1996年、ニューヨークに住んでいた久保田利伸は、自宅アパートのエレベーターで、たまたま同じ建物に住んでいたスーパーモデルのナオミ・キャンベルと乗り合わせ、そこで意気投合したと伝えられています[1]。芸能界にありがちな企画先行のコラボレーションではなく、日常のわずかな偶然から始まったという経緯を知ってから、この曲を聴くと、いつも少し違う手触りが立ち上がってきます。仕組まれた出会いではなく、たまたま隣に居合わせただけの二人が、意気投合し、気づけば1曲を作り上げていた。人と人が交わる瞬間というのは、案外そういう些細な場所に転がっているのかもしれません。私自身、東京で働いていた時代、通勤電車やエレベーターですれ違った誰かと、二度と交わらないまま日々をやり過ごしていたことを思うと、この曲の成り立ちには、どこか羨ましいような、まぶしいような感覚を覚えます。「LA・LA・LA LOVE SONG」は、そうした偶然が奇跡に変わった瞬間を、そのままメロディに閉じ込めた1曲です。
エレベーターの偶然から生まれた、伝説のデュエット
「LA・LA・LA LOVE SONG」は、久保田利伸が作詞・作曲を手がけ、1996年5月13日にソニー・レコードからリリースされたシングルです[1]。フジテレビ系ドラマ『ロングバケーション』の主題歌としてタイアップし、木村拓哉と山口智子が主演を務めたあの夏のドラマの記憶と分かちがたく結びついています[2]。当時ニューヨークに拠点を置いていた久保田は、同じアパートに暮らしていたナオミ・キャンベルとエレベーターで顔を合わせたことをきっかけに親しくなり、それが今回のデュエットにつながったと伝えられています[1]。ボーカルはあくまで久保田が中心を担い、ナオミ・キャンベルは間奏部分などで英語のフレーズをささやくように添えるかたちで参加しており、二人の役割分担そのものが、この曲の洒脱な空気を作り出しています。世界的なスーパーモデルを迎えながらも、主役の座を譲らず、あくまで自分の歌として仕上げきった久保田の姿勢にも、この曲の芯の強さが表れているように思います。
オリコンの週間シングルチャートでは、発売直後から5週にわたって2位に留まり続けた末、6週目でついに1位を獲得。これは久保田利伸にとって、デビューから10年以上を経て初めて手にした週間1位でした[2]。1996年の年間シングルランキングでは3位にランクインし、累計売上は185.6万枚に達したと記録されています[2]。じわじわと支持を広げ、ロングセラーとして数字を積み上げていった軌跡そのものが、瞬間的なブームで終わらない曲の強度を裏づけています。
一度聴いたら離れないグルーヴの正体
この曲を特別なものにしているのは、タイアップの追い風だけではありません。イントロのビートが鳴った瞬間から、体がリズムに引っ張られる感覚があります。久保田利伸というアーティストは、日本のR&Bシーンの礎を築いた歌い手として知られており、この曲でもその実力は存分に発揮されています。裏拍を強調したリズムの上に、伸びやかで、時に小刻みに崩す歌い回しが重なり、聴くたびに新しい表情が見えてくる。サビでは「LA・LA・LA」という響きそのものが一種の楽器のように機能し、意味よりも音の心地よさで押し切ってくる構成になっています。難しい理屈を挟まず、体の芯からリズムに乗せてしまう。そうした軽やかさと確かな歌唱力の同居が、この曲を一過性のヒットではなく、30年近く経った今も色褪せない定番曲に押し上げているのだと思います。実際、この曲をめぐっては節目の年に記念の映像企画が制作されるなど、今なお現役で語り継がれている楽曲であることがうかがえます[3]。夏になるとどこからか流れてくる、そんな存在であり続けているのは、曲そのものの体力があってこそです。
間奏で挟まれるナオミ・キャンベルの英語のささやきも、曲全体のリズムを止めることなく、むしろ緊張と緩和のアクセントとして機能しています。派手なゲスト起用にありがちな「顔見せ」で終わらず、曲の呼吸の一部として組み込まれている点に、アレンジの丁寧さを感じます。
英語と日本語が溶け合う、軽やかな言葉の設計
歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、この曲の言葉づかいについては触れておきたいと思います。「LA・LA・LA LOVE SONG」の歌詞は、英語のフレーズと日本語の言葉が違和感なく行き来する構成になっており、恋の高揚感をまっすぐに、かつ洒落た軽さで届けてくる作りになっています。深読みを誘う難解な比喩や、聴くたびに解釈が変わるような余白の深さよりも、口ずさんだ瞬間に気分が上向くような明るさに主眼が置かれている歌詞です。それは決して物足りなさではなく、むしろこの曲が持つ「夏の主題歌」としての役割に、正確に応えるための選択だったのではないかと思います。日本語詞と英語詞が交差する構成は、ニューヨークで生まれたコラボレーションという成り立ちとも自然に響き合っており、言葉の設計そのものが、この曲が生まれた背景を映す鏡になっているとも言えます。
磐田で思う、すれ違いが縁に変わる瞬間
今、私は静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。介護の現場では、ある日突然出会った利用者さんやご家族と、深く長い関係を築いていくことがあります。不動産の仕事でも、相続した実家や空き家の相談は、多くの場合、偶然のタイミングで私のところに巡ってきます。誰かが誰かを紹介してくれた、たまたま近所で顔を合わせた、そんな些細なきっかけから始まった関係が、気づけば何年も続く付き合いになっていることも少なくありません。久保田利伸とナオミ・キャンベルが、ニューヨークのエレベーターで偶然出会わなければ、この曲は存在しなかったのだと考えると、日々の暮らしの中にある小さなすれ違いや出会いの一つひとつが、実はとても貴重なものなのだと改めて思わされます。
東京で働いていた頃の私は、日々の忙しさに追われ、すれ違う人の顔をほとんど覚えていませんでした。磐田に来てからは、一人ひとりのお客様やご家族と、時間をかけて向き合う仕事の仕方に変わりました。空き家になった実家を前にした方の話にじっくり耳を傾けるとき、ふと「LA・LA・LA LOVE SONG」のイントロが頭の中で鳴ることがあります。あの曲が体現しているのは、偶然の出会いを軽んじず、そこから何かを育てていく姿勢そのものなのかもしれません。今日もどこかで、誰かとの新しい縁が、エレベーターの中のような些細な場所から始まっているのだと思うと、この曲はいつまでも色褪せずに聴こえてきます。
参考リンク
- [1] LA・LA・LA LOVE SONG - Wikipedia
- [2] LA・LA・LA LOVE SONG | 久保田利伸 with ナオミ キャンベル - ORICON NEWS
- [3] 久保田利伸「LA・LA・LA LOVE SONG」40th Anniversary Celebration Movie - YouTube
- [4] LA・LA・LA LOVE SONG | 久保田 利伸 with ナオミ キャンベル - ソニーミュージックオフィシャルサイト
偶然の出会いが、時に何十年も色褪せない縁に育つように、家や土地にも、誰かとの出会いが刻まれた時間が残っています。
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