ページ作成日: 2026年7月4日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=xB5SImW6mGA
確認した動画: KIRINJI - Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS(KIRINJIVEVO公式)

KIRINJIの「Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS」は、2019年10月30日に先行配信され、同年11月20日発売のアルバム『cherish』に4曲目として収録された[1][2]。作曲は堀込高樹、作詞は堀込高樹と鎮座DOPENESSの共作である。KIRINJIというユニットを長年率いてきた堀込の、理知的でどこか湿り気を帯びたボーカル。そこに交わるのは、日本のヒップホップ・シーンで唯一無二のフリースタイルと発音の存在感を持つラッパー、鎮座DOPENESSの変幻自在なフロウだ。この組み合わせを最初に聞いたとき、多くのリスナーは意外な顔をしたのではないか。実際に音を聴くと、その驚きはすぐに納得に変わる。異なる声が競い合うのではなく、譲り合いもせず、それぞれの持ち味のまま重なり合って、洗練されていながら生々しい体温を持つポップミュージックとして結実しているからだ。

この曲を大石セレクションで選ぶにあたって、まず確認しておきたいのは、鎮座DOPENESSという人物についてである。本名は矢野秀介、1981年3月29日生まれ、東京都調布市の出身[6]。中学時代にスチャダラパーを聴いてヒップホップに惹かれ、2000年にはケツメイシのアルバムに客演するなど早くから頭角を現し、2009年には初のソロアルバム『100%RAP』を発表、同年の「ULTIMATE MC BATTLE」で全国優勝を果たしている[6]。フリースタイルの即興性と、レゲエやダンスミュージックにも通じる懐の深さを併せ持つラッパーであり、堀込高樹はそうした彼の「本物感」――声の質感や発音の仕方そのものに宿る説得力――に以前から惹かれていたという[7]。それぞれの持ち場を大切にする二人が一つの曲に同居したとき、何が生まれたのか。ここからは曲・歌詞・MVという三つの視点から、じっくりとその中身を見ていきたい。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★☆☆☆

選定理由:この曲の核は、堀込高樹が書いたコードワークとグルーヴの設計にある。当初はクールなファンクやニューウェイヴを意識して着想されながら、制作の過程で徐々に「人間っぽさ」を帯びていったという経緯そのものが、そのまま音に刻まれている[3]。硬質なトラックの上を鎮座DOPENESSのフロウが予測不能なタイミングで這い回り、堀込のボーカルと交わることで生まれる化学反応は、歌詞の面白さやビジュアルの強さを抜きにしても、音そのものの構造として何度も聴き返したくなる強度を持っている。歌詞も十分に魅力的で、公式映像はリリックビデオという形で曲の理解を助けてくれるが、実写のミュージックビデオとしての公式映像は確認できないため、主視点は曲がいいに置いた。

「トロ・イ・モア」から「人間っぽさ」へ、揺れながら固まったグルーヴ

制作にまつわる経緯を音楽メディアの取材から拾うと、この曲は最初からいまの形を目指していたわけではないことが見えてくる。堀込高樹は当初、トロ・イ・モアのようなクールなファンクやニューウェイヴの感触を思い描いてトラックに着手したという[3]。ところが制作が進むにつれて、曲は次第に「人間っぽく」なっていき、堀込自身の言葉を借りれば「セクシャリティーから逃れられなくなった」というムードへと変化していった[3]。この変化の過程こそが、この曲を単なるスタイリッシュなトラックで終わらせなかった理由だろう。クールに始まり、生々しく終わる。その振れ幅が、曲全体の温度を決めている。

実際に聴いてみると、シンセサイザーの音色にはたしかにレトロなファンクやニューウェイヴを思わせる硬質な質感が残っている。しかし、そこに乗るビートやベースラインには、もっと湿った、体温のある動きがある。堀込のボーカルは、いつものKIRINJIらしい理知的な佇まいを崩さないまま、この曲では珍しく官能的な色気をにじませる。そこに切り込んでくる鎮座DOPENESSのフロウは、拍にきっちり収まるというより、拍の隙間を縫うように入ってくる。ラップというより、ボーカルの一部として機能しているようにも聴こえる瞬間がある。二つの声のリズム感がまったく違うのに、同じビートの上で衝突せずに共存しているのは、堀込がトラックの側で受け皿を丁寧に作っているからだろう。KIRINJIの楽曲でヒップホップのフィーチャリングを迎えるのはこの曲が初めてではないが、ここまでボーカルとラップが対等な重みで絡み合う曲は多くない。アルバム『cherish』全体が、生音とプログラミングを絶妙に融合させながら、シリアスからコミカル、そしてセクシャルな要素までを横断する作品として仕上げられていることも[8]、この曲の立ち位置を理解するうえで参考になる。「Almond Eyes」は、そのセクシャルな側面をもっとも直接的に担っているトラックだと言えるだろう。

もう一つ興味深いのは、堀込高樹がなぜ鎮座DOPENESSを選んだのかという点だ。単に人気のラッパーを迎えたというより、彼の声そのもの、発音の仕方そのものに宿る「本物感」に魅せられていたという経緯がある[7]。技巧やフロウの派手さだけでなく、声質という、後から取り替えのきかない部分に価値を見出したということだ。この視点があったからこそ、この曲は単なるコラボ企画にとどまらず、二つの声の質感そのものを主役にした一曲になったのだと思う。何度聴いても飽きが来ないのは、メロディやフレーズを覚えてしまったあとも、声と声がこすれ合う瞬間の手触りが、そのつど新しく感じられるからだろう。

境界線を曖昧にしたまま提示される、大人の距離感

歌詞の中身をそのまま引用することはしないが、そこに描かれている時間と距離について考えてみたい。タイトルの「Almond Eyes」が示すとおり、この曲の視点は終始、誰かの瞳へと吸い寄せられている。すでに何かが結ばれたあとの余韻なのか、まだ何も起きていない緊張感なのか。歌詞はその境界線をあえてはっきりさせない。堀込高樹の書く言葉には、白黒をつけずに人間の感情の揺らぎをそのまま掬い取る癖があるが、この曲ではその特徴がより濃く出ている印象がある。

共作者として鎮座DOPENESSの名前がクレジットされていることも見逃せない[1]。ラップパートの言葉選びには、堀込の書く言葉とは異なる質感、もっと即興的でくだけた響きが混ざっている。二人の言葉が同じ曲の中で交互に現れることで、一人の視点だけでは生まれない立体感が出てくる。誰かに恋い焦がれる感情を、理知的な言葉で綴る堀込のパートと、もっと身体的な感覚で言い放つ鎮座DOPENESSのパート。この対比があることで、聴き手は一つの感情を二つの角度から同時に受け取ることになる。年齢を重ねてから聴くと、この曲がただの恋愛描写ではなく、人と人が惹かれ合う瞬間そのものの生々しさを描いていることに気づかされる。説明しすぎない余白があるからこそ、聴くたびに違う情景が浮かぶ。それこそが、この曲の歌詞が持つ強さだろう。

リリックビデオが担った役割と、映像としての踏み込み

この曲の公式映像として確認できるのは、2019年10月30日の配信と同時に公開されたリリックビデオである[1][4]。映像制作を手がけたのはARデザイナーのasagiで、独自に開発したフィルターを用いた個性的な視覚表現がなされており、堀込高樹と鎮座DOPENESS、そしてダンサー・振付師の櫻井香純が映像に登場する[1]。歌詞をなぞるだけの単純なリリックビデオではなく、二人のパフォーマーとダンサーの動きを組み合わせることで、曲が持つ官能的な緊張感を映像側からも補強しようとする意図が感じられる。

ただし、これはあくまでリリックビデオであり、物語性を持った実写のミュージックビデオとして公開された映像は確認できなかった。歌詞を読ませることを主目的とした映像形式である以上、曲や歌詞が持つ具体的な情景を、独立した映像作品として深く掘り下げているとまでは言いにくい。asagiによる視覚効果とダンサーの参加は曲の理解を助ける工夫として評価できるが、公式ミュージックビデオという形での映像表現がない以上、この曲の主視点をMVに置くのは難しいというのが正直なところだ。それでも、配信と同時にビジュアル表現が用意されていたことは、この曲がリリース当初からビジュアル面でも大切に扱われていたことの証だろう。

異なる声のまま、一つのグルーヴに収まる曲

KIRINJIというユニットは、堀込高樹の作家性を軸にしながら、時代ごとにさまざまな音楽的要素を取り込んできた。「Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS」は、その中でもヒップホップのフィーチャリングという形を大きく取り入れた曲として、アルバム『cherish』の中でも異彩を放っている[8]。堀込と鎮座DOPENESSという、出自もキャリアもまったく異なる二人が、互いのスタイルを譲らないまま一つの曲に同居する。その様子を聴いていると、異なる個性がぶつかり合うのではなく、それぞれの領分を保ったまま重なり合うことでしか生まれない音があるのだと実感する。

この曲がリリースから数年を経ても色褪せないのは、トレンドを追いかけた企画ものとしてではなく、堀込高樹自身が「本物感」に惹かれて鎮座DOPENESSを招いたという、シンプルで揺るぎない動機から生まれた曲だからだろう。テクニックの誇示や話題性のためのコラボレーションではなく、声そのものへの敬意から始まった一曲。だからこそ、何度聴いても、二つの声がこすれ合う瞬間に新しい発見がある。

参考リンク

異なる声がそれぞれの持ち味のまま重なり合うように、家や土地にも、複数の人の想いが重なって残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。