一度掴んだものを、もう一度掴み直すのに、どれくらいの年月がかかるのだろう。そんなことを考えさせられる曲がある。Mr.Childrenの「Sign」は、2004年5月26日にリリースされた26枚目のシングルで、TBS系ドラマ『オレンジデイズ』の主題歌として書き下ろされた[1]。作詞・作曲は桜井和寿、編曲は小林武史とMr.Children自身によるものである[1]。その年の第46回日本レコード大賞で大賞を受賞したのだが、これは1994年の第36回で「innocent world」が受賞して以来、実に10年ぶり2度目の大賞だった[2][3]。デビューから10年以上が経ち、20代で駆け抜けた勢いのバンドが、30代に差し掛かった頃にもう一度同じ頂に立った。その事実だけで、この曲の背負っているものの重さが伝わってくる。ひとつのバンドが、同じ最高の栄誉に、違う時間軸で二度辿り着く。言葉にすればそれだけのことだが、実際にそれを成し遂げるまでの道のりを想像すると、簡単な話ではないとわかる。ヒットを一度飛ばすことと、10年後にもう一度同じ高さまで昇ることとは、まったく別の種類の力を要求される。東京で働いていた20代の終わりから30代にかけて、この曲を何度も聴いた記憶がある。当時は歌詞の意味も、受賞の重みも、深くは考えていなかった。ただ、ドラマの主題歌として街に流れていたその音を、通勤の途中や、仕事終わりの電車の中で、なんとなく耳に入れていただけだった。仕事に追われ、目の前のことをこなすだけで精一杯だった頃で、歌詞が本当に歌おうとしていたものを、実感として理解できていなかったのだと思う。それが今、磐田で家や土地の仕事をしながらもう一度この曲を聴き直すと、当時は気づかなかった手触りが、はっきりと感じ取れるようになっている。
10年越しの2度目の大賞
「Sign」は桜井和寿の作詞・作曲、編曲は小林武史とMr.Children自身によるものである[1]。ドラマの台本を読んでから書き下ろされたと伝えられており、歌詞の内容も物語に沿ったものになっているという[1]。オリコンの週間シングルランキングでは初週に37万枚規模を売り上げ、2004年に発売されたシングルの中では最高の初週売上を記録したと報じられている[1]。年間を通じて46週にわたってチャートに留まり続け、累計で約77万枚を売り上げたとされる、いわゆるロングセラーとなった[1]。一過性のヒットではなく、長く聴かれ続けたという点も、この曲の性格をよく表しているように思う。デビューから10年以上が経ったバンドが、これほどの規模でセールスを記録し、なおかつ長期間にわたって支持され続けたという事実は、単に懐かしさで消費された曲ではなかったことを物語っている。ドラマの放送期間が終わった後も、独立した一曲として多くの人の生活の中で鳴り続けていたということなのだろう。そして年末の第46回日本レコード大賞で、大賞に選ばれた[2][3]。1994年の「innocent world」受賞から10年、Mr.Childrenにとって2度目の大賞受賞だった[2][3]。同じ頂に、違う時間軸で、もう一度立ったということになる。10年という歳月の間に、バンドはメンバーそれぞれが年齢を重ね、活動の形を変えながらも、音楽を続けてきた。その積み重ねの先に、もう一度同じ場所へ辿り着いたという事実自体が、この曲の背負っている重みを物語っている。
「サインを見落とさない」という一貫した歌詞のテーマ
この曲の歌詞に丸ごと触れることはしないが、そのかわりに歌詞が描いている感情の骨格について考えてみたい。「Sign」という曲名が示す通り、この歌詞の軸にあるのは、目の前にいる人が発している小さな合図を見落とさない、という一貫した姿勢である。派手な愛の告白でも、劇的な別れの場面でもない。日常の中でふと交わされる感謝や謝罪、ちょっとした優しさの積み重ねの中にこそ、大切なものが宿っているという視点で書かれているように読める。そして、その眼差しの根底には、いつか訪れる別れへの意識がある。永遠に続くと信じて疑わないから大切にするのではなく、限りある時間だと知っているからこそ、今ここにある小さな合図を見逃したくない。そういう覚悟に近い感情が、歌詞の端々から伝わってくる。恋愛の歌としてだけ聴くこともできるが、それだけにとどまらない普遍性がこの歌詞にはある。家族との関係、友人との関係、あるいは一緒に働く相手との関係にも、同じ構造は当てはまる。関係が永続する保証などどこにもなく、だからこそ日々のやり取りの中にある小さな兆しを、大切に受け止めていく。ドラマ『オレンジデイズ』が大学生活の終わりに差し掛かった若者たちの群像を描いていたことを思うと、この歌詞が持つ「終わりを意識するからこそ今を大切にする」という構造は、物語の主題と自然に重なっている[1]。台本を先に読んでから書かれたという制作エピソードも、歌詞のこの一貫性を裏付けているように思う。
井上陽水を意識した歌唱と、ピアノから始まる楽曲
楽曲そのものについても触れておきたい。印象的なピアノのイントロから始まり、そこにバンドサウンドが少しずつ重なっていく構成で、テンポはバラードとミディアムテンポの中間に位置する落ち着いたものだ。ストリングスも加わり、ドラマの主題歌らしい情感のある音作りになっている。桜井和寿は、この曲を作る際に井上陽水の節回しを意識し、自分ではなく井上が歌っているところを想像しながら書いたと語っていたと伝えられている。実際に聴くと、粘りのある独特のボーカルの節回しが曲全体の輪郭を作っており、デビュー当初のストレートなロックバンドの音とは明らかに違う、ひとひねりある大人の楽曲という印象を受ける。力任せに歌い上げるのではなく、余白を残しながら言葉を置いていくような歌い方で、そこに長く活動を続けてきたバンドならではの落ち着きが滲んでいるように感じられる。1番、2番のサビに比べて、ラストサビではエレキギターがメロディに寄り添うように主張を強める展開になっており、そこが静かな高まりを生んでいる。サビに向かって一気に感情を高めていく構成というよりも、抑えた声のまま少しずつ熱を帯びていくような展開で、それが逆に、じわじわと胸に残る余韻を生んでいるのではないかと思う。曲そのものの完成度も高いが、この曲を何度も聴き返したくなる最大の理由は、やはり歌詞が描く「見落とさない」という眼差しの方だと感じている。
MV、そして『オレンジデイズ』という物語との重なり
公式ミュージックビデオは大喜多正毅の監督によるもので、メンバーがスタジオで演奏する様子を中心とした、装飾の少ない構成になっている[1]。この映像は、もともとCM用に撮影されたものだったが、出来栄えの良さからミュージックビデオとしても編集・使用されたと伝えられている[1]。ドラマティックな物語仕立てのMVではなく、演奏する姿をそのまま見せるという選択は、この曲が持つ落ち着いた佇まいとよく合っている。歌詞やメロディが十分に雄弁であるぶん、映像はあえて多くを語らない。そういう抑制の効いた作りに聴こえる。ドラマ『オレンジデイズ』は、大学生活の終わりに差し掛かった若者たちの群像を描いた作品として知られている[1]。台本を先に読んでから曲を書き下ろしたと伝えられているだけに、歌詞の言葉選びにも、登場人物たちが直面する迷いや別れの気配が自然に滲んでいるように感じられる。ただ、この曲がドラマの主題歌としてだけで語り尽くせないのは、Mr.Children自身の状況とも、どこか重なって聴こえるからだと思う。ドラマの若者たちが学生時代の終わりに向き合っていたのと同じように、バンド自身もまた、デビューから10年以上を経て、ひとつの時代の節目に向き合っていたのではないか。単なるタイアップ曲としてではなく、バンドの現在地を映し出す一曲として、この曲は書かれたのではないだろうか。
もう一度掴み直すということ
東京で働いていた頃、一度うまくいった仕事の後に、同じ水準の成果をもう一度出すことの難しさを、何度も味わった。最初の成功は勢いやタイミングに助けられることも多いが、二度目は違う。積み重ねてきた時間そのものが問われる。「Sign」が体現しているのは、まさにそういう類の栄誉だったのだと思う。10年という歳月は、バンドにとっても、ひとりの働く人間にとっても、決して短い時間ではない。その間にメンバーそれぞれが家庭を持ち、生活の場所を変え、活動の形を変えながら、それでも音楽を続けてきた。その積み重ねの先に、もう一度同じ場所へ辿り着く。地味に思えるかもしれないが、実際にはとても難しいことだ。一度目の成功の後には、周囲の期待も変わり、自分自身の中の基準も上がる。同じことを繰り返すだけでは足りず、変わりながらも芯の部分は保ち続けるという、矛盾したことを同時にやらなければならない。当時の自分は、そういう難しさをまだうまく言葉にできず、ただがむしゃらに目の前の仕事をこなす日々を送っていた。今振り返ると、あの頃の焦りや迷いも、後から続く時間があってこそ意味を持つものだったのだと思える。歌詞が歌っている「サインを見落とさない」という姿勢は、成功や栄誉といった大きな出来事だけの話ではなく、日々の小さなやり取りの中にこそ本質があるのだと、聴くたびに思い直させられる。
磐田の土地で、見落とさないということ
磐田で家や土地の相談を受けていると、一度きりの取引で終わらず、何年も経ってから再び同じ方に声をかけていただくことがある。最初の相談から時間が空き、家族の形も暮らしの事情も変わった後で、もう一度同じ土地や家のことを一緒に考える。そのときに感じるのは、相手が発する小さな変化のサインに、こちらがどれだけ気づけているか、ということだ。「Sign」が歌っている「見落とさない」という姿勢は、恋愛関係だけでなく、こうした長く続く人と人との関わりにも通じるものだと感じている。土地というものは、一度契約が終わればそれで完結するものではない。何十年もそこで暮らし、家族が育ち、季節が巡っていく中で、土地との関係はゆっくりと形を変えていく。仕事を通じてそういう時間の重なりに立ち会うたびに、日々の小さな兆しを見落とさないことの大切さを、あらためて考えさせられる。東京にいた頃には気づかなかったことだが、磐田という土地に根を下ろしてみると、一度の決断よりも、日々の小さなサインに向き合い続けることの方が、はるかに大きな意味を持つのだとわかるようになった。家族と暮らす磐田の土地で、この曲をあらためて聴くと、遠い記憶の中の東京の風景と、今ここで積み重ねている仕事や暮らしの時間が、静かに重なって聴こえてくる。派手さはなくとも、日々の小さな合図を見落とさずに積み重ねていくこと。それこそが、この曲がもっとも静かに伝えている強さなのではないかと、今は感じている。
参考リンク
音楽が10年越しに同じ栄誉へ辿り着いたように、家や土地にも、日々のやり取りの中に見落としてはいけない小さな兆しが宿っています。
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