タイトルというのは、時々、こちらの事情を見透かしたように届くことがあります。「ラストシーン」という言葉を初めて意識したのは、東京で働いていた頃、先輩が退職する日に誰かが選んだBGMとしてでした。特別に思い入れがあって流したわけではなかったのだと思います。それでも、荷物をまとめたデスク、最後の挨拶、エレベーターの扉が閉まる瞬間。そういう場面と、このタイトルの持つ静かな緊張感が、妙に重なって記憶に残りました。布袋寅泰というギタリストの名前を知ってはいても、当時の自分はまだ、彼のバラード曲をじっくり聴く機会がありませんでした。ロックの人、ギターの人、というイメージが先行していたからです。ところがこの曲を通して聴いたとき、ギターのイメージとは違う場所に、静かで多層的な音の建築があることに気づきました。終わりの場面を歌う曲は、ともすれば感傷に流れすぎたり、逆に淡白になりすぎたりします。「ラストシーン」は、そのどちらでもない、緊張感を保ったまま余韻を残す作り方をしている曲だと、今も思っています。
ギタリストが「一番完成度の高い曲」と呼んだ理由
「ラストシーン」は、1996年1月24日に東芝EMIから発売された布袋寅泰の通算11枚目のシングルです[1][2]。同年2月28日発売のアルバム『King & Queen』の先行シングル第2弾という位置づけで世に出されました[1]。作詞・作曲は布袋寅泰自身によるもので、日本国内でのレコーディングを経たのち、ロンドンでヴォーカリストのクリス・レインボーとともに楽曲を完成させたと伝えられています[2]。コーラスにはクリス・レインボーに加えて、今井美樹、かの香織という二人の女性ボーカリストが名を連ねており、キーボードにはサイモン・ヘイル、コンピュータ・プログラミングには藤井武が参加しています[1]。オリコンの週間チャートでは3位、1996年の年間チャートでは51位を記録し、日本レコード協会からプラチナ認定を受けています[2]。布袋自身は本作について「一番完成度の高い美しい曲ですね。音楽を愛する気持ちは誰にも負けない。そんな音楽への感謝を表わしている」と語っています[1]。GUITARHYTHMシリーズを走り抜けたあとに生まれたこの曲が、彼にとってどれほど特別な意味を持っていたかが伝わってくる言葉です。
反復するリズムの上で、声が幾重にも折り重なる
この曲を「曲がいい」の項目で最高評価にした最大の理由は、そのリズムと声の設計にあります。イントロから流れ出すのは、派手なギターリフではなく、ミニマル・ミュージックを思わせる、抑制の効いた反復するビートです。ロックギタリストとして名を馳せた布袋寅泰が、この曲では意図的に主張を抑え、静かな反復の中に美しさを見出そうとしているように聴こえます。そこに乗るのは、彼自身の歌声だけではありません。クリス・レインボーという英国の実力派ヴォーカリストの声が重なり、さらに今井美樹とかの香織という、まったく異なる質感を持つ二つの女性ボーカルが折り重なっていきます。多重コーラスというと厚みだけを想像しがちですが、この曲の場合は厚みよりも、声と声のあいだに生まれる隙間の美しさの方が印象に残ります。ひとつの声が別の声の影に寄り添い、また離れていく。その距離感の作り方が、反復するビートの単調さを、豊かな陰影のある音楽に変えているのだと思います。サビに向かうにつれて音数が増えていく構成も、一気に開放するのではなく、少しずつ扉を開けていくような慎重さがあります。派手な展開に頼らず、反復と重なりだけでここまで奥行きのある音楽を作れることに、当時の布袋寅泰の引き出しの広さを感じます。
イヤホンで聴くと、それぞれのコーラスラインがどの位置で入り、どこで抜けていくのかが、より克明に見えてきます。曲が終わりに近づくほど、声の層は薄くなっていき、最後は反復するリズムだけが静かに残る作りになっている。この「引き算」の美しさこそ、タイトルである「ラストシーン」という言葉にふさわしい終わり方だと感じます。何かを盛り上げて終わらせるのではなく、静かに手を離すようにして曲が閉じていく。その手つきの丁寧さが、聴き終えたあとに深い余韻を残してくれます。
「終わり」を静かに見つめる言葉
歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、この曲が描いているのは、ある関係や時間の終わりを、感傷的に泣き崩れるのではなく、少し距離を置いて見つめる視線だと感じます。別れの場面を歌う曲の多くは、失うことの痛みを前面に押し出しますが、この曲の言葉は、痛みそのものよりも、終わりを迎えるまでの静かな時間の流れに焦点を当てているように読み取れます。まるで、映画の最後の場面を客観的なカメラのアングルで見ているような、そんな距離感です。だからこそ、聴く人自身の記憶にある「終わりの場面」を、そのまま重ねて聴くことができるのだと思います。特定の誰かとの別れだけでなく、ある仕事の終わり、ある土地を離れる瞬間、ある時代の幕引きなど、人生の中で繰り返し訪れる「ラストシーン」に、この歌詞は静かに寄り添ってくれます。ただし、言葉そのものの物語性や比喩の斬新さという点では、曲の音作りが持つ緻密さと比べると、やや素直な作りに留まっている印象もあります。だからこそ私は、この曲の主役はあくまで音の設計にあり、歌詞はその余韻を支える静かな伴走者だと捉えています。
見送る側として過ごした、磐田でのある午後
この曲を思い出すたびに、私は磐田で担当したある空き家整理の日のことを思い出します。長く一人で暮らしていた高齢の女性が、施設に入居することになり、実家を整理してほしいという相談を、ご家族から受けたことがありました。介護の仕事と不動産の仕事、その両方に関わっている自分だからこそ頼っていただけた案件だったと思います。荷物を運び出す作業自体は、淡々と進んでいきます。しかし、最後に空になった部屋に立ったとき、ご家族の表情が変わる瞬間があります。それは悲しみだけではなく、感謝や、これまでの時間への静かな肯定が入り混じった、複雑な表情でした。私はその日、まさに誰かの人生の「ラストシーン」に立ち会っているのだと感じました。東京で働いていた頃の自分は、物事の終わりというものを、どこか遠くの出来事のように捉えていたように思います。しかし磐田で介護と不動産の仕事をするようになってから、終わりというものが、いかに静かに、そしていかに丁寧に扱われるべきものかを、何度も教えられてきました。この曲が持つ、盛り上げすぎず、しかし手を抜かずに閉じていくあの構成は、そうした現場で見てきた「見送り方」の理想形と、どこか重なって聴こえるのです。誰かの人生の幕引きに立ち会う仕事だからこそ、この曲の静かな美しさが、以前よりもずっと深く胸に届くようになりました。
参考リンク
- [1] 布袋寅泰のシングル「ラストシーン」の収録曲の紹介・作品の解説 - HOTEI MODE
- [2] ラストシーン (布袋寅泰の曲) - Wikipedia
- [3] 布袋寅泰「ラストシーン」歌詞 - 歌ネット
誰かの人生の「ラストシーン」に、静かに立ち会う仕事をしています。
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