小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」を初めて聴いたのは、小学6年生のときでした。この曲は1991年2月6日に発売されたシングル「Oh! Yeah!」に両A面として収録され、同年1月期にフジテレビ系列で放送された月9ドラマ『東京ラブストーリー』の主題歌として使われました[1]。ウィキペディアの記録によれば、オリコンの週間シングルチャートで1位、1991年度の年間シングルチャートでも1位を獲得し、売上枚数は270万枚近くに達したとされ、当時のCDシングルの売上記録を更新し、日本レコード協会からプラチナ認定を受けています[1]。テレビをつければ必ずどこかで流れているような時期があったことを、今でもぼんやり覚えています。
恋愛というものをまだよく知らない年齢で、この曲が描く突然の胸の高鳴りを、なんとなく分かったような気になっていたのを覚えています。もちろん、当時の自分にドラマの筋書きや大人の恋愛の機微が理解できていたわけではありません。ただ、イントロが流れ始めた瞬間の空気の変わり方、サビに向かって前のめりに加速していく感じだけは、子供なりに強く記憶に刻まれました。それから何千回と聴いてきたこの曲は、聴くたびに少しずつ違う意味を持って自分の中に積み重なっていきました。学生時代、東京での仕事、磐田に戻ってからの日々。生活の場面が変わるごとに、同じメロディが違う顔を見せてくれる、そういう曲との付き合い方を、この曲から教わったように思います。
この曲が長く語り継がれているのは、恋の始まりという誰もが経験する瞬間を、これ以上ないほど純粋な形で切り取っているからだと感じます。小田和正の伸びやかな声は、恋愛の駆け引きや複雑さではなく、ただ胸が高鳴るという単純で強い感情だけを真っ直ぐに歌い上げているように聴こえます。オフコース解散後、ソロとして独自の音楽性を追求していた時期の小田和正が、あえて誰の耳にもまっすぐ届く曲を作ったという事実そのものに、当時のリスナーは驚かされたのではないかと思います。作詞・作曲を小田和正自身が手がけていることも、この曲の一貫した手触りを支えている要素だろう[1]。
「Yes-No」への注文から、書き直された一曲
この曲の成り立ちには、比較的よく知られた経緯があります。文藝春秋の特集記事によれば、フジテレビ側から、オフコース時代の「Yes-No」と「君が、嘘を、ついた」を合わせたような、8ビートの情熱的な曲がほしいという要望が伝えられたとされています[2]。小田和正はその意向を汲み、三連符が連なっていくメロディのアイデアをもとに新たに曲を書き下ろしたと伝えられます。恋の始まりを描くにふさわしい疾走感は、この書き直しの過程で生まれたものだったようです。もともとのA面候補だった「Oh! Yeah!」は、第一生命のコマーシャル用に作られた曲で、小田和正にとっては感謝の気持ちを込めて初めてA面に据えたいと決めていた一曲だったと同記事は伝えています[2]。
面白いのは、レコード会社の担当者がこの曲を両A面にしてほしいと強く求めた際、小田和正がいったんは固く拒んだと伝えられている点です。文藝春秋の記事によれば、「一度決めたことに対して頑固だ」と評されるほどの強い思い入れがそこにはあったといいます[2]。それでも最終的には相手の熱意を受け入れる形で両A面での発売となったという経緯は、一つの曲が世に出るまでに、作り手だけでなく周囲の人間の熱意も重なっていたことを教えてくれます。ヒットというものは、曲そのものの完成度だけでなく、その曲を信じて押し切ろうとする人の存在があって初めて生まれるものなのかもしれません。
合宿の部屋飲みから生まれたイントロ
あの印象的なギターのイントロについても、興味深い逸話が伝えられています。文藝春秋の記事やギタリスト佐橋佳幸氏自身の証言を紹介する記事によれば、レコーディング合宿中の夜、その日の仕事を終えて部屋飲みをしていた際に、小田和正が「まだイントロに納得していない」と漏らしたのをきっかけに、同じ違和感を感じていた佐橋氏がスタジオに戻り、カウントの前にさらに1小節分を足して、3拍目の裏から6連で例のカッティングフレーズを弾いてみせたところ、小田和正が即座に「これだ」と反応した、というのが誕生の経緯とされています[2][3]。佐橋氏自身、後年になっても「なぜあのイントロを思いついたのか、今でもよく分からない。合宿みたいな環境じゃなかったら生まれなかったんじゃないか」と語っているそうで、狙って作り出したというより、合宿という限られた時間と場の中で偶然に近い形で降りてきたもののように読み取れます[3]。
ドラマの中では、ここぞという盛り上がる場面で主題歌が挿入されるという、当時としては新しい手法がとられたと伝えられています。ダイヤモンド・オンラインの記事は、こうした主題歌の挿入方法を含めて、この曲とドラマ『東京ラブストーリー』を「トレンディドラマ黄金期の大発明」の一例として位置づけています[4]。それまでのドラマ主題歌が、番組冒頭のタイトルバック程度でしか流れなかったのに対し、物語の感情が高まる瞬間に合わせて楽曲を挿入するという演出は、視聴者の記憶に強く残る仕掛けだったようです。曲そのものの完成度に加えて、映像との組み合わせ方そのものが新しかったという点は、この曲が主題歌の枠を超えてドラマそのものの熱量を体現する存在になった理由の一つだろうと感じます。三連符が積み重なるリズムの上に、まっすぐなメロディと素朴な言葉が乗ることで、聴き手の感情を煽り立てるのではなく、そっと後押しするような効果が生まれているようにも聴こえます。
子供の頃の憧れと、東京での現実
小学生の頃にこの曲を聴いていたときは、こんな熱い恋愛をいつか自分もするのだろうと、漠然とした期待を抱いていました。突然始まる運命的な出会い、抑えきれない胸の高鳴り。テレビドラマの主題歌として繰り返し流れていたこともあり、恋愛とはそういうものだという憧れが、自分の中に自然と形作られていきました。当時は歌詞の意味も、ドラマの登場人物たちが抱える複雑な感情も、ほとんど理解していなかったはずです。それでも、イントロが流れ始めた瞬間の高揚感だけは、誰に教わるでもなく体が覚えていました。音楽というものが、意味を理解する前に感情だけを先に届けてくることがあるのだと、今にして思えばこの曲が最初に教えてくれた一曲だったのかもしれません。
実際に東京で働き、人と出会い、恋愛を経験していく中で、現実はこの曲が描くほど劇的ではないことも多く知りました。仕事に追われる日々の中では、恋愛どころか誰かと落ち着いて向き合う時間を作ること自体が難しいこともありました。それでも、何千回と聴いてきたこの曲のおかげで、恋の始まりの瞬間に対する感度は、ずっと保たれていたように思います。年齢を重ねてから聴き直すと、この曲は単に恋の始まりを歌っているだけでなく、心が動く瞬間そのものの尊さを歌っているのではないかと感じるようになりました。三連符が連なる譜割りのせいか、サビに向かうにつれて拍が前のめりに急いていくように聴こえ、それが「待てない」「抑えられない」という感情の焦りを音そのもので表しているように思えます。
恋愛に限らず、仕事での出会い、新しい土地との出会い、思いがけない発見。「突然に」訪れる心の高鳴りは、人生のあらゆる場面に存在します。小学生の頃には気づかなかった、この曲の広がりのある本質です。東京にいた頃は、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、この曲を聴いてもただ懐かしさだけを感じることが多かったように思います。ところが年齢を重ね、生活の場所が変わり、関わる人が変わっていくにつれて、同じメロディから受け取るものが少しずつ違ってきました。曲そのものは何も変わっていないのに、聴く側の生活が変わることで曲の輪郭が変わって聴こえる。これも、何千回と繰り返し聴いてきたからこそ気づけたことなのかもしれません。
不思議なもので、この曲を繰り返し聴いてきた年月の分だけ、自分自身の生活も積み重なってきました。東京で駆け出しだった頃に聴いていたときの心境と、家業を継ぐために磐田へ戻ってきた頃に聴いていたときの心境は、同じ曲でありながら明らかに違います。仕事に慣れず焦りばかりが先立っていた時期には、この曲のイントロが流れると、まだ何も始まっていない頃の高揚感を思い出させてくれる存在でした。逆に、家族との時間や地元での暮らしが落ち着いてきた今聴くと、当時感じていた焦りそのものが懐かしく、少し愛おしいものとして思い出されます。一つの曲が、聴き手の人生の節目節目に違う役割を果たしてくれるというのは、ありふれているようでいて、なかなか得難いことだと感じます。
言葉数の少なさが残す余白
歌詞そのものをここで丸ごと取り上げることはしませんが、この曲の言葉づかいについて少し触れておきたいと思います。歌ネットに掲載されている歌詞を確認すると、使われている言葉は決して難しくなく、恋の始まりの瞬間を指す表現がシンプルに繰り返される構成になっています[5]。特定の状況や相手の人物像を細かく描写するのではなく、「その瞬間」に焦点を絞っていることが、この曲を聴く人それぞれの記憶に重ね合わせやすくしているのだと思います。恋愛ドラマの主題歌でありながら、歌詞の中に登場人物固有の事情がほとんど描かれていないため、聴く側は自分自身の「あの日あの時」を自由に思い浮かべることができます。この余白の広さは、曲が発表されてから30年以上が経った今も色褪せずに聴かれ続けている理由の一つだろうと感じます。言葉数を絞り込み、感情の核だけを残すという書き方は、派手な比喩や技巧に頼らない分、聴き手の人生経験によって受け取り方が変わる懐の深さを持っています。子供の頃はただの憧れとして受け止めていたものが、大人になってからは、心が動く瞬間そのものの尊さを教えてくれる言葉として響いてくる。歌詞そのものの強度というより、余白の設計が優れているという点で、この曲の歌詞は高く評価できると思います。
磐田で、突然の出会いを大切にする
磐田に戻り、家や土地の相談を受ける仕事をする中で、この曲を聴く機会はむしろ増えました。相談に来られる方との出会いも、ある意味では突然のものです。それまで縁のなかった方が、ある日ふと相談に訪れ、その方の人生の大切な局面に関わらせていただく。そこには、恋愛とは違う種類の、しかし確かな心の動きがあります。家や土地というものは、多くの場合、長い時間をかけて積み重ねられてきたものです。けれどもその先の決断は、ある日突然、思いがけないきっかけで動き出すことが少なくありません。親の入院、家族との会話、ふと目にした空き家の姿。きっかけそのものは些細でも、そこから始まる変化は、当人にとって決して小さなものではないのだと、この仕事を通じて実感してきました。
この曲を聴きながら車で現地に向かう時間が、これまで何度もありました。相談内容がどれほど重いものであっても、車内でイントロが流れ始める瞬間だけは、不思議と背筋が伸びるような感覚があります。それは恋の始まりの高鳴りとは種類が違うものですが、これから誰かの人生の局面に立ち会うのだという緊張と、それに応えたいという気持ちが入り混じった、確かな高揚感です。土地に根を張って生きるということは、変化を避けることではなく、むしろ突然訪れる変化を、その土地の中でどう受け止めるかを問われ続けることなのだと、この仕事を続けるほどに感じるようになりました。
何千回とこの曲を聴いてきた自分にとって、「突然に」という言葉は、予測できない出会いや変化を恐れず、むしろその瞬間を大切に受け止める姿勢を教えてくれるものになっています。三連符を思いついたときの小田和正や、合宿の部屋飲みの席でイントロを思いついたという佐橋佳幸のように、狙って作ろうとしていたわけではないものが、限られた時間の中で不意に形になる瞬間があるのだと、この曲の成り立ちを知るたびに思います。仕事の中でも、準備していたものとは違う形で答えが訪れることがあります。家族と暮らす土地、日々通う仕事場、そうした変わらないものの中にいるからこそ、不意に訪れる変化を落ち着いて受け止められるのかもしれません。
公式ミュージックビデオではなく、音源そのもので聴く曲
今回この記事の元にしたYouTubeリンクで確認できるのは、投稿チャンネル「Kazumasa Oda - Topic」による公式音源の投稿で、映像はジャケットアートワークなどを表示する自動生成の画面であり、物語や演出を伴う公式ミュージックビデオではありません。検索を重ねても、この曲について、映像作家による物語仕立ての公式MVが公開されているという確認できる情報には行き着きませんでした。1991年当時、ドラマ主題歌のミュージックビデオという文化自体が今ほど一般的でなかったことを踏まえれば、これは不思議なことではないと思います。むしろこの曲は、映像に頼らずとも、テレビドラマの劇中で流れる形で強烈な印象を残してきた稀有な例だと言えるでしょう。ドラマの一場面と結びついた記憶こそが、多くの人にとっての「この曲の映像」なのだと思います。そう考えると、公式MVという枠組みでこの曲を評価すること自体が、少し的外れなのかもしれません。とはいえ、大石セレクションでは確認できる事実に基づいて評価する必要があるため、物語性のある公式MVが確認できない現状を踏まえ、MVがいいは★1としています。もし今後、公式チャンネルから新たな映像作品が公開されることがあれば、あらためて聴き直してみたいと思います。
参考リンク
- [1] ラブ・ストーリーは突然に - Wikipedia
- [2] 「なんであのイントロが思いついたのか」小田和正が『ラブ・ストーリーは突然に』のA面差し替えを拒んだ"納得の"理由(本の話/文藝春秋)
- [3] 【佐橋佳幸の40曲】小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」あの超有名イントロ誕生の秘密!(Re:minder)
- [4] 小田和正《ラブ・ストーリーは突然に》にチャゲアス《SAY YES》、主題歌も大ヒットさせた「トレンディドラマ黄金期の大発明」(ダイヤモンド・オンライン)
- [5] 小田和正 ラブ・ストーリーは突然に 歌詞 - 歌ネット
音楽は、聴くたびに聴き手の生活を映して姿を変えていきます。家や土地にも、同じように誰かの暮らしと記憶が積み重なっています。
静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。