ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=6kweLc4MtxU
確認した動画: Nulbarich - It's All For Us (Official Music Video)(Nulbarich本人公式チャンネル)

節目の報告というのは、あらたまった場で改めて言葉にするより、日々の営みの延長でふと口にするほうが、かえって芯を食っていることがある。Nulbarich「It's All For Us」は、2021年12月22日に配信リリースされたデジタルシングルだが、この曲がまず発表されたのは、レコーディングスタジオでも記者会見の場でもなく、同年11月に完走した結成5周年記念ツアー「Nulbarich The Fifth Dimension TOUR 2021」の会場だったという[1][2]。ツアーの中でサプライズ的に披露され、その流れのまま配信リリースが決定した曲だと伝えられている。改まった発表の場を用意するのではなく、すでに走り続けている現場のただ中で新しい曲を鳴らしてみせる。この曲の成り立ちそのものに、ある種の姿勢が表れているように思える。

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:この曲は、1つの楽曲に対して2種類の公式映像が用意されている点が突出している。平牧和彦監督が芸人マツモトクラブを起用して撮った実写のミュージックビデオと、アニメーション作家・山田遼志によるアイコンキャラクター「ナルバリ君」中心のリリックビデオ[3][4][5]。歌詞から着想したというシュールな実写ドラマと、遊び心のあるアニメーションという、まったく手触りの違う2つの映像が同じ曲を挟んで並んでいること自体が、他の曲にはなかなか見られない厚みを持っている。曲そのものの開放感も歌詞の視野の広さも十分に魅力的だが、「1曲を2つの角度から映像化する」という制作側の力の入れ方まで含めて語れる強さで、主視点はMVがいいに置いた。

ツアーの現場で生まれた1曲

「It's All For Us」は、バンド結成5周年を記念した第1弾シングルとして位置づけられている[1]。過去5年間に起きた出来事や出会った人とのつながり、そしてこれから進んでいく先の見えない未来について、バンドなりの言葉で綴った1曲だと紹介されている[2][6]。振り返りと展望という、本来は別々の作業になりがちな2つを、1曲の中に同居させているところに、この曲の骨格があるように感じられる。制作の背景には、コロナ禍でライブという表現の場を失いかけた時期を経て、あらためて「人とのつながり」の大切さを実感したことがあったと伝えられており[6]、開放的でありながらどこか感謝の気配をまとったこの曲の温度は、そうした時期を経たからこそのものなのだろうと想像させる。

アートワークには、King GnuやMillennium Paradeの映像制作でも知られるアニメーション作家・山田遼志と、アートディレクターの大楠孝太朗がこの曲で初めてタッグを組んで起用されたという[1][7]。5年という時間の節目に、これまで一緒に仕事をしてこなかった新しい作り手を迎え入れる。過去を懐かしむだけでなく、その先へ視野を広げていこうとする意思が、制作体制の選び方にも表れているように感じられる。積み重ねてきたものを大切にしながら、同時に新しい風を入れることをためらわない。その姿勢は、節目を迎えるあらゆる場面に通じるものがあるように思う。

マツモトクラブが引き込む、シュールな実写MV

公式ミュージックビデオは、平牧和彦がNulbarichとして初めて手がけた監督作で、芸人のマツモトクラブが出演している[3][4]。楽曲の歌詞から着想を得た映像で、独特な世界観の中で展開されていく不思議なストーリーに、思わず引き込まれていくシュールな仕上がりになっていると伝えられている[3][4]。5周年という重みのあるタイミングに、あえて肩の力を抜いた映像を添える。この振れ幅の大きさもまた、この曲が単なる記念碑として作られたのではないことを感じさせる一因になっている。真面目な節目の言葉を、真面目な顔だけで語り切ろうとしない。どこかに遊びの余白を残しておくことで、かえって伝えたいことの輪郭がはっきりする場合がある。この曲とMVの組み合わせから、そういうことを教えられる気がする。

実際に映像を追ってみると、歌詞の言葉をそのままなぞるような説明的な絵にはせず、あくまで「不思議なストーリー」として一本の物語に仕立てているところに、監督のセンスが表れているように感じる。お笑い芸人という、通常のバンドMVではあまり主役に据えられない存在をキャスティングし、シュールな空気ごと画面を持たせる。派手な演出やドラマチックな展開で押すのではなく、独特の間や違和感を残したまま押し切る作りは、開放感のあるサウンドとはまた違う角度から、聴き手の記憶に引っかかりを作る。曲だけを聴いていたときには気づかなかった軽やかさや遊び心が、この映像を通すことではっきり見えてくる。

ナルバリ君が動き回る、もう1つのリリックビデオ

実写MVに続いて公開されたのが、アニメーション作家・山田遼志がディレクションを担当したリリックビデオである[5]。こちらは楽曲の世界観をアニメーションで表現したもので、バンドのアイコンキャラクター「ナルバリ君」が随所に登場し、自由奔放に動き回る姿を楽しめる、遊び心にあふれた作品になっていると伝えられている[5]。同じアートワークの流れを担った作家が、今度は歌詞そのものを映像化する側に回っているという構成も興味深い。ジャケットという静止した1枚の顔と、動き回るキャラクターという動的な表現、その両方を同じ作り手が手がけることで、ビジュアル全体に一貫した体温が保たれているように感じられる。

1つの楽曲に対して、実写のMVとアニメーションのリリックビデオという性格の異なる2つの映像表現を用意すること自体、この曲に込めた思いの多さを物語っているように思える。同じ曲でも、見る角度を変えれば違う景色が見える。5年という時間を1つの物差しだけで測るのではなく、複数の視点から捉え直そうとする姿勢が、映像展開の丁寧さからもうかがえる。マツモトクラブが体現するシュールな実写ドラマを先に見てから、ナルバリ君が跳ね回るリリックビデオを見ると、同じ「開放感」という言葉が、笑いの余白としても、無邪気な躍動としても表現できることに気づかされる。1本のMVだけでは伝えきれない曲の幅を、2本目の映像がきちんと補っている。

開放感のあるサウンドが聴かせるもの

楽曲は、開放感に満ち溢れたスタジアムロックを彷彿させる曲調だと紹介されている[1][2]。実際に聴いてみると、大きな会場の空気を吸い込むように音の輪郭が広がっていく感触があり、ツアーの現場で最初に鳴らされた曲だという背景と、驚くほど自然に重なって聴こえる。派手な高揚感を押し出すというより、5年間積み重ねてきたものが自然と満ちていくような、静かな解放感に近い印象を受ける。音数を詰め込んで押し切るのではなく、余白を残したまま音像を広げていく組み立て方に聴こえ、その余白のぶんだけ、聴く側の記憶が入り込む隙間があるように感じられる。

動員規模や販売実績、チャートの順位といった具体的な数字までは確認できていないが、ライブという生の場で育った曲らしい鳴り方だと感じる。歓声を受け止めるための音ではなく、これまで一緒に時間を過ごしてきた人たちと同じ景色を見るための音、というふうに聴こえてくる瞬間がある。スタジアムロックという言葉が示すのは、単に音量の大きさや会場の規模ではなく、多くの人が同じ方向を見て呼吸を合わせる時間の質のようなものではないかと思う。5年という時間を経て、バンドと聴き手のあいだにそういう呼吸の合わせ方ができてきたのだとすれば、この曲調の選び方にも納得がいく。

「私たち」という言葉が指す先

この曲の歌詞に丸ごと触れることはしないが、そのかわりに歌詞が向いている方向について考えてみたい。タイトルの「It's All For Us」、「私たちのために」という言葉には、バンド自身だけでなく、これまで応援してきたファンや、共に音楽を作ってきた仲間たちも含まれているように感じられる。過去5年の出来事、出会った人とのつながり、そしてまだ見えていない未来という3つの時間軸を、1つの「私たち」という言葉の中に畳み込んでいる作り方は、感謝を伝える歌にありがちな一方的な語りかけとは少し違う。誰かに向けて感謝を述べるというより、聴いている側もその「私たち」の一員として、一緒に景色を見ているような構造になっている。

コロナ禍でライブという表現の場を一時的に失いかけた経験を経てこの曲が生まれたと伝えられていることを踏まえると[6]、この歌詞の視野の広さにも納得がいく。当たり前に鳴らせていたはずの音を鳴らせない時期を経験したからこそ、「私たち」という言葉に込められる重みが増しているのではないか。声高に困難を歌うのではなく、その先にある開放感を歌うことを選んでいるところに、この曲の言葉の品の良さがあるように感じる。説明しすぎず、感謝を大きな主語でくるんで手渡す。そのやり方が、聴き手それぞれの「私たち」を思い浮かべさせる余白を残している。

会社を続けるということ、土地に根を張るということ

東京で働いていた頃は、節目という言葉を、区切りをつけて次に進むための合図のように捉えていた。プロジェクトが終われば次の案件、契約が切れれば次の契約。積み重ねというより、切り替えの連続だった。会社の中での節目も、辞令や異動という形で、ある日突然やってくるものだった。自分の意志とは別のところで区切りが決まり、それに合わせて生活のほうを調整していく。そういう働き方をしていた時期があった。

磐田に戻り、家や土地の相談を仕事にするようになってから、節目の感触が少しずつ変わっていった。土地は動かないし、家族の暮らしも簡単には切り替えられない。相談に乗った家が何年も先までそこに建ち続け、そこに住む家族の暮らしも続いていく。自分の仕事は、区切りをつけて次へ進むというより、長い時間の中に自分自身も組み込まれていくような感覚に近い。5年、10年という時間は、区切りというより、根がどれだけ深く張れたかを確かめる機会になっている。ツアーを重ねて5周年を迎えたバンドの時間の流れ方も、案外そういうものに近いのではないかと想像する。

「It's All For Us」というタイトルの「私たち」には、相談に来てくれた人、隣に住む人、家族といった存在が重なって見える。誰か一人のための決断ではなく、関わってきたすべての人と分かち合うものとして、節目はあるのだと思う。土地や家の話をしていると、当人だけでなく、その家族や、これから住むかもしれない次の世代のことまで視野に入ってくる場面が多い。そのたびに、自分の判断がどれだけ多くの「私たち」に関わっているかを、あらためて意識させられる。

休みの日に、家族と近所を歩くことがある。何年か前に相談を受けた家の前を通りかかると、庭に植木鉢が増えていたり、玄関先に子どもの自転車が置いてあったりする。そうした小さな変化を見るたびに、自分が関わった時間がこの土地のどこかに残っていることを実感する。仕事の成果というのは、契約書や書類の中だけにあるのではなく、こういう暮らしの風景の端々に残っていくものなのだと、この曲を聴きながら考えることがある。

これまでの5年、これからの5年

この曲を聴いていると、5年という時間の重さは、振り返って確かめるものであると同時に、次の5年をどう鳴らしていくかという問いでもあるのだと感じさせられる。ツアーの現場でサプライズ的に発表されたという成り立ちも、記念すべき節目にふさわしい大がかりな仕掛けというより、走り続けている日常の延長で新しいものを差し出すという、ごく自然な姿勢の表れに思える。実写MVとリリックビデオという2つの映像が、同じ1曲を違う角度から照らし出しているように、5年という時間もまた、1つの見方だけでは語りきれないのだろう。

そのたびに、これまで支えてくれた人たちへの感謝と、これから先へ進んでいく決意を、同じ音量で鳴らせる人間でありたいと思う。派手な祝祭ではなく、開放感のある、しかし静かな音の広がりで。相談に来てくれた人たちのその後の暮らしを見届けること、家族と過ごす時間を積み重ねること、そして磐田という土地に自分自身を根づかせていくこと。それらすべてが、自分にとっての「私たちのために」なのだと思う。

マツモトクラブが引き込むシュールな実写の世界と、ナルバリ君が跳ね回るアニメーションの世界。どちらか一方だけを見て終わりにするのではなく、両方を見比べることで初めて見えてくる曲の奥行きがある。開放感のあるサウンドに背中を押されながら、これまでの5年と、まだ見えないこれからの5年を、同じ手のひらの上に載せて眺めている。派手な祝祭ソングとしてではなく、日々の暮らしの中でふと流したくなる1曲として、これからも「It's All For Us」を聴き続けるだろうと思う。

参考リンク

音楽が2つの映像でその魅力を語り分けるように、家や土地にも、誰かが積み重ねた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。