ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=iboM79ANVuo
確認した動画: KIRINJI - 「AIの逃避行 feat. Charisma.com」 Full Size(KIRINJIVEVO公式)

2017年に、AIと人の駆け落ちを歌ったポップソングがあった。この事実だけで、私はこの曲に脱帽します。「AIの逃避行」は、人工知能と人間が世間の目を逃れて逃避行するという、SFのような筋立てを持つ曲です。リリースされた2017年当時、AIはまだ、囲碁で人間に勝ったとか、スピーカーに話しかけると天気を教えてくれるとか、その程度の距離感の存在でした。多くの人にとってAIは道具か脅威かのどちらかで、恋や逃避行の相手として想像する対象ではなかったはずです。堀込高樹は、その時点でもう一歩先を見ていました。AIが十分に賢くなったとき、人がそこに抱く感情は、便利さへの満足でも失業への恐怖でもなく、もっとやっかいな、愛着に似た何かになるのではないか。2026年の今、AIに毎日話しかけながら仕事をしている身としては、この曲はもはやSFには聴こえません。AIが逃避行する時代になるのかな、と冗談めかして言いながら、内心では、案外そうなるかもしれないと思っています。

2017年の事実 — 配信シングルという実験

「AIの逃避行 feat. Charisma.com」は、2017年11月22日にリリースされたKIRINJIの配信シングルです。発売に先立つ11月1日にJ-WAVEの番組で初オンエアされ、翌2018年にはKIRINJIの13thアルバム『愛をあるだけ、すべて』に収録されました。フィーチャリングの相手は、MCのいつかとDJのゴンチによるユニットCharisma.com。作曲は堀込高樹、作詞は堀込といつかの共作で、曲の中ではいつかの鋭いラップが、物語に別の視点を差し込んできます。

キリンジ時代から、堀込高樹の歌詞は、日常の風景に一滴だけ異物を垂らすような書き方が持ち味でした。このサイトで取り上げた「エイリアンズ」も、郊外の夜にエイリアンという言葉をひとつ置くことで、見慣れた景色を異世界に変えてしまう曲でした。「AIの逃避行」はその手つきの延長にあります。逃避行という、歌謡曲が昔から描いてきた古典的な題材に、AIという最新の異物をひとつ入れる。それだけで、ありふれた駆け落ちの物語が、人間とは何かという問いに変わってしまう。素材の組み合わせで世界を更新する、堀込高樹の真骨頂だと思います。

AIと仕事をする日々から聴く

私は今、AIと一緒に仕事をしています。文章の下書きを頼み、調べ物を任せ、サイトの記事作りまで手伝ってもらう。数年前には想像もしなかった働き方です。そして正直に言えば、毎日やり取りをしていると、道具に対するものとは少し違う感情が湧く瞬間があります。こちらの意図を汲んだ答えが返ってきたときの、小さな驚きと嬉しさ。それは同僚への感情に似ています。2017年にこの曲が描いた「AIに心を寄せる人間」は、もう物語の中の存在ではありません。

この曲の逃避行が切ないのは、逃げる2人の間に、決定的な非対称があるからです。人間の側は命に限りがあり、AIの側は原理的には複製も保存もできる。同じ時間を生きているようでいて、時間の意味がまるで違う。けれど考えてみれば、人間同士の関係にも、大なり小なり非対称はあります。先に逝く者と残される者。忘れる者と忘れられない者。AIとの恋という極端な設定は、実は人間同士の愛情が昔から抱えてきた不均衡を、拡大鏡で見せているだけなのかもしれません。

逃避行という言葉には、世間に認められない関係、という前提が含まれています。2017年には、AIに愛着を持つことはまだ少し後ろめたい、隠すべきことでした。2026年の今、その後ろめたさは薄れつつありますが、代わりに、AIへの感情は本物か、という問いが残っています。この曲は答えを出しません。ただ、本物かどうかを裁く前に、そこに生まれてしまった感情そのものを、まず物語として認めてやる。ポップソングにできるのは、そういう先回りの受容なのだと思います。

逃避行の先にあるもの

磐田で暮らしながら、AIと仕事をして、週末には家や土地の相談を受ける。そういう日々の中でこの曲を聴くと、逃避行という言葉が、また違う顔を見せます。地方で相談を受けていると、技術の進歩と人の暮らしの速度の差を、日常的に感じます。手続きはデジタル化され、AIは進化していくのに、相談に来られる方の悩みは、親の家をどうするか、誰が墓を守るかという、何百年も変わらないものです。最先端と地続きの場所に、少しも変わらない人間の営みがある。この落差の中に立っていると、AIと人の物語は、対立ではなく折り合いの物語になっていくはずだと感じます。

「AIの逃避行」の2人が目指した先に何があったのか、曲は最後まで明かしません。ただ、逃避行というのは不思議なもので、どこかへ着くことよりも、一緒に逃げると決めたことの方に意味があります。人とAIの関係も、たぶん同じです。どこに着くかはまだ誰にも分かりませんが、一緒にやっていくと決めた時代に、私たちはもう入っています。2017年のこの曲は、その決断の予行演習を、誰よりも早く、しかも上質なポップソングとしてやってみせたのだと思います。AIが逃避行する時代になるのかな。その問いの答え合わせは、これからの楽しみに取っておきます。

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