ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=Lq2m4PjA_CI
確認した動画: Nulbarich - TOKYO (Official Music Video)

Nulbarichの「TOKYO」は、2021年1月27日に配信リリースされた楽曲である[5]。音楽ナタリーやSPICEが伝えたところによれば、この曲はバンドのフロントマンであるJQがNulbarich結成以前に書いていた曲で、長らく音源化されず、初期のライブでも披露されなくなっていたことから、ファンの間では「幻の楽曲」と呼ばれていたという[1][2]。JQ自身のコメントによれば「ずっと大切にしてた曲」であり、「Tokyoやニューヨークみたいに、目的があって人が地方や世界から集まる場所で生きてると、日々自分との葛藤が必要。そんな心情を書き下ろした曲」だったという[1]。2021年のリリースにあたっては、当時の世界的なパンデミック下の閉塞感に合わせて歌詞とアレンジを見直し、不透明な社会の中でも希望を失わず自分らしく生きようとする気持ちを重ねて完成させたと伝えられている[1]。J-WAVE NEWSのインタビューでは、東京という街について「自分自身との葛藤に日々追われる街」であり、目的がなければ押し潰されてしまう場所だと語っており、そうした感覚がこの曲の根にあることがうかがえる[4]。自分がこの曲に初めて出会ったのは、まさに東京で働いていた頃だった。何かに追われるように過ごしていた日々の中で、この曲の存在をどこかで知り、繰り返し聴いていた記憶がある。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:「TOKYO」は音像も歌詞も高水準だが、この曲を語るうえでどうしても外せないのが、Spikey Johnが監督し、サンフランシスコ在住の撮影監督Mikul Erikssonが撮影した公式ミュージックビデオである[6]。コロナ禍で「日常」が崩れていく戸惑いを、東京の街の映像に重ねて描いたと伝えられており[6]、曲が生まれた文脈(結成前の葛藤とパンデミック下の再構築)を、映像がそのまま体現している。監督のSpikey John自身も「コロナ禍以降、世界はどこか暗く感じてきたけれど、このMVを見て良い気分になってもらえたら」と語っており[6]、映像を見ることで曲の意味が一段深まる構造になっている。曲そのものの強さ、歌詞の生々しさもそれぞれ捨てがたいが、「音だけでは見えなかった東京」を開いて見せてくれる力という点で、主視点はMVがいいに置いた。

結成前の曲が、なぜ今の自分に刺さるのか

「TOKYO」がバンド結成前、つまりJQがまだ一人で音を作っていた頃の曲だと知ったとき、妙に納得した記憶があります。この曲には、誰かと分かち合う前の、まだ言葉にならない葛藤がそのまま残っているように聴こえるからです。バンドという形になる前の、一人の人間が都市の中でどう生きるかを探っていた時間そのものが、曲の芯にあるのではないか。そう思うと、この曲が長く音源化されずにいたことにも意味があったように感じられます。誰かに見せる前の、自分だけの言葉だったのではないでしょうか。

東京にいた頃の自分も、似たような時間を過ごしていました。仕事の場では前向きな顔をしながら、家に帰れば誰にも話さない疲れを抱えている。そうした二重の生活は、東京で働いた経験がある人なら多かれ少なかれ覚えがあるはずです。rockinon.comのレビューでは、この曲について「渦巻いている音像と言葉の生々しさ」が特徴だと評されており[3]、賑やかであるほど孤独が加速するという都市生活の矛盾を描いていると指摘されています。無数の選択肢に囲まれながら何も選べなくなる感覚、出会いに満ちているのに自分という輪郭が薄くなっていく感覚。まさにそれこそが、自分が東京で感じていたものだったと、今になって言葉を与えられたような気がします。

面白いのは、この曲がバンド結成前の産物でありながら、2021年の再構築を経て、より多くの人に開かれた曲になっている点です。一人の人間の内面から出発した言葉が、パンデミックという誰もが共有した不安の時代を通過することで、個人的な葛藤から、同時代の多くの人が抱える感覚へと広がっていった。曲の成り立ちを知ってから聴き直すと、歌詞の手前にある温度そのものが変わって聴こえてくるのが不思議です。一人で抱えていたはずの葛藤が、気づけば自分だけのものではなくなっている。そこにこの曲の息の長さがあるのではないかと思います。

音の渦と、そこに差し込む光

この曲を音として聴くと、都市の喧騒をそのまま音像に変えたような密度を感じます。ビートは前のめりで、シンセやギターの音が層になって重なり合い、聴いていると街の雑踏に紛れ込んでいくような感覚になる。ボーカルも感情を抑えたまま突き放すのではなく、渦の中心で揺れながら歌っているように聴こえるところが、この曲の生々しさを支えているのではないかと思います。サビに向かう手前で音数が少し整理され、声の輪郭がふっと前に出てくる瞬間があります。あの一瞬の間の取り方が、曲全体にたまっていた緊張をわずかにゆるめる装置になっているように感じられ、そこにこの曲の巧さがあるのではないでしょうか。

先のレビューでは、この曲がコロナ禍の虚無感とも重なる「モヤモヤした気持ちを、温かい光へと静かに転じる力」を持っていると評されていました[3]。自分がこの曲を聴くたびに感じるのも、まさにその転じ方です。曲の途中まで積み上げられていく不安や焦りが、最後にすとんと消えるわけではなく、抱えたまま前を向くための重さに変わっていく。派手な救済ではなく、地に足のついた小さな希望だからこそ、繰り返し聴いても飽きないのではないかと思います。人を強く励ますというより、隣にそっと座って、同じ方向を見てくれるような曲です。

サウンドプロダクションの面では、都市的で少し無機質な質感の音と、生々しい歌声との対比が印象的です。打ち込みらしい硬質なビートの上に、揺れのある人間味を残した歌が乗ることで、機械的な都市の時間と、そこに生きる一人の人間の体温が同時に鳴っているように聴こえます。この対比があるからこそ、曲がただの都会賛歌にも、ただの厭世的な曲にもならず、その両方を行き来する曲になっているのではないでしょうか。都市に対する愛着と苛立ちを同時に抱えていた自分の東京時代の感覚とも、どこか響き合うものがあります。曲の後半、繰り返されるフレーズの上で声が少しずつ重なっていくように聴こえる箇所があり、そこでは一人の葛藤が、いつのまにか複数の声に支えられているような広がりを感じます。孤独から始まった曲が、聴き終える頃には孤独だけでは終わらない場所に着地している。その構成の呼吸が、この曲を単なる都会の孤独賛歌ではなく、そこから一歩先へ進むための曲にしているのではないでしょうか。

Spikey Johnが撮った、崩れた日常の東京

「TOKYO」の公式ミュージックビデオは、2021年1月27日の音源配信と同時に公開された[6]。監督を務めたのはSpikey Johnで、以前もNulbarichのMVに出演したことがあるという間柄だったといい、その縁があってのディレクションだったと伝えられている[6]。撮影を手がけたのはサンフランシスコを拠点とする撮影監督Mikul Erikssonで、東京の街を独自の視点で切り取った映像に、楽曲の歌詞と結びつくイメージを重ねていったという[6]。派手なストーリーを追う作りではなく、コロナ禍によって「普通であること」が崩れていく戸惑いを、都市の風景そのものに語らせる構成になっているとされる[6]。Spikey John自身は「コロナ禍以降、世界はどこか暗く感じてきたけれど、このMVを見て良い気分になってもらえたら」と語っており[6]、パンデミックの閉塞感を否定するのではなく、その手前で踏みとどまる人々に寄り添うような視線が、映像全体を貫いている。

この曲が結成前のJQの葛藤から始まり、パンデミック下で新しく書き直された経緯を知って映像を見ると、街の映り方そのものが違って見えてくる。賑やかであるはずの都市の光景が、どこか静けさをまとって映るのは、そこに生きる人間の孤独や不安を、街の空気ごとすくい取ろうとしているからだろう。曲を音だけで聴いていたときには気づかなかった「東京という街の手触り」が、この映像を通すことで初めて輪郭を持つ。歌詞が名指しで描いていない部分を、映像が景色として補っている感覚に近い。音だけで完結していた孤独の話が、映像を得たことで、実際にその街で生きている無数の人たちの物語として開かれていく。YouTubeで偶然この曲に出会った人が、映像から入って歌詞や音の意味を後から理解していく、という順番も十分にありうる構成になっているように思う。派手な演出に頼らず、街そのものの表情を丁寧に拾い上げているからこそ、何度見ても新しい発見があるMVになっている。

磐田に戻って、東京を思い出す時間

今は磐田に戻り、介護や不動産の仕事に関わりながら日々を過ごしています。東京にいた頃のような密度の高い孤独とは違う時間の中にいますが、この曲を聴くとあの頃の感覚がふっと蘇ります。駅の人波、終電間際の車内、誰にも弱音を吐けなかった夜。あの時間は、今の自分から見ればずいぶん遠いはずなのに、この曲を再生した瞬間だけは、驚くほど近くに戻ってきます。JQが語っていたように、目的を持って都市に集まる人間が抱える葛藤というのは、場所を離れても完全には消えないもののように思えます。形を変えて、今の仕事の中にも残っているのかもしれません。

不動産や空き家の相談で出会う人たちの中には、若い頃に東京や名古屋、大阪といった街で働き、さまざまな事情があって地元に戻ってきた人が少なくありません。その人たちの表情の奥には、この曲が描くような、誰にも見せなかった葛藤の時間が刻まれていることがあります。家や土地の話をしているようでいて、実際にはその人がどんな時間を生きてきたかを聞いていることの方が多いと感じます。「TOKYO」を聴くと、そうした一人ひとりの背景にある、言葉にならない時間への想像力が少しだけ働くような気がします。曲そのものは東京を歌っていますが、聴く人の記憶がどこにあっても、この曲は届く場所を持っているのではないでしょうか。

介護の現場でも、似たようなことをよく感じます。長く一人で家を守ってきた高齢の方や、遠方で働きながら実家のことを気にかけてきた家族の話を聞いていると、そこにもまた、誰にも見せてこなかった葛藤の時間が積み重なっています。都会で踏ん張った時間も、地元で家や親を守り続けた時間も、外からは見えにくい種類の頑張りだという点では同じなのかもしれません。「TOKYO」という曲名を持ちながら、この曲が磐田の仕事の現場でふと思い出されるのは、そうした見えにくい頑張りへの共感が、曲の底に流れているからだろうと思います。

東京と磐田では、時間の流れ方も、人と人との距離感もまったく違います。それでも、この曲が繰り返し自分の中に戻ってくるのは、場所が変わっても、人が何かに向き合い続ける限り葛藤はなくならないという、ごく当たり前の事実をこの曲が思い出させてくれるからだと思います。今の暮らしの中で、誰かの家や土地の相談に耳を傾けているとき、この曲が頭の中でふと鳴り出すことがあります。それは懐かしさというより、目の前の人の時間に対して、自分がどれだけ丁寧でいられているかを、静かに問い直される感覚に近いものです。

戻らない時間を、いま一度聴く

「TOKYO」は、結成前のJQが一人で抱えていた葛藤を出発点にしながら、2021年という不安定な時代に合わせて新しく息を吹き込まれた曲です。だからこの曲には、過去の記憶と、今を生きるための希望という、二つの時間が同時に流れています。聴くたびに、東京で踏ん張っていた自分の姿と、磐田で日々を積み重ねている今の自分の姿が、少しだけ重なって見えます。派手に何かを成し遂げた記録としてではなく、折れずに歩き続けたことそのものを静かに肯定してくれる曲として、この曲は自分の中に残り続けています。

もし今、東京で働いている誰かがこの曲を聴いているなら、その人にも同じような夜があるはずです。そしてもし、かつて東京で頑張って、今は違う土地で暮らしている誰かがこの曲を聴くなら、あの頃の自分を否定せずに思い出せる時間になればいいと思います。「TOKYO」というタイトルの曲でありながら、この曲が本当に描いているのは特定の街ではなく、目的を持って生きようとする人間が誰しも通る、名前のつけようのない時間なのではないでしょうか。だからこそ、東京を離れて何年経っても、この曲は自分にとって遠い記憶の音楽にはならず、今の暮らしの中でふと鳴り出す曲であり続けています。

参考リンク

音楽には、人生の時間が残ります。家や土地にもまた、誰かの暮らしや記憶が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。