ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=KA79T74sTsY
確認した動画: Nulbarich – In Your Pocket (Official Music Video)(Nulbarich本人公式チャンネル)

「In Your Pocket」は、Nulbarichが2017年11月28日に公式ミュージックビデオを公開した楽曲である[1][2]。同年12月6日発売のEP『Long Long Time Ago』のリード曲として発表され、のちに2018年3月7日発売の2ndアルバム『H.O.T』にも6曲目として収録された[3]。この曲を語るうえで欠かせないのが、それまでライブ以外の場ではほとんど姿を見せてこなかったボーカルのJQが、このMVで初めて映像に登場したという事実である[1][2]。声だけの存在として広く知られてきたバンドが、ポケットの中という極めて個人的な題材を歌う曲で、初めて顔を明かす。その組み合わせに、単なるプロモーションを超えた意味を感じてしまうのは、聴き手として自然なことだと思う。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:この曲のビートやグルーヴも十分に魅力的だが、最も語りたくなるのは、JQ自身が語った「答えはお前のポケットの中にある」という歌詞の芯の強さである[4]。世の中の分かりにくさに対して、他人の評価や正解を探すのではなく、自分の中にすでにある答えを握りしめていればいいという姿勢は、聴くたびに背中を押される言葉として残る。MVも劇場を舞台にした静かな時間の切り取り方に見応えがあるが、歌詞が持つ普遍的な強さと比べると、主視点としてはもう一段の物語性がほしいところがあり、選定は歌詞がいいに置いた。

ヒップホップに回帰した、太くて攻撃的なビート

「In Your Pocket」を含むEP『Long Long Time Ago』について、JQは音楽メディアのインタビューで「好きなヒップホップに原点回帰した感じで、ざっくり言うとBPM遅めで縦ノリ」という特徴を語っている[5]。前作にあたる1st EP『Who We Are』がワンマンライブのリハーサル期間中に制作されたのに対し、このEPは夏フェス出演を経たあとの時期に作られ、より内省的な色合いが反映されているという[5]。「In Your Pocket」自体については、ティンバランドをはじめとするヒップホッププロデューサーのサウンドを、バンドという編成の中に落とし込むことを追求した楽曲だとJQ自身が明かしている[6]。JQは「サウンド的にも強めで新しい一面が出せた」ともコメントしており、それまでのNulbarichの音像より太く、攻撃的なビートを志向したことがうかがえる[5]。実際に聴いてみると、イントロからじわりと沈み込むようなグルーヴがあり、そこに乗るヴォーカルのフレージングにも、これまでのメロウな曲とは違う張りがある。低音の重心をあえて低く保ちながら、サビでは音数を絞ってヴォーカルの言葉を前に出す。派手な転調で盛り上げるのではなく、ビートの粘りそのもので聴き手を引き込んでいく構成は、ヒップホップのプロダクションに対する敬意がにじんだ結果なのだろう。JQは同時期のインタビューで「過去の音楽にリスペクトを込めて、今あるものを落とし込んだ上で、自分たちらしさを確立していかないと」とも語っており、この曲がただの模倣ではなく、温故知新の姿勢のもとに作られたことがわかる[7]。バンド編成でヒップホップのグルーヴを再現しようとすると、生演奏特有の揺らぎが邪魔になることも多いが、この曲ではその揺らぎがむしろビートに人間味を与えている。打ち込みのタイトさと、バンドが持つ呼吸の余白が拮抗しながら共存しているところに、この曲の音作りの面白さがある。

「ポケットの中にある答え」を、JQ自身の言葉から読む

この曲の歌詞に丸ごと触れることはしないが、その芯にある考え方については、JQ自身が語った言葉を手がかりに読み解いてみたい。JQはこの曲について、「世の中いろいろわかんなくね?」という問題提起から始まる曲だと説明し、「答えはお前のポケットの中にあるから、それを握り締めていればいろんな経験をしても大丈夫だよってこと」だと語っている[4]。つまりこの曲が歌っているのは、恋人や誰か特定の相手との関係だけにとどまらない、もっと広い意味での「自分を信じること」についての歌なのだと受け取れる。タイトルの「In Your Pocket」は、誰かにとっての大切な存在として、相手のポケットの中にいたいという親密な響きも同時に持っている。だが、JQ本人の説明を踏まえると、この曲が本当に伝えたいのは、外の世界にある正解を探し回るのではなく、すでに自分の中にある答えを、ポケットの中の小さなお守りのように握りしめていればいいという、静かな肯定なのだと思う。世の中がわからないことだらけだという前提から始まる歌は、決して珍しくない。しかしその不安をなだめる方法として、他人の言葉や外部の基準ではなく、自分自身の内側にすでにある感覚を信じよと歌う曲は、実はそう多くない。ポケットという、誰の目にも触れない、自分だけがその存在を確かめられる場所を選んだところに、この歌詞の巧みさがある。声高に自己啓発を語るのではなく、日常的でささやかな仕草に置き換えることで、聴き手それぞれが自分のポケットの中身を思い浮かべられるようになっている。説明しすぎない余白の残し方も見事で、具体的に何が答えなのかを歌詞は明示しない。だからこそ、聴く人の年齢や状況によって、ポケットの中身の意味が変わり続ける。若い頃に聴けば漠然とした将来への不安への処方箋に聞こえるかもしれないし、年齢を重ねてから聴けば、これまで積み重ねてきた経験そのものへの肯定に聞こえるかもしれない。そうした読み替えの余地の広さこそが、この歌詞の一番の強さだと感じる。

顔を明かした劇場のMV、そして今のNulbarich

公式MVは、独特な雰囲気を持つ劇場で撮影された[1][2]。ステージで歌うJQと、それを見つめる一人の女性との間に流れる時間を、写真を連ねるように静かに切り取った作品で、監督は前作「It's Who We Are」でもタッグを組んだ木村太一が務めている[1][2]。派手な演出やストーリーの起伏で押し切るのではなく、舞台と客席という距離感、視線が交わるかどうかの緊張感だけで見せていく構成は、この曲が持つ静かな親密さとよく合っている。それまで姿を見せてこなかったJQが、あえて劇場というステージの上で、しかも一人の観客との関係性の中で初めて顔を見せるという設定には、意図的な演出を感じる。素顔を明かすことを大きな出来事として派手に扱うのではなく、あくまで一つの物語の中に自然に置くことで、露出そのものよりも、歌の世界観を壊さないことを優先したのではないか。ここで一つ触れておきたいのは、Nulbarichはその後、2024年12月5日に日本武道館で最後のライブ「CLOSE A CHAPTER」を行い、活動を休止したという事実である[8]。JQはソロアーティストの"Jeremy Quartus"としての活動も始めている[9]。そうした今から振り返ると、「In Your Pocket」でJQが初めて姿を見せた瞬間は、正体不明のバンドとして歩んできたNulbarichの物語の中で、一つの転換点だったと言えるだろう。MV単体の完成度としては、劇場という限られた舞台での静かな時間の描き方に見応えがあるが、物語の起伏という点では抑制的で、歌詞が持つ普遍的な広がりに比べるとやや小さくまとまっている印象もある。それでも、顔を見せるという行為そのものに意味を持たせた構成は、この曲の親密なテーマと確かに響き合っている。

ポケットの中の答えを握りしめて生きるように、家や土地にも、誰かが大切にしてきた時間がそっとしまわれています。

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参考リンク

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。