「スリル」という言葉には、危うさと魅力が同居しています。安全な場所からは決して手に入らない何かが、そこにはある。布袋寅泰の「スリル」を初めて聴いたのは、まだ私が東京で会社員として働いていた頃でした。テレビをつければ流れてくる曲、という感覚に近かったと思います。当時の自分は、まだ人生の危険な選択などしたことがなく、毎朝同じ電車に乗り、同じ時間に同じビルに入るだけの日々を送っていました。それでもこの曲のイントロが鳴り出すと、体の奥のほうで何かがざわつく感覚があったのを覚えています。刺激とか、緊張とか、そういう言葉で片づけてしまうにはもったいない、独特の高揚感でした。今こうして磐田で介護と不動産の仕事をしながら聴き直すと、あの頃には気づかなかった曲の骨格が、はっきりと見えてくる気がします。
GUITARHYTHM後の一枚に込められた、キーワード
「スリル」は、1995年10月18日に東芝EMIから発売された布袋寅泰の10枚目のシングルです[1]。作詞は森雪之丞、作曲・編曲は布袋寅泰本人が手がけています[1]。収録アルバムは翌1996年発表の『King & Queen』で、アルバムの中でも2曲目という早い位置に置かれています[1]。この曲がリリースされたタイミングには意味があります。布袋寅泰が長く取り組んできたGUITARHYTHMプロジェクトが一区切りついた後、初めて世に送り出したシングルがこの「スリル」だったからです[1]。シングルとしては、1991年の「BEAT EMOTION」以来となる2枚目のオリコン週間1位を獲得し、実際に1995年10月30日付のオリコンチャートで首位に立ちました[1]。年間チャートでも62位に食い込み、プラチナ認定を受けるヒットとなっています[1]。タイアップとしては、TBS系音楽番組『COUNT DOWN TV』の1995年11月度オープニングテーマに起用されました[2]。プロジェクトの節目に置かれた曲が、これだけの結果を出したという事実は、単なる勢いだけでは説明がつきません。
布袋寅泰は、この曲について「スリルとスピードとスピリット。僕の音楽のキーワードを象徴する曲です。ポップな中に実験を織り込んでいる」と語っています[2]。この発言は、私がこの曲を聴くたびに感じてきた印象と重なります。誰でも口ずさめるようなポップな骨格を持ちながら、その内側には、聴き手を落ち着かせない仕掛けが丁寧に埋め込まれている。危険な魅力というのは、本来そういうものなのかもしれません。わかりやすい刺激だけを並べるのではなく、聴き心地の良さの奥に、少しだけ危うい何かを忍ばせておく。それこそが「スリル」というタイトルにふさわしい設計だと思います。
心拍数をわずかに上げてくる、音の仕掛け
この曲を歌詞抜きで聴いたとしても、その魅力は十分に伝わってきます。イントロのギターリフから、すでに緊張感を帯びた空気が立ち上がり、そこにビートが重なっていく展開は、聴く人の姿勢を少しだけ前のめりにさせる力を持っています。布袋寅泰はBOØWY時代から一貫して、ギターの音色そのものでリスナーの体温を操る術に長けたミュージシャンですが、「スリル」ではそのギターに加えて、当時としては挑戦的だったであろうアレンジの引き算と足し算が効いています。サビに向かう手前で音数を絞り込み、そこからサビで一気に開放する。この緩急のつけ方が、まさに「スリル」というタイトルの体感そのものになっている点に、私はいつも感心してしまいます。単なるロックナンバーとしてまとめるのではなく、ポップスとしての聴きやすさを保ちながら、実験的な音作りを織り込む。そのバランス感覚は、GUITARHYTHMという実験的なプロジェクトを経てきた布袋寅泰だからこそ辿り着けた領域だったのではないかと思います。
ここで少し、布袋寅泰というギタリストの歩みに触れておきたいと思います。彼は1982年、氷室京介に誘われる形でBOØWYのギタリストとして音楽シーンに登場しました[3]。BOØWYは1988年に解散しますが、その直後の1988年12月には、吉川晃司とのユニットCOMPLEXを結成し、1989年にシングル「BE MY BABY」でデビュー、1990年の東京ドーム公演を経て活動を休止しています[3]。並行して1988年からはソロ活動もスタートしており、「スリル」がリリースされた1995年は、すでにバンドマンとしての布袋寅泰から、ソロアーティスト・ギタリストとしての布袋寅泰へと、しっかりと軸足を移し終えていた時期にあたります。バンドという枠組みの中で磨いてきたギターの説得力を、ソロという自由な器の中でどう鳴らすか。「スリル」という曲には、その模索の一つの到達点が刻まれているように思えてなりません。
危険な魅力を歌う言葉と、視覚化されたMV
歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、この曲の言葉が向いている方向については触れておきたいと思います。「スリル」の歌詞は、危険とわかっていながら惹かれてしまう感情や、安全な場所にとどまることを良しとしない生き方への衝動を描いていると受け取れます。森雪之丞の書く言葉は、直接的な説明を避けながらも、緊張感や高揚感を連想させる語彙を巧みに配置しており、聴き手それぞれの記憶の中にある「危うい経験」を呼び起こす仕掛けになっています。ただ、歌詞そのものの物語性という点では、聴くたびに新しい発見が生まれるタイプというよりは、曲全体のムードを補強する役割を丁寧に果たしている、という印象のほうが強く残ります。だからこそ私は、この曲の主役はやはり音の設計にあると考えています。
ミュージックビデオについても触れておきます。この曲のMVは、映像の色彩設計とカット割りが独特で、90年代半ばという時代の空気を色濃く残しながらも、洗練された映像美を持つ作品として記憶されています。布袋寅泰自身のビジュアル的な存在感と、緊張感を煽るような編集のリズムが噛み合っており、音だけでは伝わりきらない「危うさ」を視覚的に補強しています。ただし、この映像は曲の世界観をなぞる補助線としての完成度が高い一方で、物語そのものを主役に押し上げるほどの独自性までは持っていない、というのが正直な印象です。だからこそ、大石セレクションとしては、映像よりも音そのものに軍配を上げました。
スリルと隣り合わせだった、東京とこの仕事の記憶
私自身、この曲が歌う「危険な魅力」という感覚には、心当たりがいくつもあります。東京で働いていた頃、私はまだ何かに強く挑戦するタイプの人間ではありませんでしたが、それでも仕事の中で、安全な選択肢と危うい選択肢のどちらを取るか迷う場面が何度もありました。今振り返れば、あの頃の自分が本当に欲しかったのは安定ではなく、少しの緊張感だったのかもしれません。そして磐田に戻り、介護と不動産という、人の人生の重い局面に関わる仕事を選んだこと自体、私にとっては一つの「スリル」だったように思います。介護の現場では、ご本人やご家族の人生の終盤に深く関わることになり、判断を誤れば取り返しがつかない緊張感が常にあります。不動産の仕事でも、相続や空き家の整理といった話は、家族の歴史そのものに手を入れる作業であり、慎重さと同時に、一歩を踏み出す勇気が求められます。安全な場所にとどまり続けていたら、決して出会えなかった人たちの人生に触れる機会を、この仕事は与えてくれました。「スリル」という曲がイントロから鳴らし続ける、あの落ち着かない高揚感は、そうした選択の瞬間にいつも寄り添っていたような気がしてなりません。危険だからこそ引き寄せられるものが、人生にはたしかにあるのだと、この曲を聴くたびに思い出します。
この曲がリリースされてから、もう30年近い歳月が流れました。それでもイントロのリフが鳴った瞬間に立ち上がる緊張感は、当時のままです。年齢を重ね、仕事も暮らしも変わった今だからこそ、あの頃には気づかなかった「スリル」の骨太な音の設計に、あらためて耳を澄ませたくなります。
参考リンク
- [1] スリル (布袋寅泰の曲) - Wikipedia
- [2] スリル | 布袋寅泰 - ORICON NEWS
- [3] 布袋寅泰 - Wikipedia
- [4] HOTEI.COM + TOMOYASU HOTEI OFFICIAL WEBSITE
- [5] HOTEI 公式YouTubeチャンネル
危険と隣り合わせの一歩を踏み出すからこそ、その先で出会える景色があります。
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