2001年7月18日にリリースされた7枚目のシングル「ヘキサムーン」は、2001年の第1弾シングルとして送り出され、ポップなきらめきに満ちたヒット性の高いナンバーだと評価されている一曲だ[1]。「満月」で欠けた月を歌い、「イノセント」で内省に沈んだ小林建樹が、ここで見せるのは一転して明るい光だ。MVで映るのは、白い鍵盤に光が反射する、ピアノの弾き語りのクローズアップ。指先が鍵盤に触れる瞬間が丁寧に切り取られている。
六角形の月、というイメージの飛躍
「ヘキサ」は英語やギリシャ語由来で「6」を意味する接頭辞であり、「ヘキサムーン」というタイトルは、本来まん丸であるはずの月を、あえて六角形という幾何学的な形に結びつけるという、大胆なイメージの飛躍を含んでいる。「満月」で月のない夜を歌い、この曲で月を幾何学的な形として捉え直す。小林建樹というアーティストの作品を並べてみると、「月」というモチーフに繰り返し立ち返りながら、そのたびに違う角度から光を当てていることに気づく。丸い満月、欠けた月、そして六角形の月。同じ天体を扱いながら、決して同じ描き方をしない。このタイトルの付け方ひとつをとっても、彼が言葉のイメージを操ることに強いこだわりを持っていたアーティストだったことが伺える。
鍵盤が主役になったMV、音と映像の一致
このMVで最も印象的なのは、白い鍵盤にゆっくりと光が当たる様子と、指先が鍵盤に触れる瞬間を捉えたクローズアップの多さだ。派手なロケーションやストーリー仕立ての演出ではなく、演奏そのものにカメラを寄せている。これは、この曲がピアノを軸に組み立てられたポップスであることと、映像面でもしっかり呼応している構成だ。音だけで聴いていたときにイメージしていたピアノの音色が、映像によってそのまま視覚的に裏付けられる。曲の理解を大きく変えるタイプのMVではないが、音と映像がずれることなく素直に結びついている心地よさがある。ボーカルの伸びやかな歌い方と、鍵盤を叩く指の動きが重なって見えることで、演奏と歌唱が一体化した瞬間の説得力が増している。
2001年、新たな一歩としての明るさ
2001年の第1弾シングルとして送り出されたこの曲は[1]、それまでの実験的な作品群とは違い、より広い層に届くことを意識したポップな作りになっている。歌詞に丸ごと触れることは控えるが、この曲が描いているのは、過去の陰りを引きずるというよりも、新しい季節に向けて前を向いていく明るさだと感じている。「満月」や「イノセント」で見せてきた内省的な陰影と比べると、この曲にはどこか吹っ切れたような軽やかさがある。それは決して薄っぺらい明るさではなく、これまでの陰影を通過してきたからこそ出せる、実感のこもった明るさだ。人は暗い時間をくぐり抜けたあとに、初めて本当に明るい光のありがたさに気づくことがある。この曲のポップさには、そうした通過儀礼を経た者だけが持てる説得力が宿っているように思う。
実験と普遍性、両方を行き来できるアーティスト
「ヘキサムーン」は、小林建樹というアーティストが、単に実験的で難解な作家ではなく、聴きやすいポップスも高いレベルで作れる作家であることを示した一曲だ。曲によって振れ幅の大きい表現を選び続けてきた彼のキャリアの中で、この曲は「分かりやすさ」という選択肢を、決して安易な妥協としてではなく、ひとつの表現手法として選び取っていることがよく分かる。難解さと親しみやすさ、その両方を行き来できることこそが、長くキャリアを続けられるアーティストの条件のひとつなのかもしれない。
カバーアルバム『リバース』へとつながる、表現の幅
「ヘキサムーン」の後、2002年3月27日には『リバース~Private Covers~』というカバーアルバムがリリースされている[1]。自作曲だけでなく、他者の楽曲を自分なりに解釈して歌い直すという企画に取り組んでいることからも、小林建樹が単に「自分の曲を歌う人」にとどまらず、楽曲そのものへの深い理解と再構築の力を持ったアーティストであったことが伺える。「ヘキサムーン」で見せたポップな明るさは、自作曲の中では比較的親しみやすい部類に入る一曲だが、この曲を経て、他者の楽曲を自分の色に染め直すカバーアルバムへと向かっていく流れを見ると、彼にとって「曲を理解し、自分の声で再構築する」という行為自体が、一貫した創作の核だったのだとわかる。デビュー作の分割画面、「満月」の意表を突く歌詞、「祈り」の静かなバラード、「SPooN」の色彩表現、「イノセント」の内省、そして「ヘキサムーン」のポップな明るさ。ここまで振れ幅豊かに作品を重ねてきたからこそ、次にカバーという形で「他者の曲を自分のものにする」という挑戦に向かえたのだろう。一枚のシングルの中だけでなく、キャリア全体を通して聴くことで、この曲の位置づけがより立体的に見えてくる。ポップな一曲を作れることは、実験的な作家性と決して矛盾しない。むしろ、両方を高い水準で行き来できることこそが、このアーティストの本当の実力を物語っているのだと思う。鍵盤に映る光の粒ひとつひとつが、その振れ幅の広さを静かに裏付けている。六角形の月というイメージの飛躍が、聴くたびにまた新しい輝きを見せてくれる。ポップという言葉を軽く扱わず、真剣に磨き上げた結果がここにある。明るさもまた、丁寧に作り込まれた表現のひとつなのだと、この一曲が静かに証明している。
参考リンク
- [1] ヘキサムーン / 小林建樹 - OTOTOY Music Store
- [2] ヘキサムーン[CD MAXI] | UNIVERSAL MUSIC JAPAN
- [3] 作品紹介☆ | 小林建樹オフィシャルサイト
- [4] 小林建樹 - Wikipedia
暗い時間を経てこそ気づける明るさがあるように、住まいにも、時を経て初めて分かるありがたさがあります。
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