「タンポポ feat. ZORN」は、2020年10月14日に配信限定でリリースされたKREVAの楽曲である[1]。同年8月に発表された、ZORNからのラブコールに応える形で実現した客演曲「One Mic feat. KREVA」に続く、両者にとって2度目の共演作にあたる[2]。今度はKREVAが自身の楽曲にZORNを招く番だった、という巡り合わせそのものが、すでに一つの物語になっている。エレクトロニックなリフを基調にした浮遊感のあるトラックに、温かみと強靭さが同居していると評されており[3]、そのビートの上で二人が交互に言葉を重ねていく構成が、この曲の骨格を作っている。
コンクリートを破って咲く花という像
タンポポという花には、独特の生存戦略がある。踏まれても、アスファルトの隙間しか土がなくても、そこに根を張り、季節が来ればまた花を咲かせる。この曲の歌詞は、その姿を都市の中で生きる人間の粘り強さと重ね合わせているとされる[3]。派手な成功譚や一発逆転の物語ではなく、何度でも同じ場所から咲き直す、という地味だが確かな生命力を歌にしている。ここで大事なのは、この像が単なる比喩の思いつきではなく、KREVAとZORNという二人の出自と結びついている点だ。二人はともに東京の下町、江戸川区と隣接する葛飾区の出身であるとされ[3]、その土地に根差した感覚が歌詞の端々に滲んでいるように聴こえる。下町という場所は、華やかな都心とは違う、生活者の目線が強い土地だ。そこで育った者が語る「理想」は、浮ついた願望ではなく、日々の暮らしの延長線上にある実感を伴った言葉になる。歌詞全体を貫くのは、「今だからこそ、あえて理想を語ろう」という姿勢であるという[3][4]。理想を語ることが憚られるような厳しい状況ほど、人は現実的な話に終始しがちになる。けれどこの曲は、その空気にあえて逆らう。厳しさを知らないから理想を語るのではなく、厳しさを知っているからこそ、それでも語る。その順番の違いが、この歌詞に説得力を与えている。
過去のリリックを引き継ぐ、ZORNの応答
この曲でもう一つ興味深いのは、ZORNのヴァースの作り方だ。ZORNはKREVA自身の過去作からリリックを引用しながら、物語を繋いでいると評されている[3]。これは単なるオマージュではなく、招かれた客演としての礼儀と、招いた相手への深い理解の両方を示す振る舞いだと思う。自分の言葉だけで押し切るのではなく、相手の歩んできた道のりを一度自分の中に取り込んでから、そこに自分の言葉を重ねていく。ラップという形式は、しばしば自己主張の強さで語られがちだが、この曲でのZORNの立ち位置は、むしろ対話に近い。KREVAが投げた言葉を受け取り、意味を変奏しながら投げ返す。フックの作曲についても、深い余韻を残す仕上がりだと評価されており[3]、単発のヒットフレーズで終わらせない作りになっている。二人のヴァースが巧みにスイッチしていく構成は[3]、一人の語り手が理想を語るよりも、複数の声が同じ方向を向いて語ることの強さを感じさせる。一人で言い切ってしまえば、それは決意表明で終わる。しかし二人で、しかも異なる声質とフロウで同じテーマを語ることで、その理想は個人の願望を超えて、共有できるものへと開かれていく。歌詞を読み解くうえで、コンクリートを割って咲く花という像に戻ってきたい。この像の強さは、対象を美化しすぎていないところにある。タンポポは決して高貴な花としては描かれない。むしろ、どこにでも生え、時には邪魔者扱いされる草花だ。それでも咲く。その等身大の逞しさこそが、下町という土地の感覚と響き合っているのだと思う。
地下空間で撮られた、光と影のMV
公式ミュージックビデオは2020年10月13日に公開され、監督はKREVAの作品でおなじみの映像作家、大喜多正毅が手がけている[4][5]。舞台に選ばれたのは地下空間だ。地上の生活からは見えない、閉ざされた場所での撮影という選択は、この曲が描く「厳しい環境の中で咲く」というテーマと自然に呼応している。実際の映像は、光沢感のある冷たさと、心地よい温かさが同居しているという評があり[4][5]、無機質なコンクリートの質感と、そこに射し込む光の温度差が、歌詞の世界観をそのまま視覚化しているように見える。地下という場所は、暗く閉ざされているだけの空間ではない。光の入り方一つで、その印象は大きく変わる。硬質な壁面に反射する光や、限られた照明の中でこそ際立つ陰影は、地上の開放的な景色よりも、むしろ「理想を語る」という行為の緊張感を強く伝えているように感じる。二人のラッパーが交互にヴァースを繋いでいく構成は、映像の中でもカメラワークやカット割りによって表現されているはずで、音だけでは伝わりにくい二人の掛け合いの呼吸を、映像が補ってくれる。ただし、このMVの評価軸はあくまで、歌詞という強固な骨格をどう視覚的に補強したかという点にある。地下空間という舞台設定の必然性、光と影の使い方、いずれも高い完成度を持っているが、この曲の核にある「コンクリートを破って咲く花」という言葉の強さを超えるほどの物語性を映像単体が持っているかというと、そこまでは踏み込みきれていないというのが正直な印象だ。だからこそ、大石セレクションとしては歌詞がいいを主視点に置いた。
理想を語ることの、静かな強さ
2020年という年は、多くの人にとって、先の見えない不安に包まれた時期だった。そうした時代には、理想を語ることがどこか場違いに響いてしまうことがある。目の前の現実に対応するだけで精一杯なときに、まだ見ぬ未来の理想を語る余裕などない、と感じるのは自然なことだ。それでもこの曲は、あえてそういう厳しい時期にこそ理想を語ろうと呼びかける。現実を無視した楽観論ではなく、厳しさを知った上で、それでも前を向く言葉を選ぶ。その姿勢の強さは、聴くたびに背筋を少し伸ばしてくれる。タンポポが誰に見られるでもなく、アスファルトの隙間でただ咲いているように、理想を語るという行為もまた、誰かに認められるためではなく、自分自身が前を向き続けるための行為なのかもしれない。この曲を聴き終えたあと残るのは、威勢のいいスローガンではなく、もう少し静かで、それでいてしぶとい手触りの決意だ。
参考リンク
- [1] KREVA | タンポポ feat. ZORN | スピードスターレコーズ
- [2] KREVAとZORNのコラボ再び、新曲「タンポポ」で力強く理想を語る - 音楽ナタリー
- [3] 東京下町発の2つの道筋が重なる時-『タンポポ feat.ZORN』KREVA - rockinon.com
- [4] KREVA、新曲「タンポポ feat. ZORN」地下空間で撮影されたMV公開 - Billboard JAPAN
- [5] KREVA、新曲「タンポポ feat. ZORN」MVは地下空間で撮影 - BARKS
アスファルトの隙間でも咲き直す花があるように、家や土地にもまた、時間をかけてもう一度手を入れれば活きる場所があります。
この記事を書いている大石浩之は、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしています。相続した実家や空き家、土地建物の整理でお困りの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。