「A Roller Skating Tour」は、もともと一つの依頼から生まれた曲だったと伝えられています。アパレルブランド「GLOBAL WORK」のCMのために書き下ろされ、2023年3月から放映されたCMに乗せて世に出た曲が、同年12月にリリースされたアルバム『The Roller Skating Tour』のタイトル曲へと育っていく。タイトルの頭についていた不定冠詞の「A」が、アルバム名では定冠詞の「The」に置き換わっているのは、単なる表記の違いには見えません。ある一つの依頼で書いた曲が、やがてバンド自身の物語そのものを指す言葉に変わっていった、その過程を映しているように感じます。仕事というものは、たいてい他者の求めから始まります。誰かの都合や締め切り、決められた尺の中で、こちらの意志とは関係なく最初の一音が置かれる。それでも、引き受けた仕事の中に自分自身の輪郭が刻まれていくことがあります。依頼に応えているだけのつもりが、いつのまにか自分の声のようなものが混じり込んでいる。この曲を聴くたびに、依頼された仕事と、自分の仕事という、二つの境目が溶けていく瞬間のことを思い出します。タイアップという、いわば外側から与えられた枠組みの中で生まれた曲が、後にバンドの代名詞のような存在になっていく道のりは、仕事を積み重ねて生きてきた者にとって、他人事とは思えない響きを持っています。
タイアップという入り口
音楽の世界では、タイアップという言葉に、どこか軽んじたような響きがつきまとうことがあります。企業の都合や商業的な狙いに合わせて作られた曲は、アーティストの純粋な表現とは別物だという見方も、根強く残っているように思います。しかし「A Roller Skating Tour」の歩みを追うと、その境界線がそれほど単純なものではないことがわかります。外から与えられた枠組みを、単なる制約として処理するのではなく、自分たちの表現の核として引き受け直す。そういう作業を経て初めて、依頼された仕事が本当の意味で自分たちのものになっていくのだと思います。
不動産の仕事にも、似たような構図があります。相談者から持ち込まれる案件は、こちらが望んで発生させたものではなく、家族の事情や土地の来歴、時には近隣との関係といった、外側の条件がすでに決まった状態で始まります。その条件をどう受け止め、どう形にしていくかに、担当する人間の姿勢が表れる。与えられた枠組みだからこそ手を抜いていいという理屈は、この仕事には通用しません。むしろ、選べない条件の中でこそ、応え方の質がはっきりと見えてしまうのだと感じています。
タイアップの曲が、アルバムの顔になるまで
この曲がGLOBAL WORKのCMソングとして書き下ろされ、2023年4月19日にシングルとして配信されたことは、当時の各音楽メディアが報じています。俳優の本田翼が出演するCMに乗せて先行して世に出たこの曲は、ラテン的な要素を取り入れた、踊れる高揚感のあるナンバーとして紹介されました。JQ自身、関西ぴあのインタビューで、この曲を「ローラースケートで廻るという行為を人生にかけた曲」であり、「とあるローラースケーティングツアーのお話」として作ったと語っています。この時点では、あくまで一つのタイアップ曲、一つの依頼への応答でした。制作の起点が自分の内側からの衝動ではなく、外側から与えられた条件だったという事実は、後から振り返ると意外に思えるほど、この曲には迷いのない前向きさが宿っています。
その後、この曲を軸にしたライブでの反応が「思っていた以上」だったことから、同じ方向性でアルバム全体を作る流れが生まれたと、JQは同インタビューで振り返っています。前作『NEW GRAVITY』から約3年、Nulbarichはこのタイトル曲を中心に、Kroiのリオ内田、オランダのBenny Sings、PUNPEEといった多彩なゲストを迎えたアルバムを作り上げました。一つの依頼のために書いた曲が、結果としてバンドの現在地そのものを名づける言葉になった。この転換の速度と大きさに、静かな驚きを覚えます。依頼された仕事に本気で向き合った結果、それが自分たちを代表するものに変わっていくという順番は、狙って作れるものではありません。むしろ、目の前の課題に真正面から取り組んだ副産物として、後から気づけばそこに立っていた、というような性質のものなのだと思います。
低いピッチのまま続く声が語ること
JQは同じインタビューで、この曲のボーカルラインについて、これまでにない低いピッチのまま続く歌い方を試みたと語っています。実際に聴くと、サビにかけて音数を絞り込んだアレンジの中で、声そのものの質感が前面に出てくるように聴こえます。派手に盛り上げるのではなく、低く一定の温度を保ったまま曲全体を運んでいく歌い方は、従来のNulbarichが積み重ねてきた、ソウルやファンクを土台にしたグルーヴの延長線上にありながら、どこか肩の力が抜けているようにも感じられます。JQ自身が「これまで破れなかった無意識の枠」と語った、Nulbarichらしさへのこだわりを、あえて緩めることで見えてきた音だったのかもしれません。パーカッションの軽やかな刻みとベースの重心の低さが同居しているように聴こえるアレンジも、依頼という制約の中でこそ生まれた、ある種の自由さの表れに感じられます。制約があるからこそ、逆に本質的な部分にだけ集中できる。そういう逆説を、この曲のサウンドは体現しているのではないかと思います。曲全体を通して聴こえてくるのは、力んで押し出すような主張ではなく、あくまで軽やかに、それでいて芯を失わない声の運び方です。CMという15秒や30秒の枠の中で耳に残ることを前提に作られたはずの曲が、フルサイズで聴いても飽きさせない構成になっているのは、依頼の条件を満たすことと、自分たちの音楽としての完成度を高めることを、同時に成立させようとした結果のように思えます。
アルバムの初動やチャート順位について、明確な数字を確認できる一次情報は見当たりませんでしたが、約3年ぶりとなるこのアルバムが多くの音楽メディアで大きく取り上げられ、注目を集めたリリースだったことは、当時の報道の量からもうかがえます。数字として残るものだけが、その曲の重みを決めるわけではありません。一つのタイアップ曲がアルバムの名前になり、ツアーのタイトルになり、聴く側の記憶に残っていく。そうした静かな広がり方もまた、一つの成果の形だと思います。依頼された仕事が、契約や納品という一回限りの関係で終わらず、その後も長く語り継がれる形に育っていく。それは、目に見える数字よりも、はるかに測りにくい種類の成果なのかもしれません。
依頼から始まった仕事が、自分の輪郭になる
東京で働いていた頃、最初に任された仕事の多くは、自分で選んだものではありませんでした。上司や取引先の求めに応じて動くうちに、いつのまにか、その仕事のやり方が自分のスタイルだと呼ばれるようになっていく。最初は単なる依頼への応答だったはずのものが、気づけば自分自身を語る言葉になっている。そういう転換を、何度か経験した記憶があります。頼まれた仕事をこなしているだけのつもりでも、そこに応え方の癖や判断の軸が滲み出てしまう。それが積み重なって、いつか「自分らしさ」と呼ばれるものになっていくのだと思います。家族を養うために、選んだわけではない仕事を続けていた時期もありました。それでも、選んでいないはずの仕事の中に、いつしか自分でなければ出せない何かが混じり始める。その感覚を最初に覚えたのは、ちょうどそんな、忙しさに追われるだけだったはずの日々の中でした。
磐田に戻り、家や土地、相続の相談を受ける仕事を始めてからも、同じことを感じる場面があります。最初の一件は、たまたま持ち込まれた個別の相談に過ぎませんでした。それでも、その一件にどう向き合ったかが、次の相談の受け方を決め、やがて自分の仕事の姿勢そのものを形づくっていく。依頼された案件と、自分が選び取った仕事との境目は、思うほどはっきりしていません。空き家になった実家や、相続で分かち合うことになった土地の相談は、いずれも依頼する側が望んで生まれた状況ではないことがほとんどです。それでも、その一件一件に丁寧に応えていくことでしか、自分たちの仕事の姿は形にならない。この曲のタイトルが「A」から「The」へと変わっていったように、目の前の一件への応答を積み重ねた先に、いつか自分自身の物語と呼べるものが見えてくるのだと、この曲を聴くたびに思います。家族と暮らす土地に根を下ろしてから、依頼という形でしか始まらない仕事の重さと、その先にある実りの両方を、以前よりも実感として受け止められるようになった気がします。
境目が溶けていく場所で
依頼された仕事と、自分が選び取った仕事との境目が溶けていく瞬間は、決して劇的な形ではやってきません。むしろ、後になって振り返ったときに初めて、あの一件が分岐点だったのだと気づくような、静かな出来事であることがほとんどです。「A Roller Skating Tour」が一本のCMソングから、バンドの現在地を語る言葉へと変わっていった過程も、おそらく本人たちにとってさえ、明確な境界線を引けるものではなかったのではないかと思います。気づけばそうなっていた、という時間の積み重ねの中にこそ、この曲の説得力があるように感じます。ライブでの手応えという、数字には残りにくい種類の反応が、アルバム全体の方向性を決めていったという経緯にも、同じことが言えます。目に見える成果指標だけを追いかけていては、きっとこの転換は起きなかったはずです。
家や土地の相談を仕事にしていると、依頼という形でしか関わりようのない場面に、繰り返し立ち会うことになります。誰かが望んで実家を空き家にしたわけではなく、誰かが望んで相続の話し合いをすることになったわけでもありません。それでも、その依頼の一つひとつに向き合い続けることでしか、信頼という形の実りは育っていきません。この曲が教えてくれるのは、依頼から始まった仕事を軽んじる必要はない、ということなのかもしれません。与えられた条件の中でこそ見えてくる本気度があり、その本気度の積み重ねが、いつか自分自身の物語と呼べるものに変わっていく。磐田の土地で、家族とともに仕事を重ねる日々の中で、その順番を、これからも大切にしていきたいと思います。
「A Roller Skating Tour」というタイトルを最初に見たとき、正直なところ、ローラースケートという乗り物と自分の仕事とのあいだに、大きな距離を感じていました。それでも、この曲がタイアップという依頼から始まり、アルバムのタイトルへと育ち、やがてバンドの物語を語る言葉になっていった経緯を知るにつれ、距離はいつのまにか縮まっていました。与えられた条件からしか始まらない仕事の中に、自分にしか出せないものを混ぜ込んでいく。それは、東京で働いていた頃も、磐田に戻って家業を営む今も、変わらず続けてきた姿勢のように思います。曲の軽やかさとは対照的に、その姿勢自体は、決して軽いものではありません。
参考リンク
- "全部の感情を隅から隅まで出した1枚。最終的には愛だよね" Nulbarich・JQがアルバム『The Roller Skating Tour』で表現した喜びと感謝 - ぴあ関西版WEB
- Nulbarich、GLOBAL WORKタイアップソング「A Roller Skating Tour」リリース MVプレミア公開も - Real Sound
- Nulbarich、書き下ろし楽曲「A Roller Skating Tour」が本田翼出演の"GLOBAL WORK"新TVCMシリーズに起用 - Skream!
- Nulbarich、約3年ぶりニュー・アルバム『The Roller Skating Tour』12月20日リリース決定 - TOWER RECORDS ONLINE
- Nulbarich | The Roller Skating Tour | ビクターエンタテインメント