ページ作成日: 2026年7月5日
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確認した動画: KICK THE CAN CREW「住所 feat. 岡村靖幸」Music Video(KICK THE CAN CREW Official YouTube)

2018年8月29日、KICK THE CAN CREWは16枚目のシングルとして「住所 feat. 岡村靖幸」を発表した[5]。前年の結成20周年を機にした再始動から本格的な活動を積み重ねた末に生まれた一曲で、岡村靖幸を迎えたコラボレーションとして音楽ナタリーなどでも大きく報じられた[2]。自分がこの曲を最初に耳にしたのは、たしかその年の秋だった。日本テレビ「スッキリ」の2018年9月度テーマソングとしてどこかの朝に流れていたのを覚えている[4]。当時はまだ東京で働いていて、住んでいた部屋の住所は今ではもう記憶の中にしかない。曲名が「住所」だったことに、その頃はさほど注意を払っていなかった。ただ、蔦谷好位置氏とKREVA氏によるディスコ調のサウンドと、岡村靖幸氏の声の質感だけが、耳に残った。通勤電車の中や、狭い部屋に一人でいる夜に、繰り返し流していた記憶がある。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:この曲の核は、当初KREVA氏が想定していたメロウな曲を、岡村靖幸氏の「蔦谷を入れて派手な感じにするのはどうか」という一声がディスコサウンドへ塗り替えたという成り立ちにある[1]。ファンキーなベースラインとストリングス、4者の声が場所を分け合いながら進む構成は、何度聴いても発見がある。歌詞やMVもそれぞれ魅力的だが、「一人の提案で設計図ごと変わった曲」の面白さを最も強く語れるのは曲そのものの力だと考え、主視点は曲がいいに置いた。

後になって、あの曲がなぜあれほど自分の記憶に食い込んでいるのか、少しずつわかってきた気がする。住所というのは、住民票に印字される文字列であると同時に、人が通り過ぎた時間の記録でもある。東京で構えていた住所、磐田に戻って構え直した住所、そして今、仕事として日々扱っている他人の住所。どれも重ならないはずなのに、この曲を聴くとなぜか一本の線でつながる感覚がある。派手なサウンドの奥に、案外静かな手触りが隠れている曲だと思う。長く音楽を聴いてきて、こういう感覚を持つ曲はそう多くない。にぎやかな音の裏側に、誰にも言わずに抱えている記憶がそっと重なってくるような曲だ。

再結成から生まれた一曲

KICK THE CAN CREWは2017年、結成20周年を機にオリジナルアルバム『KICK!』を発表し、その音源の一部は初回限定盤のボーナスCDにも収められているという[5]。その勢いのまま迎えた翌2018年、彼らは岡村靖幸氏を迎えて「住所」を制作した。Real Soundに掲載されたインタビューによれば、KREVA氏は当初もっとメロウなトラックを想定していたという。それを大きく変えたのが岡村靖幸氏の提案で、「蔦谷を入れて派手な感じにするのはどうか」という一言から、蔦谷好位置氏を制作に加える流れが生まれたとされる[1]。結果として曲はディスコサウンドへと大きく舵を切った。KREVA氏自身も「自分のプロジェクトと全く逆で、みんなの意見を全部取り入れて乗っかっていく作り方」と、この曲の制作プロセスを振り返っている[1]。ひとつの曲が、当初の設計図から離れて別の姿になっていく過程は、そのまま人の暮らしにも似ている気がする。最初に思い描いていた住まい方と、実際に十数年住んでみて落ち着いた形は、たいてい違うものになる。

自分がこの曲を聴くとき、いつも思い浮かべるのは東京で働いていた頃の朝だ。通勤の途中、イヤホンの中でこの曲が鳴っていた記憶がある。ファンキーなベースラインとカッティングギター、ストリングスが折り重なるサウンドは、当時の自分にとって都会の朝そのものだった。今、磐田で車を運転しながらこの曲を流すと、あの頃の通勤路の情景が不思議なほど鮮明に蘇る。音楽が場所の記憶を運ぶというのは、こういうことなのだと思う。当時は気づかなかったが、あの朝の風景も、今にして思えばひとつの「住所」だった。特定の番地ではなく、あの時期の自分がどこに立っていたかという記録として。

再結成という言葉には、どこか始まり直すという響きがある。20年という時間の中で、メンバーそれぞれが別々の場所で暮らし、別々の仕事を重ねてきたはずだ。それでもまた一緒に音を鳴らす場所に戻ってきたということ自体が、この曲のテーマと静かに響き合っているように思える。人は一度離れた場所に、まったく同じ形では戻れない。それでも戻る場所があるということ自体が、ひとつの支えになる。

自分自身、東京で十数年働いたあと、磐田に戻ってきた。戻ってきた家は昔と同じ番地にあっても、暮らす人も、周りの景色も、少しずつ変わっていた。それでも「帰る場所がある」という事実だけは変わらなかった。KICK THE CAN CREWが20年の時間を経て武道館に戻ってきたときの感覚も、規模はまったく違うにせよ、根っこにあるものは近いのではないかと勝手に想像する。離れていた時間の分だけ、戻ってきたときの音は少し違って聴こえたはずだ。

岡村靖幸という声の揺れ

作詞はKREVA氏、LITTLE氏、MCU氏、岡村靖幸氏の4人が名を連ね、メロディはKREVA氏が手がけたと伝えられている[4]。MCUとLITTLEのラップ、KREVAのボーカル、そこに岡村靖幸氏の2つのヴァースが重なり、後半には転調と3人の掛け合いが用意されている構成になっていると聴こえる。岡村靖幸氏からは「一瞬で全員が覚えるようなラップを作ってくれ」という要望があり、KREVA氏がそれに応えたともいう[1]。バンドとしての強い個性を持つ4者が、一つの曲の中で互いを譲り合いながら形を作っていったような印象を受ける。誰か一人が主導するのではなく、複数の声が場所を分け合いながら進んでいく構成は、家族というものの成り立ちにも少し似ていると思う。

岡村靖幸氏の声には、成功を語る人の声とは少し違う響きがあるように自分には聴こえる。少し照れくさく、少し過剰で、それでいてどこか誠実な質感。うまくいかなかった時間を知っている人の声、というのは自分の勝手な印象に過ぎないが、その声がKICK THE CAN CREWの軽やかなラップの間に差し込まれると、曲全体に一段深い陰影が生まれるように感じる。ただ楽しいだけでは終わらない、明るさの向こう側にあるものが確かにある。声というのは不思議なもので、歌詞の内容以上に、その震え方や間の取り方だけで、聴き手にある種の履歴を感じさせることがある。

不動産の仕事をしていると、成功だけで進んでいく人生というのはほとんど見かけない。相続の相談に来る家族も、空き家を手放そうとする持ち主も、たいてい何かしらの迷いや心残りを抱えている。若い頃は勢いのある声にばかり惹かれていたが、今この曲を聴くと、むしろ岡村靖幸氏の少し傷を含んだような声のほうに、耳が向く。人は完全な形で前に進むわけではない、という当たり前のことを、この曲は音として教えてくれる。家の解体や土地の整理に立ち会うとき、そこにあったはずの生活の音が消えていく瞬間を何度も見てきた。それでも次の住所に移った人たちの声は、案外この曲のように、傷を含みながらも明るい方を向いていることが多い。

住所という言葉に残るもの

「住所」というタイトルは、この曲の芯にある言葉だと思う。歌詞そのものを引用することはしないが、聴いていて浮かぶのは、単なる所在地としての住所ではなく、そこに誰かが暮らした時間の総体としての住所だ。仕事で家や土地の相談を受けるとき、書類の上の住所と、その場所に積み重なった記憶としての住所は、まったく別のものだと痛感する。空き家になった実家の住所には、家族が食卓を囲んだ時間や、誰かを見送った朝が残っている。土地の売買の書面には決して書かれない部分だ。登記簿には地番しか載らないが、その土地には確かに誰かの暮らしがあった。

東京で暮らしていた頃の住所は、今の自分にとってすでに過去のものになった。けれど、そこで身につけた仕事の感覚や、うまくいかなかった経験までが消えたわけではない。磐田に戻ってからの住所は、その過去を持ち越したまま構え直した場所だ。住所が変わっても、人はそれまでの人生ごと移動する。この曲を聴くたびに、そのことを静かに思い出す。派手な音の下に、案外そういう地味な真実が横たわっているように聴こえる。

家族と暮らす今の住所には、子どもの成長の跡や、日々の些細なやり取りが積み重なっていく。それは書類上の一行にしかならないが、実際には何年分もの時間が詰まっている。この曲のサウンドがどれだけ華やかであっても、根っこにあるのはそういう地味で静かな時間の蓄積なのだと思う。派手なコラボレーションの裏側に、案外こういう普通の暮らしの手触りが隠れていることに、聴くたびに気づかされる。

不動産の相談で家を訪ねると、玄関先や庭先にその家の時間が滲み出ていることがある。表札の文字がかすれていたり、植木が長い年月をかけて育っていたり。住所という文字列だけでは伝わらない情報が、そこには確かに存在する。この曲を聴きながらそういう現場のことを思い出すのは、少し職業病めいているかもしれないが、音楽というのは案外そうやって、仕事の記憶とも静かにつながっていくものなのだと思う。

解体前の家を最後に見に行くとき、決まって少し早足になる自分がいる。そこにはもう誰も住んでいないのに、玄関を開けた瞬間、まだ生活の匂いが残っていることがある。その匂いが消える前に、できるだけ丁寧にその家のことを覚えておきたいと思う。この曲を聴いていると、そういう感覚がふと蘇る。派手なビートの向こうに、消えていくものを惜しむような静かな気配がある気がしてならない。

チャートの記録と、記憶に残るということ

「住所 feat. 岡村靖幸」はオリコン週間シングルランキングで19位を記録したという[4]。派手な数字ではないかもしれないが、結成20周年からの再始動を経て発表されたシングルであり、テレビの情報番組のテーマソングにも起用された曲としては、十分に多くの人の日常に届いた記録だと言える[4]。チャートの順位というのは、その年のうちに忘れられていく数字であることが多い。けれどこの曲は、少なくとも自分の中では、順位とは別の場所に居座り続けている。数字として残る記録と、個人の記憶として残る記録は、まったく別の時間軸で動いているのだと思う。

音楽が記憶に残る理由は、必ずしもヒットの規模とは関係がないのだと思う。自分にとってこの曲は、東京での日々と磐田に戻ってからの日々をつなぐ一本の糸のようなものになった。家族と暮らす今の住所も、いずれは誰かの記憶の中の住所になる。そう考えると、この曲が鳴らしていたディスコサウンドの向こうに、案外普遍的な時間の流れが隠れていたのだと気づく。仕事で日々、誰かの住所の変わり目に立ち会っている身としては、この曲がそっと教えてくれることは案外多い。住所は変わっても、そこで生きた時間そのものは、誰にも消せない形でどこかに残り続ける。

KICK THE CAN CREWと岡村靖幸という、それぞれ別の場所で活動を重ねてきた者たちが一つの住所に集まって作った曲だと思うと、この曲の成り立ち自体が、ある種の再出発の記録のようにも見えてくる。土地を離れ、また戻り、誰かと共に新しい形を作る。その繰り返しの中に、人の暮らしと同じような呼吸がある。派手な音の向こうに、そういう静かな循環があることに、今更ながら気づかされる一曲だ。

関和亮監督が撮った、1LDKの部屋という舞台

この曲には公式ミュージックビデオが存在する。監督を務めたのは関和亮氏で、映像はワンルームに近い1LDKの部屋を舞台にしているという[6]。テレビ画面やポスター、雑誌の表紙、マグカップといった部屋の中の何気ない物の表面に、KREVA、LITTLE、MCU、岡村靖幸の各氏が映り込んで歌う演出が取られている[6]。特定の街や屋外の風景ではなく、誰かが暮らす一つの部屋の中だけで完結させているところに、このMVの狙いがあるように思う。「住所」という曲名に対して、地図上の一点ではなく、生活の気配がにじむ室内そのものを撮るという選択は、曲のテーマにまっすぐ寄り添っている。ドラマチックな筋書きで押し切るタイプの映像ではなく、部屋のあちこちに設置された画面の中に歌う本人たちが現れては消えるという構造は、住所というものが「そこにいる人」そのものではなく「その人が触れた場所の痕跡」として残ることを、映像の仕掛けとしてそのまま体現しているように見える。ラブソングとしての熱量を運ぶ4人の声に対して、映像はあくまで抑えたトーンで部屋の輪郭をなぞる。そのバランスの取り方に好感は持てるものの、曲が持っている一発の転換の鮮やかさに比べると、MV単体で完結する物語としての強さはもう一段欲しいというのが正直なところだ。だからこそ、大石セレクションとしての主視点は、公式MVの存在を踏まえてもなお曲がいいに置いている。

この記事を書きながら、あらためて曲を何度か聴き直した。最初に聴いた東京の朝と、今、磐田の自宅で聴く夜とでは、同じ音源のはずなのに聴こえ方が少し違う。おそらく変わったのは曲ではなく、こちらの生きてきた時間のほうなのだと思う。住所が変わり、家族が増え、仕事の中身も少しずつ変わった。それでもこの曲を再生すれば、あの頃の空気がすぐそこに戻ってくる。音楽が持つそういう力に、今回もまた助けられた気がしている。

いつか自分がこの家の住所を誰かに引き継ぐ日が来るのだろう。そのとき、この曲を聴いていた時間のことは、書類のどこにも記録されない。それでも、確かにここで生きていたという手触りだけは、こうして文章に残しておきたいと思う。「住所 feat. 岡村靖幸」は、そういうことを静かに思い出させてくれる曲として、これからも自分の中で鳴り続けるはずだ。

参考リンク

音楽には、暮らした時間がそのまま残ります。家や土地にもまた、誰かの生活と記憶が積み重なっています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。