ページ作成日: 2026年7月3日
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確認した動画: 星野源 – ドラえもん (Official Video)(星野源公式チャンネル)

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:この曲の最大の武器は、なんといっても「ニューオーリンズと笑点のハイブリッド」という発想そのものである[5]。本来交わるはずのない異国のリズムと茶の間の記憶を同じ旋律に同居させ、さらに中間部で旧主題歌「ぼくドラえもん」の一節をさりげなく引用する[1]。この設計の精緻さは、歌詞やMVを抜きにしても十分に語れる強さを持つ。歌詞は「みんなを繋ぐ歌」というテーマ性が明確で[6]、MVも関和亮監督とELEVENPLAYという強力な布陣で高い完成度を誇るが[3][4]、両者ともにこの曲を彩る一要素という位置づけにとどまる。作詞・作曲・編曲のすべてを星野源が手がけながら、なお引用という他者性を織り込んだその設計力に、主視点を置いた。

イントロが鳴った瞬間、懐かしさと新しさが同時に押し寄せてくる。星野源はこの曲のサウンドを、ニューオーリンズの「セカンドライン」と呼ばれる祝祭的なビートと、演芸番組「笑点」のテーマのようなコミカルなフレーズの中間だと語っていたそうだ。異国のリズムと、子どもの頃から茶の間で耳にしてきた音の記憶が、同じ旋律の中に同居している。しかも曲の中間部では、1979年放送開始のアニメ版主題歌「ぼくドラえもん」のメロディが、コードも編曲もまったく違う形で一瞬だけ引用されるという。古い記憶が、新しい衣をまとって顔を出す瞬間だ。

大石浩之がこの曲に惹きつけられるのは、そこに自分自身の人生の構造を見てしまうからかもしれない。東京で働いていた頃は、常に新しいものを追いかけていた。効率のいいやり方、洗練された表現、まだ誰もやっていない切り口。そういうものに価値があると信じて、日々を過ごしていた。けれど磐田に戻り、家や土地の相談という仕事を通じて、古いものと向き合う時間が増えていった。何十年も前に建てられた家、代々受け継がれてきた土地、家族の記憶が染み込んだ古い書類。最初はその重さに戸惑うことも多かったが、次第に、新しいものと古いものは対立する二択ではないのだと気づくようになった。今はその両方が、同じ一日の中に当たり前のように同居している。「ドラえもん」という曲は、新旧が対立するものではなく、重なり合って初めて豊かになるものだということを、静かに教えてくれる。

脚本を待ってから作られた、二つの書き下ろし

「ドラえもん」は、2018年2月28日にリリースされたシングルの表題曲で、『映画ドラえもん のび太の宝島』の主題歌として制作された。星野源は制作にあたり、映画の脚本を受け取ってから曲づくりに取りかかったとされ、脚本を読んだのは2017年夏ごろだったという。先にB面の挿入歌「ここにいないあなたへ」が完成し、その後に主題歌「ドラえもん」が作られた。1本の映画のために主題歌と挿入歌の2曲を同時に書き下ろすのは、ドラえもん映画シリーズで史上初めてのことだったと伝えられている。主題歌については、歴代の「大長編ドラえもん」全作に共通する何かを歌にしたいという思いがあったと星野本人が語っているという。この曲はのちに、2019年10月から2024年11月まで、TVシリーズ『ドラえもん』のオープニング主題歌としても長く使われ続けた。5年以上にわたって毎週お茶の間に流れ続けたということは、それだけ多くの子どもたちが、この曲とともに育ったということでもある。

脚本という「実体」ができるのを待ってから曲を作る。急がず、土台が固まってから動く。その手順そのものが、遠回りに見えて実は最短の道だったのだろうと想像する。長年愛されてきたキャラクターの主題歌を任されるというプレッシャーは、決して軽いものではなかったはずだ。それでも急いで形にせず、脚本という土台を待ってから初めて動き出した姿勢に、仕事への向き合い方のようなものを感じる。家や土地の相談でも、依頼を受けた瞬間に慌てて答えを出そうとするより、まず現状という土台をきちんと確かめてから動いた方が、結局は早く、そして納得のいく結論にたどり着けることが多い。

東京にいた頃は、答えを急ぐことが仕事のできる人間の証だと思っていた時期があった。求められる前に先回りし、すぐに提案を出す。それが評価されると信じていた。けれど磐田に戻り、家族が何十年も暮らしてきた家や、代々受け継がれてきた土地の相談を受けるようになって、順番が違ったのだと気づいた。まず土地の歴史を聞き、家族それぞれの思いを聞き、書類や制度を確かめる。その土台ができてから、初めて答えを組み立てる。急がば回れという言葉があるが、脚本を待ってから曲を作ったという逸話を知って、自分の仕事の順番は間違っていなかったのだと、あらためて背中を押された気がした。

初動14万枚、そして4年ぶりの快挙

発売週のオリコン週間シングルランキングでは初週約14.4万枚を売り上げ初登場1位を獲得したと報じられている。発売直前のデイリーランキングでも初日から高い売上を記録し、その後も複数日にわたって首位を維持したという。Billboard JAPANの集計でも初週の売上枚数がシングル・セールス首位となったとされ、ドラえもん映画の主題歌がオリコン週間ランキングで1位を獲得するのは、Kis-My-Ft2「光のシグナル」以来4年ぶりの快挙だったと伝えられている。星野源本人にとっても、ソロアーティストとしてその年の最多売上枚数を更新する結果になったとも報じられている。

数字の大きさよりも、幅広い世代に届いたという事実の方が、この曲の性格をよく表しているように感じる。子どもも、その親も、さらに上の世代も、同じメロディを同じように口ずさめる。世代を超えて共有される曲というのは、実はそう多くない。磐田で仕事をしていても、祖父母の代から続く土地の話と、これから家を持とうとする若い世代の話が、同じ食卓の上で交わされる場面によく出会う。世代の違う人たちが同じ言葉で語り合えるものは、案外少ない。「ドラえもん」という曲が、子どもにも大人にも同じように届いたという事実は、単なるヒットの規模以上に、この曲の設計そのものの丁寧さを物語っているように思う。数字はやがて古くなるが、幅広い世代の記憶に残ったという事実だけは、時間が経っても色あせない。そこにこの曲の本当の強さがあるのだと思う。

引き算の音、足し算の記憶

この曲を聴いていると、音数は決して多くないのに、耳に残る情報量は豊かだと感じる。必要最低限の音でドラえもんの世界観を描こうとした、引き算のサウンドだと評されているのを読んだことがある。派手な仕掛けを重ねるのではなく、削ぎ落とした先に浮かび上がる輪郭を大事にしているように聴こえる。ホーンのフレーズも、リズムの跳ね方も、どこか力が抜けていて、それでいて隅々まで計算されているように感じられる。ゲラゲラ笑いながら作ったと語っていたという逸話も伝わっているが、笑いながら作った音楽ほど、実は緻密に組み立てられていることが多いのかもしれない。

それでいて、中間部で過去の主題歌の旋律がふっと顔を出す瞬間だけは、足し算のように記憶が重なる。削ることと、重ねること。相反するようでいて、両方が同じ曲の中に矛盾なく存在している。大石浩之が長年、家や土地の相談に携わってきて感じるのも、似たような感覚だ。制度や書類を整理して余計なものを削ぎ落としていく作業と、その家族が何十年も積み重ねてきた記憶を丁寧に扱う作業は、本来別々のものではなく、同じ仕事の両面なのだと思う。無駄なものを削って初めて、本当に大切な記憶がくっきりと浮かび上がってくる。この曲の構造は、そういう仕事の姿勢を音で示してくれているように聴こえる。

もし旧主題歌の引用がなければ、この曲はもっと軽やかで、もっと今っぽい一曲として消費されて終わっていたかもしれない。けれど、あの一瞬の引用があることで、聴く者の記憶が不意に呼び覚まされ、曲全体に厚みが生まれているように感じる。派手な足し算ではなく、ほんの数小節だけの足し算。そのさりげなさが、かえって効果的に響いているように聴こえる。何もかもを詰め込むのではなく、ここぞという一点だけに記憶を差し込む。その加減の良さこそが、この曲を単なる懐古趣味の曲にも、単なる今風の曲にもさせていない理由なのだと思う。

子どもの頃に見た景色と、今見ている景色

子どもの頃、この曲を初めて聴いたときの記憶は、正直なところあまり鮮明ではない。ただ、テレビの前でドラえもんを見ていた土曜の夕方の空気や、家族がそれぞれの用事をしながらも同じ茶の間に集まっていた感覚は、今でもぼんやりと残っている。あの頃は、東京がどんな街かも知らず、磐田で家や土地の仕事をすることになるとも思っていなかった。ただ目の前のアニメと、家族の気配と、夕飯の匂いがあった。それだけで十分だった。

大人になり、東京で働き、やがて磐田に戻ってきて、今度は自分が誰かの家族の暮らしを支える側になった。子どもの頃に見ていた景色と、今見ている景色は、当然ながらまったく違う。けれど「ドラえもん」という曲を聴くと、その二つの景色が、不思議と同じ線でつながっているように感じることがある。あの頃の自分が漠然と憧れていた「大人になること」の先に、今の暮らしがある。遠回りをしたようでいて、実はまっすぐこの場所につながっていたのかもしれない。そう思わせてくれる曲は、そう多くない。

今、自分の子どもがこの曲を口ずさんでいるのを聞くと、また少し違う感慨がある。自分が子どもの頃に感じていたものと、まったく同じではないだろうが、どこかに共通するものがあるはずだと思う。土曜の夕方の空気も、家族の気配も、時代とともに形を変えながら、それでも確かに次の世代へと受け継がれていく。曲そのものが世代をまたいで愛され続けているように、その曲を聴く場の空気もまた、静かに受け継がれていくものなのだと感じている。

磐田で、新しいものと古いものを重ねる

磐田で家や土地の相談を受けていると、新しく建て直したい家族と、昔からの土地の記憶を手放したくない家族が、同じ場に同席することがよくある。どちらの気持ちも間違っていない。建て替えたいという声の裏には、これから先の暮らしを守りたいという思いがあり、手放したくないという声の裏には、そこで過ごしてきた時間そのものを大切にしたいという思いがある。どちらか一方を選ばせるのではなく、両方の思いを同じテーブルの上に置いて、丁寧に向き合うことが自分の仕事なのだと感じている。時には家族の中でも意見が分かれ、話し合いが長引くこともある。それでも、急いで結論を出そうとせず、それぞれの思いを一つずつ言葉にしてもらうところから始めると、不思議と落としどころが見えてくることが多い。

「ドラえもん」という曲が、異国のリズムと茶の間の記憶を、新しい主題歌と昔の主題歌を、対立させずに重ねてみせたように、家や土地の相談でも、新旧を無理に選ばせるのではなく、両方を活かす道を探ることができると信じている。イントロで一瞬鳴る懐かしいメロディのように、古いものは消えてしまうのではなく、新しい形の中にそっと息づいている。家族の歴史も、土地の記憶も、建て替えた後の新しい暮らしの中に、形を変えて残っていく。そのことを、この曲を聴くたびに思い出す。

自分の家族についても、同じことを考えることがある。子どもたちはこれから新しい暮らしを築いていくだろうし、自分たちはやがて、これまで守ってきた土地や家のことを、次の世代に引き継いでいくことになる。そのとき、古いものをすべて手放す必要はないし、新しいものをすべて拒む必要もない。「ドラえもん」という曲が、1979年の記憶を2018年の音の中にそっと溶かし込んでみせたように、家族の記憶も、土地の記憶も、形を変えながら次の世代の暮らしの中に息づいていけばいい。遠回りに見えるかもしれないが、新しいものと古いものを両方大事にしながら進む道こそが、結局はいちばん確かな答えなのだと、今は思っている。

参考リンク