ページ作成日: 2026年7月6日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=7jVu9CddXxo
確認した動画: MISIA - 白い季節(Official Music Video)

冬に強い曲というものがある。夏の曲は聴くだけで汗ばんだ空気を思い出すし、春の曲は新しい制服の匂いを連れてくる。では冬の曲は何を連れてくるかというと、多くの場合、静けさだ。MISIAの「白い季節」を初めて聴いたのは、2015年の冬だったと記憶している。当時、私はまだ東京で働いていて、金曜の夜にテレビをつけっぱなしにしていることが多かった。たまたま流れていたドラマの挿入歌として、この曲は耳に入ってきた。低く始まり、静かに広がっていく歌声。派手なオーケストレーションで押し切るのではなく、まず「間」を聴かせにくる曲だった。あとで調べて知ったのだが、この曲はテレビ朝日系の金曜ナイトドラマ「セカンド・ラブ」の挿入歌として書き下ろされた楽曲であり、亀梨和也さんと深田恭子さんが主演を務めた、大石静さん脚本による大人の恋愛ドラマを彩るために作られたものだったという[1][4]。「大人がはまるラブストーリー」と評されたこのドラマに、MISIAの声がどう重なっていたのか。当時の自分はそこまで深く考えていなかったが、10年以上が経った今、あらためて聴き直すと、あの頃には気づかなかった手触りが、少しずつ像を結んでくる気がする。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:「白い季節」は、MISIAの声の伸びとストリングスの重なりが美しいバラードとして十分な完成度を持つ曲だが、それ単体で語れる決定力という意味では、MISIAのディスコグラフィーの中でも突出した一曲とまでは言い切れない。歌詞も、雪や季節の巡りを通して恋の記憶を描く、ある意味で王道の情景描写にとどまっている。しかし公式ミュージックビデオは別だ。人が一歩ごとに腰まで沈み込むほどの積雪の中で、実際にロケーションを組んで撮影されたという事実を知ってから見ると、映像の説得力がまるで変わってくる[2][3]。ランタンを片手に雪原をさまようMISIAが、やがてシロクマと出会い、心を通わせていくという幻想的な演出は、CGだけでは決して出せない「本当に寒そうな空気」を画面越しに伝えてくる。曲と歌詞を包み込み、さらに一段引き上げているのはこの映像の力であり、だからこそ主視点はMVがいいに置いた。

雪原に立つという、覚悟のロケーション

「白い季節」は2015年2月18日、MISIAの31枚目のシングル「白い季節/桜ひとひら」の表題曲としてリリースされた[5]。この日、カップリングにはテレビ東京系映画「永遠の0」関連で知られる「桜ひとひら」も収録され、冬の終わりと春の始まりを一枚のシングルに込めるような構成になっている[5]。ミュージックビデオは、シングル発売に先立って2015年2月16日に公開されたことが、MISIA公式サイトのニュースで告知されている[2]。私が最初に驚いたのは、この映像が徹底したロケ撮影で作られている点だ。音楽ナタリーが伝えるところによれば、撮影現場は一歩歩くごとに腰まで埋もれるほどの積雪で、MISIAは雪山にひろがる白い世界の中で歌い、ランタンを片手に雪の森をさまよい、雪の砂漠のような広大な白の世界にたたずんでいたという[3]。スタジオでグリーンバックを使って合成する方法もあったはずの中で、あえて本物の雪と本物の寒さの中に立つことを選んだ。その選択自体が、この曲が「白い季節」という言葉に込めた本気度を物語っているように思う。

映像の後半には、MISIAと心を通わせる存在としてシロクマが登場する。あたかも中世にタイムスリップしたかのような、幻想的な世界観の中で、人と大きな白い生き物が静かに寄り添う場面は、恋愛ドラマの挿入歌でありながら、恋そのものを直接描くのではなく、「孤独の中で誰かと出会う」という、もう一歩抽象化された物語として立ち上がってくる[3]。公式サイトでは、公開後にこのシロクマが現実の世界にも登場したという続報のニュースまで出ており、当時この映像がどれだけ話題になったかがうかがえる[追記1]。厳寒のロケ地に立ち続けたMISIA自身の集中力、そしてその演出に見合うだけの覚悟を持って企画されたスタッフワーク。その両方が揃って初めて、この「本物の白さ」は画面に定着したのだと思う。

低い声で始まり、静かに満ちていく曲の設計

曲そのものとしての「白い季節」を聴くと、まず気づくのはイントロの静けさだ。派手なストリングスから始まるのではなく、まず声とピアノに近い音数で始まり、そこから少しずつ音が足されていく。ストリングス・アレンジには服部隆之氏が名を連ねており、Aメロ、Bメロと進むにつれて弦が少しずつ厚みを増し、サビでは満を持して広がるように鳴る構成になっている[6]。MISIAというアーティストは、しばしば圧倒的な声量とロングトーンで語られがちだが、この曲では、力任せに声を張り上げるのではなく、抑制の効いた低音域から歌い出し、そこからじわじわと熱量を上げていく歌い方が採用されている。これは「白い季節」というタイトルにふさわしい構成だと思う。雪は、いきなりどさっと降るものではない。しんしんと、静かに、しかし確実に降り積もっていく。この曲のダイナミクスの作り方は、その降り積もる時間の感覚に近い。サビに向かうにつれて音数が増え、ボーカルの伸びも大きくなっていくのだが、それでも「爆発」という言葉がふさわしいほどには弾けない。あくまで静かな高揚感の中に留まり続ける。この抑制こそが、この曲を単なる感動的なバラードではなく、少し文学的な、余韻の残る楽曲にしているのだと思う。何度も聴き返すと、1番と2番でストリングスの入り方に細かな違いがあることに気づく。1番では控えめに寄り添っていた弦が、2番ではより前に出てくる。この積み重ねの丁寧さが、5分を超える長さの曲を最後まで飽きさせずに聴かせる理由になっている。

季節を渡る恋、という言葉の選び方

歌詞をそのまま書き写すことはしないが、この曲が描いている情景については触れておきたい。作詞はher0ism氏によるもので、作曲もher0ism氏とYuuki Idei氏の共作だと伝えられている[6]。「白い季節」という言葉が示す通り、歌詞全体を通して、雪や冬という季節のイメージと、過ぎていく恋の記憶とが重ね合わされている。特別に難解な比喩や、聴く人を試すような仕掛けはなく、王道と言っていいほどまっすぐに、冬という季節を人と人との関係の比喩として使っている。むしろその率直さが、ドラマの挿入歌としての機能を強く果たしていたのだと思う。物語に寄り添う曲というのは、あまりに独自すぎる世界観を持ってしまうと、ドラマの邪魔になることがある。「白い季節」は、季節の巡りという誰もが共有できるイメージを軸に置くことで、亀梨和也さんと深田恭子さんが演じる大人の恋愛模様に、無理なく重なっていくことができたのではないか。ただ、正直に言えば、歌詞の言葉選びそのものに、聴くたびに新しい発見があるというタイプの深さがあるかというと、そこまでではないようにも感じる。冬と恋を重ねるという手法自体は、決して珍しいものではない。だからこそ、この歌詞が本当の意味で立ち上がるのは、あの雪原の映像と組み合わさったときなのだと思う。言葉が描く「白い季節」を、映像が実際の白さで裏打ちする。歌詞単体の評価をやや抑えめにしたのは、この曲の強さの多くが、映像との相乗効果によって生まれているとどうしても感じてしまうからだ。

磐田で迎える冬、静かに降り積もる時間の記憶

私は静岡県磐田市の出身で、正直なところ、腰まで埋もれるような雪を日常的に経験したことはない。それでも「白い季節」を聴くと、決まって思い出す冬の記憶がある。まだ東京で働いていた頃、実家の父から電話がかかってきて、庭の柿の木が雪の重みで枝を折ったという話を聞いた夜のことだ。磐田では珍しいほどの大雪が降った年で、電話越しの父の声はどこか困ったような、それでいて少し楽しそうな響きを持っていた。遠く離れた場所で、自分の知らないうちに実家の景色が変わっている。その事実は、当時の自分にとって、思っていたよりも大きな引っかかりとして残った。「白い季節」の、静かに音数を増やしていく構成を聴くと、あの夜の電話の記憶が重なる。雪は、降っている間は音を立てない。けれど、降り積もった結果は、朝になって初めて目に見える形で現れる。人と人との関係も、離れて暮らす家族の時間も、似たところがあるのかもしれない。日々の変化は目に見えないほど静かなのに、気づけば随分と違う景色になっている。

今、磐田で介護と不動産の仕事をしていると、雪ではなく、時間そのものが静かに降り積もっていく現場に立ち会うことが多い。実家に一人で暮らしていた親が施設に移る決断、長年誰も住まなくなった家の片付け、相続をきっかけに初めて顔を合わせる親族同士のやり取り。そのどれもが、ある日突然始まったように見えて、実は何年もかけて静かに積み重なってきた時間の結果であることが多い。「白い季節」のイントロが、静けさから少しずつ音を足していくように、人の暮らしの変化もまた、気づかないうちに降り積もっていく。この曲を聴くたびに、私はそのことを思い出す。雪原に立つMISIAの姿は、寒さの中でひとり何かと出会うための時間のようにも見える。相続や実家の整理に向き合う時間もまた、多くの場合、静かで、少し心細く、それでいて誰かと心を通わせるための時間なのだと思う。

参考リンク

雪が音もなく降り積もるように、暮らしの時間もまた、気づかぬうちに静かに積み重なっていきます。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。