Nulbarichの活動休止を知ったとき、思っていたよりも深く寂しさが残りました。ずっと昔から聴いてきたというより、近年になって自分の中で大きくなってきたグループでした。だからこそ、これからもっと聴いていけると思っていた時間が、ふいに区切られてしまったように感じました。そのあとで、ボーカルのJQが"Jeremy Quartus"名義で発表したソロ第一弾「Back To Paradise (Prod. Chaki Zulu)」を聴くと、これは単なるソロ曲ではなく、Nulbarichで親しんできた声が別の道を歩きながら、こちらへ静かに手を振っているように響きます[1]。
Nulbarichのあとに残る声
Nulbarichを聴いていると、都会的という言葉だけでは片づけられない温度がありました。洗練されているのに、冷たくなりすぎない。英語と日本語の境目、ブラックミュージックやポップスの感覚、街の速度に合う軽さ。その中心にあったのがJQの声でした。強く押し出す声ではなく、少し距離を置きながら、聴く人の中に入ってくる声です。Nulbarichは2024年に活動を休止しており、その空白の一年について、JQ自身が「活休しても環境は変わらないと思っていたが、実際に止まってみるとメンバーとの連絡が減り、ミュージシャンでいる時間が少なくなった」「生きた心地がしないまま生きていた」と振り返っていることが、のちのインタビューで明らかにされている[3]。バンド名が止まるという以上に、本人自身がいちばん深く、その空白を感じていたのだろう。
2025年7月23日、JQは"Jeremy Quartus"という新しい名義でソロ第一弾「Back To Paradise (Prod. Chaki Zulu)」を発表した[1][4]。作詞はJeremy Quartus・Ryan Octavianoの共作、作曲はJeremy Quartus・Chaki Zuluのクレジットになっている[5]。プロデューサーに迎えたChaki Zuluは、ヒップホップ業界の第一線で活躍する作り手であり、JQは最初の2曲でChaki Zuluと、近い距離で活動してきたSTUTSにそれぞれ制作を依頼し、異なるアプローチから「JQのソロ」を模索したという[3]。Nulbarichの続きをそのまま求めると、少し印象が違うかもしれない。けれど、完全に切り離されたものとして聴くのも違うように思う。JQは、屋号がなくなったことで「何も変わってないつもりだったが、いつの間にか裸になっていた」という気づきを得たと語っている[3]。この曲には、その「裸になった」感覚がにじんでいる。
それは、若い頃に東京で覚えた感覚にも似ています。住む場所が変わり、仕事が変わり、付き合う人が変わっても、ある街で身についた歩幅はすぐには消えません。磐田へ戻ってからも、東京で感じた孤独や自由は、ふとした場面で顔を出します。Nulbarichの音楽も同じで、活動の区切りが来ても、自分の中に残った歩幅までは消えません。Jeremy Quartusの声を聴くことは、その歩幅がまだ残っているかを確かめることでもあります。
楽園へ戻るというより、戻れる場所を探す
「Back To Paradise」という題名は、明るく聞けば、失われた楽園へ帰っていく曲のようにも受け取れます。けれど、JQ自身がこの楽曲について「困難や不安に直面しながらも、自分自身の人生を自分らしく突き進もうとする強い意志が込められた」と語っていることを踏まえると[1][4]、もっと切実な言葉として響いてきます。楽園とは、現実から逃げる場所ではなく、自分が自分でいられた感覚のことではないか。歌詞を丸ごと引用することはしないが、この曲が描いているのは、過去の栄光を懐かしむ視線ではなく、今まさに不安を抱えながら前を向こうとする現在進行形の意志だと感じられる。エモーショナルなサウンドに切なさが漂うメロディが重なることで[4]、その意志は湿っぽくならず、かといって空元気にもならない、絶妙な温度で立ち上がってくる。
作詞にRyan Octavianoの名がクレジットされている点も興味深い[5]。JQが一人で書き切るのではなく、他者の言葉を介在させることで、これまでのNulbarichの歌詞とは違う視点や距離感が生まれているように聴こえる。共作というかたちを選んだこと自体が、「屋号を外していつの間にか裸になっていた」というJQの言葉と重なる[3]。一人で抱え込まず、他者の手を借りながら自分の物語を言葉にする。それは弱さではなく、ソロという新しい立場での率直さの表れなのだろう。
だからこの曲の「戻る」は、過去の栄光へ戻ることではなく、不安のただ中で自分の足場をもう一度探すことに近いと思います。Nulbarichが活動を休止しても、JQという声の芯まで消えたわけではありません。Jeremy Quartusのソロとして届く音は、同じ部屋にある別の窓のようです。見える景色は少し違う。けれど、風の入り方には覚えがある。そういう感覚が、この曲をただの新曲紹介ではなく、自分の聴く場所を立て直す曲にしています。
ピアノから溢れる水が教えてくれること
この曲を語るうえで欠かせないのが、木村太一監督によるミュージックビデオです。Nulbarich時代からJQと親交のあった監督で[2]、映像では「ピアノから溢れる水と静けさを纏いながらも力強く奏でる」Jeremy Quartusの姿が象徴的に描かれている[2]。ピアノという楽器から水が溢れ出すというイメージは、あふれる感情を抑えきれない状態と、それでも鍵盤を打ち続ける意志という、一見矛盾する二つの状態を同時に成立させている。静けさと力強さが同居する、という評はまさにこの映像の核心を言い当てている[2]。
音楽ナタリー系メディアの報道では、この映像を「音と映像が静かに、しかし確実に心の深部へと入り込んでくる」作品と紹介している[2]。派手なストーリーテリングで押し切るのではなく、一つのイメージを丁寧に掘り下げることで、観る者の記憶に残る種類のMVだ。JQ自身も「やっと自己表現というステップに辿りついた」「Chaki Zuluと木村太一という贅沢な布陣で挑めることに感謝している」と語っており[2]、制作陣への信頼が映像の説得力を支えている。曲を知らずに映像だけを見ても、水とピアノという二つのイメージだけで十分に心を動かされる。それこそが、公式MVがこの曲の主役になり得ている理由だと思う。
磐田で聴く、都会の軽さ
この曲には、都会的な軽さがあります。音の隙間が広く、重く語りすぎない。だからこそ、寂しさを直接なぐさめるのではなく、少し歩けるようにしてくれます。磐田で暮らし、土地や家、相続や空き家、介護や地域の時間に向き合っていると、音楽の中の都会の軽さは、ときどき遠いものに感じます。けれど、その遠さが悪いわけではありません。自分の日常とは違う速度の音があるから、今いる場所を少し外側から見られることがあります。
東京で働いていた頃の記憶は、きれいなものばかりではありません。迷いも、疲れも、孤独もありました。それでも、あの街には新しい音へ体を向けさせる力がありました。Nulbarichを好きになった感覚には、その東京の記憶が重なっています。今、磐田で「Back To Paradise」を聴くと、都会へ戻りたいというより、かつて都会の中で持っていた柔らかい反応を取り戻したいのだと思います。新しいものに驚き、知らない音に身を預け、まだ自分が変われると感じる力です。
活動休止は悲しい出来事でした。近年推してきたグループだったから、なおさらです。ただ、この曲を聴いていると、悲しさだけで終わらせなくてもいいと思えます。グループとしての時間は区切られても、声は別の場所で続いている。JQはその後、2026年2月に全6曲新曲の「UP TO THE MINUTE MIXTAPE」をリリースし、ブルーノート東京とビルボードライブ大阪で初のソロ公演も行っている[6][7]。聴く側の自分も、同じように場所を変えながら続いていく。ATAWI MUSICでこの曲を残す意味は、そこにあります。Nulbarichを好きだった時間を閉じるのではなく、Jeremy Quartusの声を通して、その時間を次の記憶へつないでいくための一曲です。
参考リンク
- [1] Nulbarichのヴォーカル JQ、"Jeremy Quartus"としてソロ活動を始動。1stシングル「Back To Paradise (Prod. Chaki Zulu)」7/23リリース - Skream!
- [2] NulbarichのボーカルJQが、Jeremy Quartusとしてソロ活動を始動!1stシングルはChaki Zuluがプロデュース。木村太一監督によるMVも公開。 - SPACE SHOWER FUGA
- [3] 【INTERVIEW】Jeremy Quartus|迷いや葛藤を経て、JQが辿り着いた素顔の表現新境地 - Spincoaster
- [4] Jeremy Quartus, CHAKI ZULU - Back To Paradise - Single
- [5] Jeremy Quartus「Back To Paradise (Prod. Chaki Zulu)」歌詞・クレジット - 歌ネット
- [6] JQ(Nulbarich)のソロプロジェクト、全6曲オール新曲の『UP TO THE MINUTE MIXTAPE』2月リリース - Billboard JAPAN
- [7] Nulbarich・JQによるソロプロジェクトJeremy Quartusが、初のソロ公演をブルーノート東京とビルボードライブ大阪で開催決定 - Musicman
ピアノから溢れる水のように、抑えきれない気持ちを抱えながらも、人は前へ進もうとします。
静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしている大石浩之が、相続した実家や空き家、土地建物のご相談を承っています。お困りの際は富士ヶ丘サービスまでご連絡ください。