ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=Mi6MLiUbRIY
確認した動画: Nulbarich - MAGIC WAYS (Original by Tatsuro Yamashita)(Nulbarich本人公式チャンネル)

誰かから何かを託されるとき、いちばん怖いのは「変えてしまうこと」だと思います。先人が作り上げたものに手を入れれば、元の形は失われる。かといって、そのまま真似るだけでは、託された意味がありません。Nulbarichの「MAGIC WAYS」は、この難しい問いに、はっきりとした答えを出したカバー曲だと感じます。原曲は山下達郎が1984年のアルバム『BIG WAVE』に収めた楽曲で[6]、Nulbarichにとってはバンド結成以来はじめて手がけたカバーでした[2]。ボーカルのJQは、この最初のカバー曲を選ぶのに時間をかけたと語っており、達郎本人とスタッフから快諾を得たうえで制作にあたったと伝えられています[1][3]。つまりこの曲は、単に好きな曲を借りてきたのではなく、作り手本人から「渡された」曲だということです。歌詞はすべて英語に置き換えられ、サウンドの手触りも原曲とは異なる質感を持っていますが、そこに宿るのは山下達郎という原型への敬意だと聴こえます。何を変え、何を変えないか。その選別の仕方にこそ、託されたものを受け継ぐ側の覚悟が表れるのだと思います。この曲を聴くたびに、その問いへの一つの答えを見せてもらっているような気持ちになります。

大石セレクション:曲がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:「曲がいい」と「MVがいい」が同点だが、主視点は曲がいいに置いた。全編英語詞への置き換え、モータウン的なグルーヴの導入という大胆な塗り替えをしながら、原曲が持つ浮遊感のあるコード進行の気配だけは丁寧に残している。この「何を変え、何を残すか」という匙加減こそが本文で最も深く語れる部分であり、音だけで聴いても十分に独立した作品として成立する強さがある。MVもストリートスケーターの疾走感と曲の爽快さが呼応する良い出来だが、曲そのものの再構築の妙に比べると副視点にとどめた。歌詞は全編英語かつ丸写しを避ける方針のため、テーマの考察はできても言葉そのものの深掘りには限りがあり、星は一段控えめにしている。

選ぶという仕事、託されるという責任

「MAGIC WAYS」は2022年8月17日に配信リリースされました[2][3]。Nulbarichというバンドがそれまで一度も手がけてこなかったカバー曲という形式に、あえて挑んだ最初の一曲です。JQは当時のコメントで、山下達郎という「一人のファン・クリエイター・シンガーとして大好き」なアーティストの楽曲を、単なるカバー企画としてではなく、バンドのフィルターを通して仕上げることができたと語っています[1]。あわせて、この試みを快く受け入れてくれた山下達郎本人とスタッフへの感謝も口にしていました[1]。数ある楽曲の中から、あえてこの一曲を選び取るという作業は、想像以上に神経を使うものだったはずです。選んだ瞬間に、その曲を背負う責任も一緒に引き受けることになるからです。世界的に日本のシティポップの再評価が進むタイミングで、その源流にあたる山下達郎の楽曲を選んだという事実は、ジャンルそのものへの敬意の表れでもあったのだろうと感じます。

この曲は、Summer Sonic 2022で行われた「AREA DIP」というイベントとも重なる時期に発表されており、JQ自身がアジア各国のネオシティポップ的な感性を持つアーティストをキュレーションする立場でもあったと伝えられています[3]。つまりこのカバーは、単発の企画ではなく、日本のシティポップを今のグローバルな音楽の文脈へ橋渡ししようとする、より大きな仕事の一部として位置づけられていたようです。原曲へのリスペクトを保ちながら、受け取ったものを次の場所へ運んでいく。その姿勢が、この一曲に静かに宿っているように思います。

塗り替えられた輪郭、残された骨格

実際に聴いてみると、このカバーは原曲の輪郭を大胆に塗り替えています。歌詞はすべて英語に置き換えられ、リズムの重心にも、Nulbarichらしいグルーヴが色濃く感じられます。単なる打ち込みの再現ではなく、跳ねるようなビートの上に声が乗っていく構成は、いわゆるモータウン的なリズムの手触りに近いとも評されており、聴き比べると原曲とはずいぶん違う場所に着地しているように聴こえます。それでも、曲の芯にある浮遊感や、都会の夜を思わせるコード進行の気配は、注意深く残されているように感じます。輪郭は変わっても、骨格までは崩さない。この匙加減こそが、このカバーを単なる焼き直しでも、ただの模倣でもない、独立した作品として成立させているのだと思います。ミュージックビデオでは、バンドメンバー自身がはじめて映像に登場し、西宮ジョシュアをはじめとするストリートスケーターたちが街を滑走する様子と重ねられていました[4][5]。監督を務めたクリエイティブ集団NIONの鯨井智行氏は「曲の爽快感を、CITYをPOPするスケーター達で表現しました。道があれば楽しめる様は、まさにMAGIC WAYS。」とコメントしており[5]、疾走感のあるサウンドと映像がぴたりと呼応していたのが印象に残ります。翌2023年には、この曲が7インチのアナログ盤としても発売されており[7]、デジタルで生まれたカバーが、あらためて手に取れる形へと落とし込まれたことも、この曲が一過性の企画で終わらなかったことを物語っているように思います。

原曲を知る耳で聴くと、最初は違和感を覚えるかもしれません。テンポも、言語も、声の質感も違うからです。けれど何度か聴き返すうちに、これは山下達郎という書き手が用意した設計図を、Nulbarichという別の職人がまったく別の素材で建て直した仕事なのだと気づかされます。設計図の意図を汲み取りながら、素材も工法も自分たちのものに置き換える。それは、ただ古いものを保存する仕事とは違う、もう一段難しい仕事だと思います。

継ぐということの本質

受け継ぐという行為には、必ず「何を残し、何を変えるか」という選別の作業が伴います。すべてをそのまま残そうとすれば、時代に取り残されてしまう。かといって、すべてを新しくしてしまえば、託された意味そのものが消えてしまいます。「MAGIC WAYS」というカバーが見せてくれたのは、まさにこの選別の技術です。歌詞も言語もサウンドも大胆に変えながら、曲の芯にある感触だけは丁寧に残す。この姿勢は、音楽に限らず、誰かから何かを引き継ぐあらゆる場面に重なって聴こえてきます。

何かをそのまま次の世代に渡すことが難しい時代になっています。それでも、形が変わっても、そこに流れていた時間や積み重ねてきた記憶までを消してしまう必要はありません。何を残すかを丁寧に選び取ることさえできれば、形が変わっても、受け継いだという事実は消えないのだと、この曲を聴くたびに思います。山下達郎という原型を大切にしながら、まったく新しい服を着せてみせたNulbarichの仕事は、継ぐということの本質を、静かに、しかし力強く教えてくれています。誰かから何かを託されたとき、その人にできる一番の敬意は、そのままの形で保存することではなく、自分の手で次の場所まで運んでいくことなのだと、この一曲はあらためて気づかせてくれます。

参考リンク

音楽には、人生の時間が残ります。家や土地にもまた、誰かの暮らしや記憶が残っています。

この記事を書いている大石浩之は、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしています。相続した実家、空き家、土地建物の整理などでお困りの方は、必要なときに富士ヶ丘サービスへご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。