生まれたアルバム

「時よ」は、2015年12月2日にリリースされた星野源のアルバム『YELLOW DANCER』の1曲目に収録された楽曲で、作詞・作曲は星野源自身、編曲は岡村美央・武嶋聡・星野源によるものです[7]。星野源は2012年にくも膜下出血を発症して二度の開頭手術を受け、療養と活動休止を経て、2014年2月6日の日本武道館公演「STRANGER IN BUDOKAN」で本格的な復帰を果たしたと伝えられています[6]。『YELLOW DANCER』は、その大きな病を経たあとに作られたアルバムで、療養中にプリンスの楽曲が心に響いた体験が、ソウルやブラックミュージックを軸にした「踊れる音楽」を作りたいという思いにつながったと語られています[6]。生死に関わる出来事を経験した人が、その先にたどり着いた場所が「踊ること」だったという事実は、静かに重みを持って響きます。「時よ」は、そのアルバムを象徴する一曲として、時間というテーマを正面から歌っています。

この曲がもう一つ背負っていたのは、2016年1月1日から放送されたユーキャン通信講座のテレビCMソングという役割でした。星野源本人も出演したこのCMは、「好き」を学ぼうというテーマのもと、何かを学び始めた人が、その世界にのめり込んでいく姿を描いたものだったと報じられています[2][3]。星野源は当時、「否応無く進んでいく時間というもの、その移り変わりの中で生きる人間の強さ」を歌に込め、「曲を通じて勉強や、やりたいと思える事がある人達の背中を押すことができたら」という趣旨のコメントを残しています[2]。時間は止められないという前提に立ちながら、それでも何かを始める人を応援する。タイアップの依頼でありながら、そこには、大病を経験した本人の実感が重なっているように聴こえてなりません。何かを始めるのに、遅すぎるということはない。むしろ、限られた時間の中でしか何も始められないからこそ、始めること自体に意味があるのだという受け止め方が、この曲の底に流れているように感じられます。

療養から復帰までの数年間、活動を止めざるを得なかった時間があったという事実は、当時の報道などを通じて広く伝えられています。自分の意志だけではどうにもならない時間を経験した人が、そのあとに作ったアルバムで「時間」というテーマを選んだことは、偶然ではないように思えます。止められない時間を、恨むのでも、諦めきるのでもなく、そのまま抱えて前に進む。「時よ」というタイトルの、呼びかけるような響きには、そういう構えがにじんでいるように聴こえます。

「東京」と聴こえるように仕込まれた言葉、コウノドリでの気づき

星野源はアルバムの制作にあたって、海外のブラックミュージックの語法を取り入れながらも、日本を表現したいという思いを持っていたと語っています。その一環として、「時よ」というタイトルの響きが「東京」と重なって聴こえるように意図して作られたと伝えられています[5]。言葉遊びの中に、密かに東京という都市への視線を忍ばせる。この仕掛けを知ってから、曲の聴こえ方がまた少し変わりました。派手に地名を歌うのではなく、響きの奥にそっと沈めておく。そういう作り方に、この人らしい奥ゆかしさを感じます。

もう一つ、この曲の背景としてしばしば語られるのが、俳優としての星野源の経験です。2015年に放送されたドラマ『コウノドリ』で産科医を演じていた時期は、ちょうどアルバムの制作時期と重なっており、2番のAメロは、その撮影現場で赤ちゃんと接した経験から着想を得たと本人が語っています[5][6]。役者としての現場での気づきが、ミュージシャンとしての制作に染み出していく。星野源というマルチな表現者ならではの、創作の連鎖がここにあります。無事に生まれてくること自体が当たり前ではないという現場に立ち会いながら、時間というものの重みを、あらためて引き受け直していたのかもしれません。

音の作りに目を向けると、イントロから鳴るソウルフルなホーンと、跳ねるようなリズムの上に、ゆったりとしたヴォーカルが乗っている構成になっているように聴こえます。前半の性急な言葉の連なりと、後半のゆるやかな旋律の対比が、まるで急いで進む時間と、立ち止まって振り返る時間の両方を、一曲の中に共存させているようにも感じられます。ブラックミュージックのグルーヴを軸にしながらも、どこかなつかしい歌謡曲的な節回しが顔を出す瞬間があり、海外の音楽語法と、日本語の言葉の座りをすり合わせていく作業に、相当な緻密さが注がれているように思えます。

意味もなく流れる時間への向き合い方

東京で働いていた頃、忙しい日々の中で、時間をコントロールしようと必死になっていた時期がありました。スケジュールを緻密に管理し、無駄を削ぎ落とし、効率よく生きようとする。それでも、どれだけ管理しても、時間はただ淡々と、意味もなく流れ続けていきました。「動き出せ」「針を回せ」という、この曲の前半にある威勢のいい呼びかけには、そういう時期の自分と重なる響きがあります。ですが曲はそこで終わらず、サビの終わりで、もっと静かな言葉に着地していきます。自分の意志で時間をねじ伏せようとしても、結局、時間はただ意味もなく続いていくだけなのだと。一見すると無常観の漂う結論のようですが、この曲はそこで立ち止まって終わるのではなく、そんな無常な世の中だからこそ、自分らしく生きていこうという、静かな決意へとつなげていくように聴こえます。時間をねじ伏せようとする力強さと、時間には勝てないという諦観。その両方を抱えながら生きていくしかない私たちの姿を、この曲は正直に描いているように感じられます。

時間を支配しようとする力みを手放したとき、かえって自分らしく生きる余白が生まれる。曲全体を貫く柔らかなビートと、要所で挟まれるホーンの響きは、力んだ拳をゆっくりと開いていくような手触りで鳴っているように聴こえます。コントロールを諦めることは、決して敗北ではない。この曲は、そのことを大きな声で主張するのではなく、あくまで静かな体温で伝えてくるところに、独特の説得力があるように思います。アルバム『YELLOW DANCER』は2015年12月2日の発売後、オリコンウィークリーアルバムランキングで上位に入る実績を残しており[7]、それだけの数字を動かした背景に、大病を経た人間の実感がにじんでいたのだとすれば、聴かれ方の重みもまた違って感じられます。

磐田で受け止める、無常な時間の中で

磐田で家や土地の相談を受けていると、どれだけ準備をしても、時間の流れそのものは誰にも止められないという現実に、何度も向き合わされます。親の老いも、家族の変化も、意味を求めても仕方のない、ただ続いていく時間の一部です。古い家の柱や庭の木が、住む人がいなくなった後もそこに立ち続けている様子を見ると、時間というものは、人の都合とは関係なく、ただ淡々と流れているのだと実感させられます。相続の相談で、書類を前に何もできずにいる方に出会うことがありますが、その方たちが本当に向き合っているのは、書類の手続きそのものよりも、止められない時間の流れなのだろうと感じます。

「時よ」が持つ、無常な時間の中でそれでも自分らしく生きるというメッセージは、そうした現実と向き合う上で、静かな支えになっています。深夜の駅のホームで、誰にも見られずに撮られた映像のように、家族や土地をめぐる時間もまた、多くの場合、静かに、誰にも大きく気づかれないまま流れていきます。それでも、その時間の中に、その人なりの営みが確かに刻まれている。この曲を聴くたびに、コントロールできないものを受け入れながら、それでも自分らしくあり続けることの大切さを、思い出させてもらっています。

実家の片付けを手伝っていたとき、押し入れの奥から、もう誰も使わなくなった古い時計が出てきたことがあります。針は止まっていましたが、その家で長年時間を刻み続けていたものだと思うと、簡単には捨てられませんでした。土地や家というものは、そこに住む人がいなくなっても、時間の痕跡だけを残して立ち続けます。庭の木が伸び続けること、壁の色が少しずつ褪せていくこと、そのどれもが、誰かの意志とは関係なく続いていく時間の証です。相続や空き家の相談を受けるとき、そこにあるのは制度の話である以上に、止まらない時間とどう折り合いをつけるかという話なのだと、この曲を聴くたびに思い直させられます。

家に帰り、家族と過ごすなんでもない時間もまた、意味もなく続いていくものの一つです。子どもが少しずつ育っていくことも、両親が少しずつ年を重ねていくことも、特別な意味づけを必要としません。ただ、続いていく。それだけで十分に尊いのだと、この曲は静かに教えてくれます。だからこそ、そこに込められた一つひとつの瞬間を、なるべく丁寧に受け止めていきたいと思っています。深夜の駅のホームにひとり紛れ込んでいた星野源のように、日々の暮らしの中にも、誰にも気づかれないまま過ぎていく時間があります。その時間を、なかったことにせず、自分の記憶の中にきちんと留めておくこと。「時よ」という曲は、そういう静かな構えを、繰り返し思い出させてくれる一曲です。

参考リンク

音楽が限られた夜の時間に撮られた映像として残るように、家や土地にも、誰かが積み重ねた時間が残っています。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。