「Summer Spot」という曲には、公開のされ方そのものに、夏らしい儚さが刻まれていました。この曲は2017年7月17日の海の日、LINE MUSICで24時間限定の無料配信という形で最初に世に出ています。翌月にはアンコール無料配信も行われましたが、いずれも「その日だけ」という期限つきの提供でした。加えて、ダウンロード用のQRコードが印刷された「SummerSpotうちわ」が、渋谷・新宿・池袋の街頭やタワーレコード各店で数量限定で配られたという経緯も伝えられています。曲そのものが夏の日差しの下でうちわを受け取り、限られた時間の中でしか手に入らない体験として設計されていた。そういう届け方をされた曲だったということを知ると、「Summer Spot」というタイトルの軽さの奥に、案外しっかりした仕掛けがあったのだとわかります。私のような、ものを長く保存しておきたがる性分の人間には、その潔さがかえって眩しく感じられます。仕事柄、家や土地といった、簡単には手放せないものばかりを扱っていると、24時間で消えることを前提に作られたものの潔さが、なおさら際立って見えるのかもしれません。手に入れることよりも、手に入れられなかった余白のほうが記憶に残る、ということが人にはよくあります。この曲を最初に知ったときの驚きも、そういう感覚に近いものでした。
期限つきで配られた夏
「Summer Spot」は、同年8月30日にリリースされたKICK THE CAN CREWの通算4thアルバム『KICK!』に収録された1曲です。このアルバムは2004年の活動休止から数えて約14年ぶりとなる新作で、オリコン週間アルバムランキングでは初登場3位につけたと伝えられています。先行して披露された「千%」がアルバム全体のスピード感を担う曲だったのに対し、「Summer Spot」はテレビなどでも披露しやすい、間口の広い一曲として作られたという趣旨の話がメンバーから語られています。復活作の中に、全力疾走の曲と、24時間だけ無料で配られる軽やかな曲が両方収まっていること自体が、このグループの呼吸の広さを表しているように思えます。
24時間限定配信というやり方は、当時のストリーミング普及期の販促手法としてはめずらしくありませんでしたが、この曲に関しては、それが単なる話題作りを超えて、曲の内容と噛み合っているように聴こえます。手に入る時間が区切られている体験は、夏という季節そのものの構造とよく似ています。夏は誰にとっても、始まりと終わりがはっきりしている季節です。うちわを受け取った日、QRコードを読み込んだ瞬間、その一回性が、曲の軽やかなグルーヴと重なって、聴き手の記憶に短く強く焼きつく設計になっていたのではないかと感じます。
14年という活動休止の期間を経たグループが、復活作の中の一曲を、あえて「いつでも聴ける」ものではなく「今日だけ聴ける」ものとして送り出したことにも、考えさせられるものがあります。長い沈黙のあとに戻ってきたのだから、ここぞとばかりに恒久的な形で世に問う、という選択肢もあったはずです。けれどそうではなく、期限を切って、それも夏の一日だけに絞って届けるという判断をした。そこには、久しぶりに戻ってきたことへの気負いよりも、季節の一瞬をそのまま音にするという、ある種の軽やかな覚悟のようなものがあったのではないかと感じます。
三人の掛け合いが軽さを支える
楽曲としての「Summer Spot」を聴くと、KREVA・LITTLE・MCUの三人が短いフレーズを渡し合うようなコール&レスポンスが、曲の推進力になっていると聴こえます。一人が長く歌い続けるのではなく、声が小刻みに入れ替わっていく構成は、夏の日の会話のような軽さを生んでいます。誰か一人が主役になりすぎない代わりに、三人の呼吸のタイミングが噛み合ったときに生まれる高揚感がある。KREVAがトラック制作を手がけたと伝えられていますが、ビート自体は重厚さを狙わず、風通しのよいアレンジに終始しているように感じられます。14年という空白を経た三人が、力を誇示するのではなく、あえて軽さのほうへ振り切ったこと自体が、一つの成熟の形だったのではないでしょうか。
グループとして活動を休止していた14年の間、三人はそれぞれソロや別プロジェクトで活動を続けていました。それぞれの持ち味がある程度確立されたあとに、あらためて三人で組んだときの声の重なり方には、若い頃の勢い任せの掛け合いとは違う、間の取り方の巧さがにじんでいるように聴こえます。誰かが少し引いた分だけ、別の誰かの声が前に出る。そのバランス感覚は、長いキャリアを積んだ者同士だからこそ生まれる呼吸なのだと思います。声を張り上げるのではなく、抜きどころを心得た上で軽やかに聞かせる。この曲の魅力の核は、案外そういう成熟した引き算の技術にあるのではないかと感じます。
この曲を東京で働いていた頃に初めて聴いたのは、たしか残業続きの夏の夜、電車を待つホームでイヤホン越しにでした。会議や資料づくりに追われる毎日の中で、三人の軽い掛け合いが、自分の中の凝り固まった部分をゆるめてくれるように感じたのを覚えています。仕事において力の入れどころと抜きどころを見極めることの難しさを、当時の自分はまだよくわかっていませんでした。あの頃の自分にこの曲を渡せるなら、力を抜くことは手を抜くことと違う、と伝えたい気持ちがあります。
当時勤めていた会社では、夏になると決まって繁忙期が重なり、有給休暇の消化どころか、定時で帰ることすら難しい時期がありました。そんな中で聴く「Summer Spot」は、現実の自分の生活とはずいぶんかけ離れた、開放的な夏を描いているように聴こえたものです。けれどいま振り返ると、あの曲が描いていたのはどこか遠い理想の夏ではなく、誰の毎日にもわずかに残っている、力を抜いていい瞬間のことだったのだと思います。三人の声が入れ替わる短い間合いのように、仕事にもきっと、肩の力を抜いていい呼吸の切れ目があったはずです。当時の自分は、それに気づく余裕すら持てていませんでした。
磐田に戻ってからの、期限つきの夏
磐田に戻り、家や土地の相談を仕事にするようになってから、「期限つきで手に入るもの」の価値を、以前よりも実感するようになりました。空き家の相談を受けていると、家族が集まるのは結局お盆や夏休みの数日だけだった、という話をよく聞きます。普段は誰もいない実家の庭に、夏の間だけ子や孫が帰ってきて、また元の静けさに戻っていく。その数日間の記憶の濃さは、一年を通して均等に積み重なる記憶とは、明らかに質が違います。「Summer Spot」が24時間限定という形で世に出たことと、実家に家族が帰ってくる夏の数日間には、どこか同じ構造があるように思えてなりません。手に入る時間が限られているからこそ、そこに人は自然と気持ちを集中させるのだと思います。
うちわを配るという行為も、いま振り返ると象徴的です。うちわは扇いだ分の風しか生まない、いかにも夏らしい道具です。蓄えることも、後から取り出すこともできない。「Summer Spot」という曲は、そういう消えていく夏の風を、意図的に音楽として形にした試みだったのかもしれません。空き家になった実家を片づける立ち会いをしていると、押し入れの奥から古いうちわが何本も出てくることがあります。多くは祭りや花火大会の記念品で、持ち主が誰だったのかもう思い出せないようなものばかりですが、それでも捨てるときに少し手が止まる、という話をよく聞きます。うちわという道具そのものが、使い切って終わる夏の記憶の入れ物として、家の中に長く残り続けるのかもしれません。
自宅の物置を整理していたときにも、似たようなことがありました。子どもが小さい頃に近所の夏祭りで受け取ったうちわが、何本も重なって出てきたのです。当時は当たり前のように受け取り、使い、そして忘れていったものでしたが、あらためて手に取ると、その夏の暑さや、家族で歩いた夜店の匂いまでが、輪郭を持って蘇ってきました。うちわ一本には保存の機能などほとんどないはずなのに、それを手にした瞬間だけは、たしかにその夏を思い出させる力を持っている。「Summer Spot」というタイトルの曲が、うちわという配布物と共に世に出たことは、単なる販促の都合以上に、曲の本質と重なる選択だったのだと、いまになって思います。
手放すことと、残ることの間で
「Summer Spot」が24時間限定でしか手に入らなかったという事実は、いま思えば、曲の寿命そのものを短く区切る試みだったようにも聴こえます。けれど実際には、この曲はその後アルバム『KICK!』に収録され、いまもYouTubeで誰でも聴ける形で残っています。一度は消えるはずだった曲が、結果として長く残っている。この矛盾のようなものが、「Summer Spot」という曲の面白いところだと感じます。夏という季節も同じで、一年経てば必ず終わるとわかっていながら、毎年同じように巡ってくる。終わることが決まっているからこそ、繰り返し訪れることに意味が生まれるのだと思います。
『KICK!』がオリコン週間アルバムランキングで初登場3位につけたと伝えられていることも、この文脈で見ると少し違って見えてきます。数字としての順位そのものよりも、14年の空白のあとに戻ってきた三人の音楽が、期間限定の一曲を含めて丸ごと受け止められたという事実のほうが、私にはずっと大きな意味を持って感じられます。短命なはずだったものが、結果として長く支持される。「Summer Spot」というタイトルの奥には、そういう予定調和ではない巡り合わせの面白さも、静かに刻まれているのだと思います。
家や土地を手放す相談を受ける仕事をしていると、「終わらせること」と「残すこと」は、実は対立していないのだとよく気づかされます。家を手放しても、そこで過ごした夏の記憶までが消えるわけではありません。むしろ、手放すという区切りがあるからこそ、その場所で過ごした時間の輪郭がはっきりと立ち上がってくることがあります。「Summer Spot」というタイトルは、直訳すれば「夏の場所」ですが、私にはそれが、場所そのものよりも、夏という季節が人の記憶に刻む「区切り方」を指しているように感じられます。24時間だけ配られた曲が、結果として何年も聴き継がれていくように、期限のある夏の記憶もまた、区切られたからこそ色褪せずに残るのかもしれません。
家族と暮らした家を手放すという決断は、多くの場合、簡単には下せないものです。それでも最終的にその決断をした人たちの話を聞いていると、家そのものよりも、その家で過ごした特定の季節の記憶を、心の中にきちんとしまい終えたときに、ようやく区切りがつくのだとわかります。土地や建物は手放しても、記憶の置き場所は自分の中に残る。「Summer Spot」という曲が24時間という短い時間の中に凝縮されていたように、人の暮らしの記憶もまた、案外短い夏の数日間に、いちばん濃く詰まっているのかもしれません。この曲を聴くたびに、そういう自分の中の夏の置き場所を、そっと確かめたくなります。
参考リンク
- KICK THE CAN CREW、約14年ぶりのアルバムタイトルは『KICK!』。新曲10曲を収録(rockinon.com)
- KICK! - Wikipedia
- KICK THE CAN CREW、新曲「SummerSpot」がアンコール無料配信 LINE MUSICにて24時間限定(Spincoaster)
- KICK THE CAN CREW、新曲「SummerSpot」を本日7/17(海の日)に、24時間限定無料配信!さらに「“SummerSpot”うちわ」が全国で配布決定!(Fanplus Music)
- KICK THE CAN CREW、新曲「SummerSpot」を本日24時間限定無料配信(Real Sound)
- KICK! | KICK THE CAN CREW(ORICON NEWS)