ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=NEtR5dtORn0
確認した動画: Nulbarich - DAY feat. PUNPEE (Official Music Video)(Nulbarich本人公式チャンネル)

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:3項目とも同じ★4だが、この曲でもっとも深く語れるのは歌詞である。PUNPEEがCommon「I Used to Love H.E.R.」をモチーフにしたと明かしている点、そして15年越しの再会というプロセスそのものが歌詞の背景に流れ込んでいる点は、曲やMVの完成度以上に、聴くたびに新しい読み方を許してくれる[2][3]。JQの柔らかな歌声とPUNPEEの一歩引いたラップが同居することで、「DAY」というシンプルな1語に、聴き手それぞれの1日を重ねられる余白が生まれている。曲の心地よさ、MVのストーリー性もそれぞれ捨てがたいが、時間をかけて熟成された関係性が言葉にどう滲み出ているかを語れる強さを重視し、主視点は歌詞がいいに置いた。

ゴルフ場でパターを振りながら交わされた「また一緒に曲を作ろう」というひと言から、この曲は生まれたのだと知ったとき、私は少し意外な気がしました。何か切実な動機や、締め切りに追われた末の産物ではなく、15年ぶりに再会した旧知の間柄が、力の抜けた場所でふと動き出した結果として、1曲が形になっている。Nulbarich「DAY feat. PUNPEE」を聴くたびに思い出すのは、その成り立ちの軽さと、曲そのものが持つ重さとの、不思議な落差です。ラッパーのPUNPEEを迎えたことで生まれる知的でどこかシニカルな言葉の運びと、JQの伸びやかな歌声が交わることで、単なる異業種コラボという枠を超えた化学反応が起きている。私自身、長く磐田で働きながら、東京で始まった仕事や縁が、時間を置いて思わぬ形で戻ってくる経験を何度もしてきました。人と人との関わりは、こちらの都合とは関係なく、あるとき静かに動き出す。この曲を聴くと、そういう時間の流れ方を思い出させられます。若い頃に交わした約束や、途切れたまま気にかけていた縁が、何年も経ってから不意に形を持ち始めることがあります。「DAY feat. PUNPEE」は、そうした時間の巡りの豊かさを、軽やかなグルーヴの中に静かに刻んだ1曲だと、私には聴こえています。

15年越しの再会が生んだ1曲

「DAY feat. PUNPEE」は、2023年8月9日にデジタルシングルとして配信リリースされました。プロデュースを手がけたのは、JQの旧知の友人であるSUNNY BOYです。安室奈美恵やBTSの楽曲にも関わってきた実績を持つ人物ですが、この曲の出発点は業界的な思惑ではなく、ごく私的な再会だったと伝えられています。15年ぶりに顔を合わせた2人が、ゴルフ場でのやり取りをきっかけに「また一緒にやろう」と意気投合し、そこから制作が動き出したという経緯は、音楽ナタリーやSPICEなど複数の媒体で報じられています。JQは、前のツアーの頃から少しずつ曲を育てていたと述べており、そこにPUNPEEを迎えることを思いついた瞬間、「あー、そうそう、これだ」としっくり来たと語っています。急いで作られた曲ではなく、時間をかけて醸された末に、必要な人が必要なタイミングで現れた。そういう巡り合わせの良さが、この曲の土台にあります。SUNNY BOY自身も、旧友からの誘いを「嬉しかった」と振り返っており、ビジネスの延長ではなく、まず人と人としての再会があり、その先に楽曲という形が自然についてきたことがうかがえます。

PUNPEEは自身のパートについて、Common「I Used to Love H.E.R.」をモチーフにした詞だと説明しています。ヒップホップの古典に連なる語り口を、Nulbarichというバンドの文脈に持ち込みながら、JQが受け取った言葉にアレンジを加えていく。フィーチャリングという形式にありがちな、単に有名なゲストを添えるだけの共演ではなく、互いの持ち味を尊重しながら細部までやり取りを重ねて仕上げられた曲だということが、双方のコメントから伝わってきます。JQが「天才のお力をお借りしまして名曲爆誕です」と語ったというエピソードも伝えられており、そこには、ただ話題性のあるゲストを迎えたという以上の、対等な作り手同士としての敬意がにじんでいます。

私は普段、磐田で家業を継ぎながら、東京で始まったいくつかの仕事の縁を、細く長く保ち続けています。若い頃に一緒に仕事をした相手と、何年も間を置いてから再び連絡を取り合うことがありますが、そのときにいつも感じるのは、当時とは互いの立場も経験も変わっているからこそ、以前とは違う形の仕事ができるという手応えです。JQとSUNNY BOYの関係も、15年前とまったく同じことを繰り返したわけではないはずです。互いに積み重ねてきた経験を持ち寄ったからこそ、「DAY feat. PUNPEE」という、以前には作れなかった曲が生まれた。そう考えると、この曲の背景にある再会の物語は、単なる懐かしさの話ではなく、時間をかけて人が変わっていくことの価値を教えてくれるもののように思えます。

心地よさとシニカルさが同居する声

実際にこの曲を聴くと、JQの声はあくまで柔らかく、耳あたりのいいトーンを保ったままです。そこに、PUNPEEの少し斜に構えたような、飄々とした語り口のラップが差し込まれる。この組み合わせが生む効果は、単純な足し算ではないように聴こえます。ボーカルパートが感情をまっすぐに歌い上げるのに対し、ラップパートは一歩引いた視点から物事を眺めているような距離感を持っている。この温度差が、曲全体に奥行きを与えているように感じられます。ビート自体は軽やかで、リスナーを重苦しい気分にさせない作りになっていますが、その軽やかさの裏に、簡単には言葉にしにくい複雑な感情が仕込まれている。そう聴こえるのは、2人のアーティストが、互いの得意分野を安易に混ぜ合わせるのではなく、きちんとせめぎ合わせた結果なのだろうと思います。

配信直後の反響として、大きなヒットチャートの上位を派手に席巻したというような記録は、少なくとも私が確認できた範囲では見当たりません。それでも、Apple MusicとSpotifyの双方でライブラリ追加キャンペーンが実施され、期間限定の壁紙が用意されたという事実からは、レーベル側がこの曲を、一過性の話題づくりではなく、長く聴き手のプレイリストの中に居場所を持ち続ける1曲として育てようとしていた姿勢がうかがえます。派手な数字を追うのではなく、じっくりと聴かれ続けることを目指す。そういう作品の届け方もまた、この曲が持つ穏やかな時間感覚と、どこか重なって見えます。

声とラップ、それぞれの温度差を保ったまま、無理に一つにまとめ上げようとしない構成が、結果として、聴くたびに違う部分が耳に残るという、息の長い魅力につながっているのだと思います。1度目に聴いたときはビートの軽やかさに耳が向き、2度目にはPUNPEEの言葉選びの端々が気になり、3度目にはJQの声の柔らかさに改めて気づかされる。そうやって聴くたびに発見があるのは、作り手同士が互いの持ち味を安易に譲り合わず、きちんと自分の色を保ったまま重ね合わせたからこそだと感じます。

戻ってくる縁と、磐田の仕事

私が磐田で不動産や空き家の相談を受ける仕事をしていると、何年も前に一度きりだった縁が、思いがけず再びつながる場面によく出くわします。かつて実家の相続について立ち話程度に相談を受けただけの方から、何年か経ってから連絡が来て、今度は本格的に土地の整理を任されることになる。そのときにいつも思うのは、縁というものは、こちらが力んで手繰り寄せようとしてもなかなか動かず、むしろ肩の力を抜いた場所で、ふと再び動き出すものだということです。SUNNY BOYがゴルフ場での何気ない会話から曲作りを再開させたという経緯を知ったとき、まさにそういう感覚だと腑に落ちました。仕事も家族も土地も、常に前へ前へと動かし続けなければならないものではなく、時間を置いて熟成させることで、初めて次の形が見えてくるものなのかもしれません。

東京で始まった仕事の縁を、磐田に戻ってからも大事に温め続けてきた自分にとって、この曲が描く「15年越しの再会」という時間の長さは、決して大げさな話には聞こえません。土地に根を張って生きるということは、目の前の1日をこなしながらも、遠くにある約束や縁を、静かに待ち続けるということでもあります。

家族との関係にも、似たようなことが言えるように思います。実家や土地の話は、若い頃には正面から向き合うことを避けてしまいがちで、気づけば何年も棚上げにしたまま時間が過ぎていることが少なくありません。けれど、ある日ふとしたきっかけで、その話が動き出す瞬間が訪れます。無理に急かして進めるのではなく、機が熟すのを待つしかない話というものが、仕事にも家族にも確かに存在する。SUNNY BOYとJQの再会が、狙って仕組まれたものではなく、ゴルフ場での何気ない一言から始まったように、私たちの暮らしの中の大事な動きも、案外そういう偶然に似た形でしか訪れないのかもしれません。

親の代から受け継いだ土地や、長く空き家のままになっている実家の話を持ちかけられるとき、私はできるだけ急かさないようにしています。持ち主自身の中で、その土地とどう向き合うかという気持ちの整理がつくまでには、こちらが思う以上の時間がかかることが多いからです。焦って背中を押すより、機が熟すのを一緒に待つ方が、結果として良い形に落ち着くことを、これまで何度も見てきました。JQとSUNNY BOYが15年という歳月を経てから再び曲作りに向き合えたように、人と土地との関係にも、それぞれのタイミングというものがあるのだと思います。

そうした相談の中には、何年も連絡を取り合わなかった兄弟姉妹が、実家の処分をきっかけに再び顔を合わせるという場面もあります。疎遠になっていた時間の分だけ、最初のやり取りはぎこちないものですが、話を重ねるうちに、当時とは違う立場で互いを見られるようになっていく。その様子は、旧知の間柄でありながら以前とは違う形の曲を作り上げたJQとSUNNY BOYの関係と、どこか似ているように思えます。

胸の中がどうであっても、1日はやってくる

この曲のタイトルは、ただ「DAY」というシンプルな1語です。派手な修飾がない分だけ、その言葉は聴き手それぞれの日常に、そのまま重なってきます。JQの歌声が届ける穏やかな感情の流れと、PUNPEEの言葉が刻む、少し引いた視点からの時間感覚。この2つが同居していることが、この曲を、ただの明るいコラボ曲では終わらせていないのだと思います。感情がどのような状態にあっても、1日という単位は律儀にやってきて、過ぎていく。その事実を、悲観としてではなく、むしろ淡々とした推進力として描いているところに、この曲の芯があるように聴こえます。

家族や仕事、土地との関わりの中で、私たちは日々、様々な感情を抱えたまま次の1日を迎えます。その感情が晴れるのを待ってから前に進むのではなく、抱えたまま、それでも歩き出す。15年という時間を経て形になったこの曲を聴くと、急がずに縁を育てることの意味と、それでも止まらずにやってくる1日を、両方大切にしたいと思わされます。

この曲を最初に聴いたときの軽やかな印象は、繰り返し聴くうちに、少しずつ違う手触りに変わっていきました。JQとPUNPEEという、一見すると畑違いの2人が、長い時間を挟んで自然につながった経緯を知ってから聴き直すと、あの軽さは、決して安易に生まれたものではなく、むしろ多くの時間と対話を経て磨き上げられた末の軽さなのだとわかります。派手な演出に頼らず、静かに積み重ねた関係性から生まれる強さ。それは、音楽の世界だけでなく、私たちが日々築いていく仕事や家族との関係にも、そのまま当てはまる話です。今日という1日を、これまで育ててきた縁とともに、丁寧に迎えていきたいと思わせてくれる曲です。