ブーツという履物には、買ったばかりの窮屈さと、長く履き込んだあとの馴染みの両方がある。新品のうちは足を締め付け、歩くたびにどこかぎこちないが、時間をかけて履き続けるうちに、いつしか足の形にぴったりと沿うようになる。KICK THE CAN CREWの「Boots」は、2022年2月2日に配信限定でリリースされたバラードで、同年3月30日発売の通算5作目のオリジナルアルバム『THE CAN』に収録された[1][6]。前作にあたる2018年8月29日リリースの「住所 feat. 岡村靖幸」以来、3年6ヶ月ぶりの新曲としての発表だった[1]。復活作『KICK!』からさらに時間を重ねた3人が、あえて勢いに任せず、じっくりと熟成させたバラードを選んだこと自体に、このグループの成熟がにじんでいる。
ピアノを"オルガンのように"変える、KREVAの手つき
「Boots」がどのように生まれたトラックか、その過程を制作者自身の言葉で確認できるのは幸運なことだ。音楽制作の専門メディアのインタビューによれば、KREVAはABLETON LiveとAVID Pro Toolsを組み合わせてこの曲を作っている[4]。まずTOONTRACK EZ Keysのピアノ音色をMIDIで演奏し、それを一度オーディオ化する。ここまでなら普通の手順だが、そこから先が「Boots」の音を特別なものにしている。オーディオ化したピアノに対して、EVENTIDE Rotary Modでロータリー・スピーカーの揺らぎを与え、さらにXLN AUDIO RC-20 Retro Colorでノイズと周波数感を加工し、まるでオルガンのような質感へと変換しているのだという[4]。素のピアノの硬さを一枚剥がして、少し湿った、古い楽器のような手触りに変えている。この工程を知ってからあらためて聴くと、イントロで鳴っているピアノの音色に、単なる「ピアノらしさ」を超えた奥行きがあることに気づく。さらにKREVAは、そのオーディオ素材をLive上で細かくチョップし、あえて隙間を作ることでグルーヴを生み出したと語っている[4]。均等に音を敷き詰めるのではなく、間を作る。その間こそが、この曲の呼吸のようなリズム感を生んでいる。トラックがLive上でおおよそ固まったあと、ボーカル録音のためにPro Toolsへ制作の場を移すという二段階の制作フローも明かされている[4]。打ち込みとボーカルという異なる工程を、道具を使い分けながら丁寧に積み重ねている様子がうかがえる。MCU、KREVA、LITTLEという3人の声が重なる瞬間、そこには単なるラップの掛け合い以上の、じっくりと組み上げられた音の設計がある。サビでの3人の声の重なり方も、ただ勢いよく畳みかけるのではなく、それぞれの声域と質感を活かして役割を分けているように聴こえる。「千%」のような若々しい全力疾走とは異なる筆致で、派手さを競うのではなく、履き込んだ革靴のようなじっくりとした味わいを聴かせる。年齢を重ねたグループにしか作れないバラードが、ここにある。
「冬」と言わずに冬を描く、その手つき
この曲がどのように生まれたか、制作陣自身の証言がある。3人はトラックを聴いて「冬っぽいよね」という会話からこの曲を作り始めたという[5]。KREVAは、過去の楽曲「イツナロウバ」が「夏」という言葉を一度も使わずに夏を描いた曲だったことに触れ、同じ手法で今度は冬を描こうと考えたと語っている[5]。実際に「Boots」の歌詞には「冬」という単語そのものは出てこないが、ブーツを履くという行為、足音、街の情景を通して、季節の気配だけがじんわりと立ち上ってくる。歌詞の中心にあるのは、若い頃を共に過ごした親しい友人との記憶だ[7]。右と左、息のぴったり合った足並みという言葉が繰り返されるサビは、恋愛の歌というより、長く並んで歩いてきた誰かとの関係を描いているように読める[7]。街角、深夜のたまり場、当時好きだったファッションブランドの気配。具体的な固有名詞やディテールを積み重ねながら、それでいて全体としては特定の一夜の話に閉じず、聴き手それぞれの「あの頃」を思い出させる余白が残されている。歌詞の制作過程も興味深い。MCUとLITTLEが先に言葉を書き、KREVAがそこに続く予定だったが、KREVA自身が多忙になり、しばらく作業が止まってしまった時期があったという[5]。3人で集まって、なんでもない会話をしながらトラックの手触りを確かめ、そこから言葉を積み上げていく。そうした自然なやり取りの中からテーマが定まっていったプロセスそのものが、この曲の落ち着いた温度感につながっているのだろう。歌詞を丸ごと書き写すことはしないが、伝わってくるのは、若さゆえの勢いではなく、時間を経たからこそ言葉にできる友情の重みだ。履き古したブーツの足音のように、繰り返し使われるフレーズが、聴くたびに少しずつ違う記憶を呼び覚ます。
ワンカットで踊る、擬人化されたブーツ
「Boots」には公式ミュージックビデオが存在する。監督は田辺秀伸で、KICK THE CAN CREWの復活作を象徴する楽曲「千%」のMVも手がけた人物である[2][3]。このMVはワンカットで撮影されており、擬人化された双子のブーツダンサーが踊るという構成になっている[2][3]。曲そのものが持つ「履き込む」というモチーフを、実際にブーツを主役にして映像化するという発想は素直で分かりやすい。ワンカットという撮影手法は、編集でごまかしの利かない緊張感を伴う。ダンサーの息づかいや足運びがそのまま画面に残ることで、曲の中で歌われる「息のぴったり合った足並み」というフレーズと、映像の呼吸が重なって見える瞬間がある。ただし、MVの情報量という点では、トラック制作や歌詞の背景ほど深く掘り下げられた一次資料が見当たらない。監督名と撮影手法、演出の骨子は複数の音楽メディアの報道で確認できるものの、制作意図そのものを語ったインタビューまでは確認できなかった[2][3]。擬人化されたブーツというアイデアは楽しく、曲の温度感ともよく合っているが、曲や歌詞について語れる情報の厚みと比べると、主視点として選ぶにはもう一段の掘り下げがほしいというのが正直なところだ。とはいえ、ワンカットで踊り続けるブーツの映像を見たあとにもう一度音源だけで聴き直すと、画面になかったはずの足音まで聴こえてくるような気がしてくる。それもまた、このMVが果たしている静かな役割なのだろう。
磐田で履き込む、それぞれのブーツ
磐田で家や土地の相談を受けていると、長く連れ添った夫婦や、長年住み続けた家について語る方々に、よくお会いする。新築の輝きは失われても、そこには履き込んだブーツのような、かけがえのない馴染みがある。古くなった家を、ただ古いというだけで手放すのではなく、そこに刻まれた時間の価値を見つめ直すこと。KICK THE CAN CREWが「Boots」で見せた、時間を経たからこその成熟の眼差しは、家や暮らしを見る仕事の中でも、大切な指針になっている。新しいものを追い求める勢いも大切だが、履き込んだものにしか出せない味わいも、同じくらい尊い。この曲を聴くたびに、時間をかけて何かを育てていくことの豊かさを、あらためて思い出させてもらっている。
参考リンク
- [1] KICK THE CAN CREW、3年6カ月ぶりの新曲「Boots」配信 - 音楽ナタリー
- [2] KICK THE CAN CREW、約5年振りアルバムより「Boots」MV公開 - Rolling Stone Japan
- [3] KICK THE CAN CREW、約5年ぶりニューアルバム「THE CAN」を3/30発売 新曲「Boots」MV公開&配信スタート - Musicman
- [4] KREVA インタビュー【後編】KICK THE CAN CREW「Boots」トラック分析 - サンレコ
- [5] KICK THE CAN CREW、キャリアを経て明確になった3人の関係性 KREVAが語る『THE CAN』 - Real Sound
- [6] KICK THE CAN CREW「Boots」 - スピードスターレコーズ
- [7] KICK THE CAN CREW「Boots」MUSIC VIDEO - YouTube公式
履き込んだブーツが足に馴染むように、家や土地にも、そこで暮らした人たちの時間が積み重なっています。
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