ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=5pkBqmX2ymc
確認した動画: Nulbarich - NEW ERA (Official Music Video)(Nulbarich本人公式チャンネル)

デビューしたばかりのバンドが、1曲目にどんな言葉を置くか。それは、ただの選曲以上の意味を持つのだと、私は「NEW ERA」を聴くたびに思います。2016年、まだ素性のはっきりしないバンドとして現れたNulbarichが、自分たちの名刺代わりにこの曲を差し出してきたとき、私はまだ東京で働いていました。当時の自分は、転職や引っ越しといった大きな決断からはまだ遠く、日々の仕事に追われながら、なんとなく音楽を聴いていた時期です。それでも「NEW ERA」という響きだけは、妙に耳に残りました。学生時代、受験のために必死に覚えた英単語の中に、この言葉はありませんでした。era(時代)という単語自体は知っていたはずなのに、new eraという組み合わせが、これほどまっすぐな響きを持つ言葉として自分の中に根を張ったのは、間違いなくこの曲がきっかけです。辞書で覚えた単語はテストの答案には書けても、心には残りません。けれど歌として届いた言葉は、意味と感情がセットになって記憶の奥に刻まれます。私にとって「NEW ERA」は、教科書ではなく、この曲で覚えた言葉でした。それから10年近くが経ち、東京を離れて磐田で働くようになった今、あらためてこの曲を聴き直すと、当時は気づかなかった手触りが、少しずつ見えてくる気がします。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:ソウルとファンクを下地にしながら力みすぎない「NEW ERA」のグルーヴは、デビュー曲でありながら一過性の熱狂で終わらず、その後Hondaのタイアップ曲としても長く使われる普遍性を獲得した。MVも実写とアニメーションを組み合わせた本格的な力作で評価は高いが、あくまで曲を主役に立てる補助線であり、映像の物語性そのものを主視点に押し上げるほどではない。歌詞は「新しい時代へ踏み出す」というシンプルな宣言に留まり、余白の深さよりもまっすぐさで勝負している曲であるため、主視点は曲がいいに置いた。

デビュー期の一枚に刻まれた、まっすぐな宣言

「NEW ERA」は、Nulbarichが2016年6月22日にタワーレコード限定でリリースしたデビューシングル『Hometown』に収録され、同年10月5日発売の1stアルバム『Guess Who?』にも収められた楽曲です。つまりこの曲は、バンドの入口となった作品に、繰り返し置かれた言葉だということになります[1][2]。Nulbarichは、シンガーソングライターのJQを中心に据えたバンドで、バンド名自体が「Null(ゼロ、無の状態)」と「Rich(満たされている)」という相反する言葉を組み合わせた造語だと伝えられています[5]。「何もないけれど満たされている」というその名前を背負った無名のバンドが、デビュー作の中に「新しい時代」という言葉を置いたわけです。控えめな謙遜ではなく、まっすぐに自分たちの到来を宣言する。素性のはっきりしない状態から動き出したバンドが、最初の一歩にこの言葉を選んだという事実そのものに、私は静かな強さを感じます。

ミュージックビデオは、Nulbarichにとって初めて制作された作品で、2016年9月21日に公開されました[3]。チェコのプラハに拠点を置く制作会社イアリン ジャパンが手がけ、Kevin Bao氏が監督・演出・アニメーションを担当し、実写撮影と手描きアニメーション、3DCGを組み合わせた表現が採用されたと報じられています[3]。YouTube上でのMV再生回数は200万回を超えたと伝えられており、2017年7月からはHondaの小型車「GRACE」のCMソングとしても起用されました[4][5]。デビュー間もない一曲が、これだけ長く聴かれ続けているのは、単なる勢いだけでは説明できないことのように思います。

やりすぎない風通しの良さ、という音の記憶

音楽メディアの評では、Nulbarichの音楽性についてソウルやファンクを基調にしながら「やりすぎない風通しの良さ」を持つ、という表現が使われていたのが印象に残っています[4]。「NEW ERA」を聴き返すと、たしかにグルーヴは強く主張しすぎず、声とビートのあいだに余白が保たれているように聴こえます。デビュー曲にありがちな力み方ではなく、どこか肩の力が抜けた質感がある。それでいて、サビに向かうにつれて確かな高揚感が積み上がっていくので、聴き終えたあとに残るのは疲労ではなく、開放感に近いものです。イントロのビートが刻まれ始める瞬間から、すでに体の重心が少し前に傾くような、そんな引力があります。JQのボーカルは、力いっぱい張り上げるタイプではなく、リズムに寄り添いながら少し浮遊するように乗ってくる。だからこそ、ソウルやファンクという言葉から連想される熱量の高さとは違う、涼しい風が通り抜けるような手触りが残るのだと思います。私はこの曲を、何かを強く主張する音楽というより、聴き手の背中をそっと押す音楽として記憶しています。それは、意味を暗記した言葉ではなく、体験として流れ込んできた言葉だからこそ、こうして時間が経っても薄れないのだと思います。デビュー曲というのは、多くの場合、勢いと熱量で押し切ろうとするものです。しかしこの曲は、力を込めるべきところと抜くべきところを、最初から知っていたかのような落ち着きがあります。だからこそ、2017年になってHondaのCMという、若さの主張よりも生活の中の心地よさを求められる場面でも、違和感なく溶け込めたのではないでしょうか。

英単語辞書に載っている言葉は数万語にのぼりますが、実際に自分の言葉として使いこなせる語彙は、そのごく一部に過ぎません。「NEW ERA」がいつまでも私の中で特別な響きを持ち続けているのは、この曲が、単なる知識としてではなく、体験として、その言葉を届けてくれたからです。音楽が語学の勉強と決定的に違う点があるとすれば、まさにこの、言葉に感情を宿す力なのだと思います。

「思うがままに」という、シンプルな言葉の強さ

この曲の歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、その言葉が向いている方向については触れておきたいと思います。「NEW ERA」の歌詞は、日本語と英語が入り混じった構成になっており、日々を思うがままに生きていくこと、肩の力を抜いて自由に前へ進んでいくことを歌っていると受け取れます[6]。作詞はJQと松原亮の手によるものだと伝えられています[6]。難解な比喩や、聴く人を試すような謎かけはありません。むしろ、誰が聴いても意味を掴み損ねないくらい、まっすぐな言葉が選ばれているように感じます。この率直さは、弱さではありません。デビューしたばかりのバンドが、遠回しな表現で自分たちを守るのではなく、素のままの前向きさを差し出してくる。その潔さこそが、この歌詞の持ち味だと思います。ただ、正直に言うと、歌詞そのものの物語性や余白の深さという点では、聴くたびに新しい発見があるタイプの曲ではありません。一度受け取ったメッセージが、そのまま何年経っても同じ強度で届く。それは長所でもあり、同時に「歌詞がいい」という項目で最高評価を付けるにはもう一段の奥行きがほしいと感じる部分でもあります。だからこそ私は、この曲の主役は言葉そのものよりも、その言葉を運ぶ音の設計にあると考えています。まっすぐな言葉だからこそ、グルーヴという乗り物がしっかりしていなければ届かない。「NEW ERA」は、その乗り物の完成度が、言葉の強度を何倍にも増幅させている曲なのだと思います。

磐田で迎えた、静かなNEW ERA

東京を離れ、磐田で家や土地の相談を仕事にするようになったとき、私自身も自分なりの「NEW ERA」を迎えていたのだと、今になって思います。会社員として過ごした時代から、家族や親から受け継いだ土地、あるいは空き家になった実家をどう手放すか、どう次の世代に引き継ぐかを一緒に考える仕事への転換です。派手な決断ではありませんでしたが、それでも自分の中では、確かに時代の変わり目でした。この曲のタイトルが持つ、自分の心次第で新しい時代に進んでいけるという手触りは、あのときの自分にとって、思っていた以上に支えになっていたのかもしれません。

相談に来られる方々の中にも、実家を手放す決断や、新しい暮らし方を選ぶ決断を通じて、それぞれの「NEW ERA」を迎える瞬間があります。土地や家は、多くの場合、家族の歴史そのものです。それを手放すという決断は、簡単なものではありません。それでも、その先に新しい時代があるのだと思えるかどうかで、決断の重さは少し変わってくるように感じます。教科書で覚える言葉ではなく、実体験として意味を刻み込む言葉。デビュー期のNulbarichが最初の一歩に選んだこの言葉を、私は今も、自分の仕事の中でときどき思い出しています。

参考リンク

音楽が新しい時代への一歩を後押ししてくれるように、家や土地にも、次の時代へ引き継ぐための時間が必要です。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。