ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=MIM00EORQas
確認した動画: LEMONADE (feat. 小田朋美)(syncokinがYouTubeに提供した公式音源。物語性を伴う公式ミュージックビデオではなく、ジャケット画像を伴う音源動画)

レモネードという飲み物は、酸っぱさと甘さのぎりぎりの均衡で成り立っている。酸っぱいだけでは飲めないし、甘いだけならただのジュースになってしまう。KIRINJIの「LEMONADE feat. 小田朋美」というタイトルを見たとき、まずその危うい均衡を思った。この曲には、もう一つ面白い背景がある。実は2026年に突然生まれた新曲ではなく、2017年に堀込高樹がアイドルマスター・シリーズへ提供した楽曲を、9年の時を経て自らセルフカバーしたものだという事実だ。一度は他人の声に託した曲を、あらためて自分たちの手元に取り戻す。そういう時間の流れそのものが、この曲を静かに面白くしている。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★☆☆☆☆

選定理由:ジャズドラマー伊吹文裕とキーボード宮川純、シンセに若手ジャズ奏者・叶大による新録アレンジは十分に聴きごたえがあるが、この曲の真価はやはり「レモネード」という言葉に酸味と苦味と甘さを同居させた歌詞の設計そのものにある。手榴弾や漫画のタイトル、農薬に関わる言葉まで飛び出す独特の語彙選びは、単なる恋愛ソングを超えて、大人になるということの手触りを描いている。公式のミュージックビデオが確認できない点は惜しいが、言葉だけでここまで奥行きを作れることが、この曲の一番の強さだと感じたため、歌詞がいいを主視点に選んだ。

2017年のアイドルマスター提供曲が、2026年に生まれ変わるまで

「LEMONADE」は、もともと2017年12月にリリースされた『THE IDOLM@STER MASTER PRIMAL POPPIN' YELLOW』というアイドルマスター・シリーズの楽曲として、堀込高樹が作詞・作曲・編曲を手がけた作品だった[1]。歌ったのは萩原雪歩(CV:浅倉杏美)と三浦あずさ(CV:たかはし智秋)の二人で、いわゆる劇中のキャラクターソングとしての出発だった。KIRINJIはこれまでにも他アーティストや作品への楽曲提供を数多く手がけてきたが、この「LEMONADE」はライブで演奏されるたびにファンの反応が良く、バンド自身のレパートリーの中でも独特の存在感を持つ曲として育っていったという。そして2026年1月9日、KIRINJIは自主レーベル「syncokin」から通算17枚目となるオリジナルアルバム『TOWN BEAT』をリリースする[2][3]。全9曲のうち2曲がセルフカバーで構成されており、「LEMONADE feat. 小田朋美」はその一つとして、正式なスタジオ録音の形を初めて得ることになった[4]。ローリングストーン誌のインタビューで堀込高樹自身が明かしているところによれば、この曲を新録した直接のきっかけは、アルバムの曲数を揃える必要があったという実務的な事情だったという。ただ、それ以前からライブ版しか存在しなかったこの曲を、きちんとしたスタジオ録音として残したいという気持ちを、堀込は長く抱えていたとも語られている[5]。同じアレンジを繰り返すのではなく、音そのものを刷新しようとした結果、LAGHEADSとの共演から着想を得たテンポの速いアレンジへと生まれ変わった。ドラムの伊吹文裕、キーボードの宮川純を迎え、「人力ドラムンベース」とでも呼びたくなるジャジーな質感を追求し、さらに若手ジャズミュージシャンの叶大によるシンセサイザーが、ロバート・グラスパーを思わせる現代的な洗練を加えている[5]。9年という時間を経て、キャラクターソングとして生まれた曲が、生身のバンドの手によって新しい体温を得た。この曲の背景を知ると、単なるセルフカバーという言葉では片付けられない、作家自身の時間の重なりが見えてくる。

小田朋美という声が担ったもの

ボーカルを担当した小田朋美は、ジャズシーンを拠点に活動するピアニスト・シンガーであり、ここ3年ほどKIRINJIのライブサポートメンバーとして鍵盤と歌唱の両方を担ってきた人物だという[5]。堀込高樹は、彼女の演奏面での実力だけでなく、ステージ上でのたたずまいや、リハーサルの段階からアレンジに前向きな提案をしてくる協働的な姿勢を評価していると語っている[5]。3年間の積み重ねがあったからこそ、この起用は狙って作られたコラボレーションというより、自然な流れの延長線上にあるものだったのだろう。同じアルバムに収録されている「ルームダンサー feat. 小田朋美」でも小田が起用されていることからも、KIRINJIというバンドが、彼女の声をこの時期のサウンドに欠かせない要素として捉えていることがうかがえる[6]。もともとキャラクターソングとして声優が歌っていた曲を、今度はジャズの素養を持つミュージシャンが歌い直す。この置き換えによって、曲の重心が「アニメ作品の中の一曲」から「大人がしみじみ味わう一曲」へと、静かに移動している。声の主が変わることで、同じメロディでもまったく違う手触りになる。この曲を聴き比べるとき、いちばん面白いのはまさにその部分だ。

「レモネード」という言葉が抱えている苦さ

歌詞をそのまま引用することはしないが、その言葉選びについては触れておきたい。この曲の歌詞は、レモンという果実を、恋愛や人生における感情の比喩として扱っている。酸っぱさや苦さといった、ともすれば避けたくなる感覚を、砂糖水で薄めて甘い飲み物に変えていく。そうした変換の過程そのものが、この曲全体の構造になっているように読める。柑橘は熟しても、リンゴやバナナのように甘くなるわけではない。酸味を抱えたまま完熟する果実であるという性質と、年齢を重ねても消えない感情の痛みを重ねているようにも読める。手榴弾、漫画のタイトル、農薬に関わる言葉まで飛び出す独特の語彙選びは、堀込高樹の作詞に一貫して見られる、予想を外してくる言葉のセンスそのものだ[1]。恋愛の歌でありながら、恋愛の歌だけでは終わらせない距離感がある。誰かを想う気持ちを、まっすぐな甘い言葉ではなく、加工された飲み物という一段回り道した比喩に託すことで、聴き手それぞれが自分の経験を重ねられる余白が生まれている。説明しすぎない言葉の選び方こそが、この曲を9年経っても色褪せさせなかった理由なのだと思う。

公式MVが見当たらないということ

今回の記事の元にしたYouTubeリンクは、syncokinがYouTubeに提供した音源動画であり、物語性のある映像を伴う公式ミュージックビデオではない。同じアルバム『TOWN BEAT』からは「ルームダンサー feat. 小田朋美」の公式MVが監督・鈴木健太のもと制作され、俳優の三木亜矢音が出演する形で公開されているが[6]、「LEMONADE feat. 小田朋美」については、調べた範囲で同様の映像作品は見当たらなかった。MVという入口を持たない曲は、YouTubeで偶然出会うきっかけとしては弱い。そこは正直に評価しておきたい。ただし、この曲がライブでファンの反応が良かったという経緯を踏まえると、映像に頼らずとも、演奏そのものの強さで聴き手の記憶に残ってきた曲なのだろうとも思う。MVという装置がなくても曲が生き延びてきたという事実は、裏を返せば、それだけメロディと歌詞の力が強いということでもある。もし将来、この曲にも映像がつく機会があれば、レモンの酸味と甘さがせめぎ合う歌詞の世界を、どんな色や光で描くのか、想像するだけでも楽しみになる。

参考リンク

9年前に生まれた曲が、新しい声と音を得て今また響くように、家や土地にも、時間を経てなお受け継がれる価値が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。