2001年の幕開けとともにリリースされたm-floの『come again』は、日本の音楽シーンにおいて極めて異質な、それでいて圧倒的な輝きを放ちながら私たちの前に現れた。当時、カネボウ化粧品「テスティモ」のCMソングとしてテレビから不意に流れてきたそのサウンドは、それまでの歌謡曲の王道的なメロディラインや劇的なサビの展開といった「J-POPの方程式」を鮮やかに裏切るものだった。複雑に跳ねる2ステップ・ガレージのリズム、LISAのどこか冷ややかでハスキーな、しかし体温を感じさせる歌声、そしてVERBALの硬質でスピーディーな英語と日本語が交錯するラップ。これらが渾然一体となった音の波は、2000年代初頭という時代の変わり目における「東京」の質感をそのまま凝縮したタイムカプセルのようでもある。
あの頃、私たちの手元にあったのは、長く伸びるアンテナと、画面を埋め尽くすストラップがついた携帯電話だった。メールの送受信ボタンを何度も押し、センターに問い合わせる時間の中に、どれほど多くの期待と失望が折り重なっていただろうか。渋谷や六本木のクラブ、夜のカフェ、シャネルのバッグと携帯の画面が同居していた、あの背伸びをしたような都市の風景。東京で何者かになりたいと願い、夜遅くまで働きながら、冷たいアスファルトを踏みしめて帰路についていた大石浩之の20代の記憶が、この曲のリズムとともに鮮やかに呼び起こされる。それは単なるノスタルジーではない。夜の喧騒の真ん中で、かすかな電波や留守番電話の音声を通じて、誰かと繋がろうともがいていたあの頃の孤独と、今を生きる私たちの日常が、この曲を介して時空を超えて響き合うのだ。この考察では、『come again』という名曲の音楽的魅力を深く紐解きながら、大石が歩んできた東京での日々、そして静岡県磐田市という地元の街での介護と不動産の仕事を通じて見出された「声」と「住まい」の本質的な意味について、半々ずつの比重で重ね合わせ、静かに思考をめぐらせていきたい。
J-POPを拡張した2ステップの衝撃と、2000年代初頭・東京のすれ違う夜
『come again』の最大の音楽的特徴は、当時イギリスのアンダーグラウンド・シーンから発生しつつあったクラブミュージックの潮流「2ステップ・ガレージ(2-step garage)」を、日本のメジャーなポップスシーンへと大胆に導入した点にある。トラックメイカーである☆Taku Takahashiは、メロディアスな歌謡曲の構成を意識的に排除し、変則的で弾むようなビートと、洗練されたコード進行だけでリスナーの身体を突き動かす構造を作り上げた。そこに乗るLISAのボーカルは、決して感情を大仰に押しつけるものではない。都会の夜の冷気を帯びたハスキーな質感があり、切なさを湛えながらもどこか自立した女性の強さを感じさせる。そして、そのボーカルの間隙を縫うように差し込まれるVERBALのラップは、乾いたリズムをさらに加速させ、曲全体に心地よい緊迫感を与えている。この曲が20年以上経った今聴いても全く古びないのは、単にリズムが新しいからだけではない。都会に生きる人間の孤独や、すれ違う心の機微が、音の余白やスネアの抜け方にまで宿っているからだ。
この曲が描くのは、賑やかなクラブの中で、仕事で忙しく連絡のつかない恋人を待ち続け、やがて諦めと自立の境界線で「もうここには戻らない」と心に決める女性の姿である。2001年当時、私たちはまだスマートフォンを持たず、ガラケーのアンテナを光らせながら相手からの連絡を待っていた。メールはすぐには届かず、返信が来ない時間は今よりもはるかに長く、精度も低かった。六本木や渋谷のクラブの入り口、冷たい夜風の中で、折りたたみ式の携帯電話を開閉しながら、何度も履歴を確認した記憶がある人も少なくないだろう。大石もまた、東京で働いていた若い頃、終わりの見えない深夜作業の合間に、あるいは夜を徹した仕事の帰り道に、この曲を何度も耳にしていた。ネオンサインがきらめく都会の夜景は一見華やかだが、その光の裏側には、無数の「繋がらない声」や、すれ違い続ける人間関係が潜んでいる。『come again』の軽快なビートは、そうした都会の冷たさと寂しさを覆い隠すためのダンスミュージックであり、だからこそ、ただ明るいだけの曲よりも深く、当時の私たちの乾いた心に染み渡ったのである。
留守番電話の「声」が繋ぐもの――介護の現場で耳を澄ます、高齢者たちの人生のメッセージ
『come again』の中には、恋人に向けて留守番電話(ボイスメール)にメッセージを残すというシチュエーションが暗示されている。騒音に満ちたクラブのフロアから、電波の向こう側にいる、今この瞬間には応えてくれない相手に向けて放たれる声。それは一方通行の、ひどく不確実な対話の試みである。私たちは日常生活において、こうした「相手に届くかどうかわからない声」を日々発し、また誰かのそれを受け取っている。この「留守番電話に残された声」というモチーフは、大石が静岡県磐田市で主宰する介護事業の現場において、きわめてリアルな意味を持って立ち上がってくる。
介護の現場で向き合う高齢者たちの言葉は、時に滑らかではなく、記憶の混濁や認知症の影響によって、同じ話を何度も繰り返したり、主語が抜け落ちてしまったりすることが多い。彼らが発する言葉は、騒がしい都会の片隅で、電波状況の悪い携帯電話から流れてくるかすかな声のようでもある。世間はそれを「意味のないつぶやき」として聞き流してしまうかもしれない。しかし、その途切れ途切れの言葉の奥には、彼らがかつて懸命に生きてきた人生の記憶や、家族に対する深い愛情、あるいは誰かに自分の存在を認めてほしいという切実な願いが隠されている。介護のプロフェッショナルとして大石たちが実践しているのは、まさにその「ノイズの中に埋もれそうな声」に、じっと耳を澄ますことである。曲の中でLISAが歌う切ないメッセージを、受話器の向こうの相手が聞き逃してしまったように、私たちは高齢者たちの「声」を聞き逃してはならない。彼らが残す言葉は、人生の終盤という時間から次の世代に向けて残される、貴重なボイスメールなのだ。その声のシグナルを注意深く拾い上げ、彼らの生きてきた歴史を肯定すること。それは、あの賑やかな『come again』のビートの裏で静かに流れていた、人間の繋がりへの根源的な渇望に寄り添う作業と、深く共通している。
刹那のダンスフロアから確かな「家」へ――不動産事業を通して支える人生の転機と記憶の整理
『come again』の主人公は、朝を告げる光が差し込む中でクラブを後にする。それは、いつまでも応えてくれない不確かな関係性に別れを告げ、自分の足で再び歩き出す決意の瞬間でもある。ダンスフロアという場所は、一時的な熱狂と夢を見せてくれるが、夜が明ければそこには何もない。刹那的な繋がりから脱し、自分を本当に生かしてくれる足場を求めること。この人間の営みは、大石が手がけるもう一つの仕事である「不動産事業」と重なり合う。
不動産の現場、特に大石が関わる静岡県磐田市や遠州地域での「相続」や「空き家整理」「実家じまい」といった案件では、多くの人々が人生の大きな転機に立っている。実家を売却する、あるいは先祖から受け継いだ土地を整理するという決断は、単なる財産の処分ではない。そこには、幼少期の思い出や、両親がかつてそこで暮らしていたという確かな記憶の痕跡が刻まれている。いわば、かつての熱狂や家族の時間が、かつてダンスフロアのように賑やかだった場所から、時代の移り変わりとともに「空き家」という静寂へと移行しているのだ。クライアントがその場所を手放し、次の一歩を踏み出すお手伝いをすることは、『come again』の主人公が「もう戻らない」と告げてクラブの重い扉を開け、朝の光の中へ踏み出していく姿と酷似している。大石は、不動産を単なるコンクリートや土地のブロックとしては見ない。そこにあった時間を少しだけ振り返り、感謝し、整理することで、人々が次の安定した生活基盤――すなわち「新しい確かな家」へと移行できるようサポートしている。一時的な感情 of すれ違いや迷いの季節(ダンスフロア)を経て、人間は最終的に、根を張るべき安心できる場所(家)を求める。不動産の仕事は、そのグラデーションに寄り添い、人生の再出発を支える役割を担っているのである。
遠州・磐田の静寂に響くビート――東京の記憶を抱きしめ、深夜の作業を進める「スイッチ」として
東京でのめまぐるしい日々を経験したのち、大石は地元の静岡県磐田市に戻り、地域に深く根ざした活動を続けている。磐田の夜は、2000年代初頭に彼が過ごした東京の夜とは対極にある。車の往来は途絶え、虫の声や風の音だけが聞こえる静寂が街を包み込む。かつての東京の過剰な光や喧騒はここにはないが、その静けさがあるからこそ、耳を澄ますと自分の内側にある「過去の音」がより鮮明に聴こえてくる。
大石が深夜、一人で事務所に残り、AIを用いたシステム構築やWEBサイトの制作、あるいは複雑な不動産の契約書類を作成しているとき、BGMとして流れるのがこの『come again』である。この曲の持つ均整のとれた2ステップのビートは、不思議なほど集中力を高めてくれる。余計な感情を煽り立てず、それでいて規則的で心地よいリズムの反復は、深夜の作業効率を劇的に高める「精神のスイッチ」として機能するのだ。ビートに乗ってキーボードを叩いていると、かつて東京で何者かになろうとあがいていた20代の自分と、磐田で介護や不動産の現場を守りながら地域のために汗を流している40代後半の自分が、音楽の中で静かに握手を交わすような感覚になる。あの頃の無茶な働き方や、うまくいかなかった人間関係、すべてが現在の「富士ヶ丘サービス」の理念を作るための血肉となっている。『come again』の都会的なリズムは、今や大石にとって、過去の挑戦を肯定し、地元である磐田のために今日も前を向いて踏ん張るための、静かな原動力となっているのである。
時の流れの中で色褪せない声――過去と未来を繋ぐ音楽の力
『come again』という楽曲が、リリースから四半世紀近くが経過した現在でも、ギネス世界記録に認定されるようなリミックスの試みがなされるなど、新しい世代によって再解釈され続けている事実は極めて示唆的である。これは、優れた芸術が持つ「普遍性」の証左にほかならない。どれほど技術が進歩し、携帯電話がスマートフォンに変わり、人と人との連絡手段が手軽になったとしても、私たちが抱く孤独や、すれ違う寂しさ、そして誰かと深く繋がりたいという根源的な欲求は、何一つ変わっていないからだ。
音楽は、耳にするだけで一瞬にして私たちを過去の特定の場所や、かつての感情へと引き戻してくれる。そして同時に、現在の自分自身を新しく定義し直すための力も与えてくれる。大石にとっての『come again』は、単に2001年という時代のノスタルジーに浸るための道具ではない。それは、東京で孤独と戦っていた自分自身の原点を思い出し、今、磐田という地で「目の前にいる人たちの声や暮らし」に向き合うための覚悟を新たにするための鏡なのである。過去に耳を澄まし、そのメッセージを受け取ること。それは、介護においても、不動産においても、そして自らの人生の後半戦を生きる上でも、すべての根底に流れるATAWI MUSICの思想そのものである。
参考リンク
音楽が昔の街や自分を思い出させてくれるように、家や土地にも、誰かの時間が残っています。
磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理に悩んでいる方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。