ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=nz-ZAXac5Fk
確認した動画: SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜 Music Video(YouTube Edit)(松田聖子オフィシャルYouTubeチャンネル)

「SWEET MEMORIES」は、1983年8月にリリースされた松田聖子のシングル「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」に収録された楽曲である。もともとは表題曲「ガラスの林檎」のカップリングという立場だったが、サントリーのCANビールのCMに起用されたことをきっかけに火がつき、最終的には「ガラスの林檎」と並ぶ両A面として再発売されるまでの人気を得たと伝えられている[1]。作詞は松本隆、作曲・編曲は大村雅朗。二人の名前がそのままクレジットされたこの曲は、松田聖子の代表曲の一つとして長く聴き継がれてきた[1]。そして2018年、大村雅朗のトリビュートアルバム制作の過程で、当時のマスターテープのケースから、松本隆自筆による「全編日本語詞」の歌詞原稿が発見される[2]。1983年の時点では英語詞を含む形で歌われていたこの曲に、本来書かれていながら日の目を見なかった日本語の言葉があった。その発見をもとに、松田聖子はデビュー40周年を迎える2020年4月1日、全編日本語詞の新録音バージョン「SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜」を配信するとともに、この曲として初めての公式ミュージックビデオを公開した[2][3]。40年前に生まれかけていた言葉が、40年後にようやく歌として届けられる。この一点だけでも、この曲がただの懐メロでは終わらないことがわかる。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:大村雅朗の作曲・編曲による曲そのものの完成度は非常に高く、「曲がいい」も★5に値する。しかし今回の主視点はあえて「MVがいい」に置いた。この曲には1983年の発売から2020年まで、実に37年近く公式MVが存在しなかった。その空白を埋めた映像が、当時のサントリーCANビールCMを本人監督のもとで実写オマージュし、さらに松本隆の直筆歌詞原稿までも画面に映し込むという、単なるプロモーション映像を超えた「曲の誕生の記憶そのもの」を見せる内容になっている[3]。曲の強さは長年ファンの間で語られてきたことだが、その曲がどのように生まれ、どのように受け継がれてきたかを映像として初めて提示したという一点において、MVが持つ意味の大きさは他の項目を上回ると判断した。

B面から始まり、両A面に至った曲の力

この曲の出発点は、決して主役の位置ではなかった。1983年当時、シングルの表舞台に立っていたのは、細野晴臣が作曲した「ガラスの林檎」の方である。「SWEET MEMORIES」はそのカップリングとして世に出た[1]。ところが、サントリーのCANビールのCMにこの曲が起用されたことで状況が一変する。ペンギンのキャラクターが登場し、ジャズバーで女性歌手が歌うという設定のアニメーションCMは大きな話題を呼び、曲は瞬く間にお茶の間に浸透した。その結果、当初B面だった「SWEET MEMORIES」は表題曲と肩を並べるまでの存在感を持つに至り、10月には両A面シングルとして扱われるほどの人気を獲得したと伝えられている[1]。この経緯そのものが、曲の強さを何より雄弁に物語っている。仕掛けとして計算し尽くされたヒット曲ではなく、CMというきっかけを得た瞬間に、曲が持っていた本来の力が一気に開花したという方が近いだろう。大村雅朗の作曲・編曲を聴くと、派手な高揚感で押し切るタイプの曲ではないことがわかる。むしろ、都会的で少し翳りのあるコード進行と、余白を大切にしたアレンジが基調になっている。イントロから性急にサビへ向かうのではなく、じっくりと情景を積み上げてから景色を開いていく構成は、当時のアイドル歌謡の中にあって独特の大人びた質感を持っていた。松田聖子の歌声は、この曲では明るく弾けるというより、少し低めの温度で言葉を置いていくように聴こえる。デビュー当初のあどけなさとは違う、少し背伸びした大人の色気がにじむ歌い方だ。それが、CMというポップな入口を通り抜けても曲の芯を損なわなかった理由だろう。何度聴いても飽きが来ないのは、サビの一瞬の盛り上がりだけに頼らず、曲全体を通して緊張と緩和のバランスが丁寧に設計されているからだと感じる。イヤホンで聴くと、バッキングの音数が控えめな部分と、少しだけ音が重なる部分の差が繊細に効いていて、大村雅朗というアレンジャーの仕事の丁寧さが伝わってくる。40年以上前の録音でありながら、今のシティポップ再評価の文脈でも十分に通用する響きを持っているのは、こうした音作りの完成度によるところが大きい。

失った時間を、今の自分でもう一度抱きしめる歌詞

この曲の歌詞を丸ごと引用することはしないが、そこに流れている時間の感覚については触れておきたい。「SWEET MEMORIES」というタイトルが示す通り、この歌は失われた恋そのものよりも、その恋がどのように記憶へと変わっていったかを描いている。別れた瞬間には見えていなかった相手の優しさに、時間が経ってから気づく。かつての痛みを、今は少し違う角度から見つめ直せるようになっている。そうした、感情が時間とともに発酵していく過程が、この歌の核にあるように思う[4]。松本隆の歌詞は、直接的な言葉で感情を説明しない書き方を得意とする作家だが、この曲でもその手つきは変わらない。具体的な情景を細かく描写するというより、記憶が薄れながらも輪郭だけが残っていくような、あいまいで柔らかい言葉選びがなされている。だからこそ、聴く人それぞれが自分自身の「甘い記憶」を重ねられる余地が生まれる。特別な誰かとの特別な出来事を歌っているはずなのに、聴き手は自分の記憶をそこに投影できる。この開かれ方こそ、長く歌い継がれる歌詞の条件なのだろう。2018年に発見された全編日本語詞は、この曲が本来持っていたはずの言葉を、40年越しに取り戻す作業でもあった[2]。若い頃に書かれた言葉を、年齢を重ねた本人が歌い直すことで、歌詞そのものの意味合いも変わって聴こえてくる。かつては恋の痛みを歌っていた言葉が、今は人生そのものを振り返る言葉として響く。同じ譜面、同じ言葉でも、歌う側の時間が変われば、聴こえてくる感情の温度は変わる。そのことを、この曲は静かに証明している。

37年の空白を埋めた、本人監督のMV

この曲にとって最大の出来事は、なんといっても2020年に初めて公式MVが公開されたことだろう[2][3]。1983年のヒットから数えれば、実に37年近い歳月がMVのないまま流れていたことになる。その空白を埋める役目を、松田聖子自身が監督として担った[3]。映像は、当時のサントリーCANビールCMを実写でオマージュする構成になっている。ペンギンのアニメーションで親しまれた世界観を、今度は生身の人間の演技として再構築する試みは、単なる懐古趣味ではなく、40年前の記憶を今の映像技術と表現でもう一度立ち上げ直す作業だったと言える。さらに印象的なのは、松本隆自筆の歌詞原稿がそのまま映像に登場する点だ[3]。これは単なる演出上のディテールではない。この曲がどのように生まれ、どのような言葉を経て今のかたちに至ったのかという制作の背景そのものを、視聴者に開いて見せる仕掛けになっている。曲を聴くだけでは知り得なかった誕生の物語が、映像を通して初めて可視化された瞬間である。MVというフォーマットは、本来は新曲のプロモーションのために存在することが多い。しかしこの映像は、すでに完成し、すでに愛され尽くした曲に対して、遅れて意味を与え直す役割を果たしている。曲の力が先にあり、歌詞の背景が明かされ、最後にようやく映像が追いついてくる。この順番の逆転こそが、この曲とMVの関係を特別なものにしている。もし1983年当時にありきたりなアイドル歌謡のMVが作られていたとしたら、おそらくここまでの重みは生まれなかっただろう。40年近く待たされたからこそ、この映像には「今だから見せられる意味」が宿っている。

参考リンク

40年近い時を経て、ようやく本来の姿にたどり着いた歌があるように、家や土地にも、長い時間をかけてしか見えてこない意味があります。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。