タイトルだけを見ると、いさかいの歌のように思えるかもしれません。けれど実際に流れてくる音は、拍子抜けするほど明るく、遊び心にあふれています。犬派かキャット派かという、結局どちらでもいいはずの話題を、死ぬまで喧嘩しようというくらい大事に育てていく。その逆説の中に、この曲のいちばんの芯があるように聴こえます。「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」は、2017年4月19日にリリースされたOfficial髭男dismの3rdミニアルバム『レポート』に収録された楽曲で、作詞・作曲は藤原聡、編曲はOfficial髭男dismとJazzin' parkの久保田真吾によるホーン・アレンジが加わっています。まだ大きな会場でライブをしていなかった時期のバンドが、身の丈の中で精一杯遊び、精一杯本気で書いた一曲だったのだろうと思います。ミュージックビデオは2017年3月17日に、この記事で取り上げているライブ映像は「異端なスター」とあわせて同年9月7日に公開されました。もう1曲についても別記事でご紹介しています。自分がこの曲を知ったのは、もっとずっとあとのことでした。結婚式の余興か何かの動画で偶然流れてきて、タイトルの馬鹿馬鹿しさに笑い、それでいて妙に胸に残ったのを覚えています。些細な喧嘩を一生分楽しもうという発想は、若い頃には気づけなかった種類の愛情表現だったからです。磐田で家や土地の相談を受ける仕事をしていると、長年連れ添った夫婦のちょっとした言い合いに立ち会う場面が少なくありません。あの些細なやり取りの奥にあるものを、この曲はうまく言い当てているように感じます。制作の背景、曲の作り、そして自分の記憶を行き来しながら、この一曲について書いておきたいと思います。
ライブハウス時代の遊び心
『レポート』というアルバムタイトルには、まだ広く名前が知られる前のバンドが、自分たちの現在地を淡々と報告するような響きがあります。全7曲入りのこのミニアルバムには、「始まりの朝」や「異端なスター」と並んで「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」が収められました。ギタリストの小笹大輔さんは、間奏に猫の鳴き声のようなギターのフレーズを忍ばせたと語っており、アルバム全体の音作りに遊び心があったと振り返っています。真面目にふざける、というのはうまく言い当てた表現だと思いますが、この曲にもまさにその気配が漂っています。夫婦の些細な喧嘩というテーマ自体が、深刻ぶらずに愛情を歌うための入り口として選ばれたのだろうと聴こえてきます。赤い公園というガールズバンドがコーラスで参加している点も見逃せません。当時、髭男と赤い公園は同じ音楽シーンの中で並走していたバンド同士で、互いの現場を行き来していた時期でもあったようです。バンド間の交流がそのまま音に残っているというのは、今こうして聴き返すと、記録映像のような趣もあります。自分は仕事柄、地元の工務店や職人さんたちと、現場を越えて助け合う場面を何度も見てきました。持ちつ持たれつで作られていくものの温度は、業種が違っても似ているのかもしれません。
アルバム『レポート』が世に出た2017年前後、Official髭男dismはまだメジャーデビュー前で、ライブハウスを中心に活動していた時期にあたります。のちに大きな会場を満員にするバンドになることを、当時どれだけの人が想像できていたでしょうか。この曲を聴いていると、売れることを前提に計算し尽くされた曲ではなく、目の前のファンを楽しませたいという単純な動機から生まれた曲のように感じられます。犬か猫かという他愛のない対立軸を選んだセンスにも、肩の力の抜けた自由さがあります。自分が磐田に戻り、家業を継いで間もない頃も、似たような手探りの時期がありました。誰に評価されるかもわからないまま、目の前の依頼主一人ひとりのために仕事を積み重ねていく。派手さはなくとも、その積み重ねの先に今があるのだと思うと、この曲の生まれ方にも重なるものを感じます。
喧嘩のかたちをした愛の歌
この曲を音楽的に眺めると、いわゆるバラードやミディアムテンポの落ち着いた曲とは対照的な、軽快でポップなアップテンポの構成になっているように聴こえます。ホーン・アレンジが加わっていることで、コーラスのかけあいや管楽器の躍動感が曲全体を明るく彩っており、結婚式の披露宴で流されると自然と場が沸くような、開放的な鳴りをしています。ボーカルの歌い方も、深刻さを匂わせるところがほとんどなく、むしろおどけたようなニュアンスを含みながら軽やかに歌が転がっていく印象です。歌詞の中身に踏み込むことは控えますが、雰囲気としては、これから先ずっと一緒にいようという誓いを、真正面から歌うのではなく、ちょっとしたユーモアを挟みながら伝えているように感じられます。喧嘩というモチーフを使いながら、実際に描かれているのは信頼と安心のようなものではないかと、自分は聴くたびに思います。結婚式のケーキ入刀のシーンなどで選ばれることが多いとも伝えられており、明るく祝祭的な場面によく合う曲として長く親しまれてきたようです。派手なヒットチャートの記録を打ち立てた曲というより、時間をかけてウェディングソングの定番として根付いていった一曲、というのがこの曲の実像に近いのではないかと思います。
編曲にホーンセクションを加えるという判断も、この曲の性格をよく表しているように思います。管楽器の音は、電子音やギターの歪みと比べて、どうしても祝祭的な響きを帯びます。結婚式の余興動画や披露宴のBGMとして選ばれることが多いのも、単に歌詞のテーマが結婚と結びついているからだけではなく、音そのものが華やかな場に馴染む作りになっているからではないかと聴くたびに思います。サビに向かって音数が増えていく組み立ても、聴き手の気分を自然と持ち上げていくように感じられ、難しい理屈を並べなくても、体がリズムに乗ってしまう作りになっているようです。技巧を凝らした曲ではなく、まっすぐに楽しさを届けるために選ばれた技巧、という言い方のほうが近いのかもしれません。
些細な言い合いが、関係を育てる
東京で働いていた頃、夫婦や長年の友人との些細な意見の食い違いに、何度も付き合わされたことがあります。当時は面倒に感じることもありましたが、今になって振り返ると、あの些細なやり取りこそが、関係を深める潤滑油になっていたのだと気づかされます。犬派かキャット派かというテーマは、結局どちらでもよく、勝ち負けもつかない話題です。それでもあえてそこに拘って死ぬまで喧嘩しようというのは、深刻な対立を避けながらも、相手と関わり続けたいという気持ちの表れなのだと思います。自分自身、家庭を持ってからというもの、些細なことで意見がぶつかる場面が何度もありました。夕飯の献立、休日の過ごし方、子どもの習い事の送り迎え。どれも人生を左右するような大きな話ではありません。けれど、そういう小さなぶつかり合いを重ねてきたからこそ、今の穏やかな暮らしがあるのだとも思います。この曲が歌っているのは、たぶんそういう種類の喧嘩です。憎しみでも意地の張り合いでもなく、まだこの人と話し続けたいという気持ちの延長にある喧嘩。そう考えると、タイトルの馬鹿馬鹿しさが、急に愛おしく思えてきます。
結婚を決めた頃のことを思い出すと、自分たちも似たようなくだらない言い争いを重ねていた気がします。カーテンの色、休みの日の過ごし方、実家との付き合い方。今振り返れば、どれも笑い話にできるようなことばかりですが、当時は真剣そのものでした。おそらくどの夫婦にも、それぞれの「犬かキャットか」があるのだと思います。決着をつける必要のない話題を、それでも大事に喧嘩し続けられるというのは、実はとても幸福な状態なのかもしれません。本当に関係が壊れかけているときは、些細なことで喧嘩をする余裕すらなくなるものです。だからこそ、他愛のない喧嘩ができるということ自体が、その関係の健やかさを示しているのではないかと、この曲を聴きながら考えるようになりました。
友人の結婚披露宴でこの曲が流れたとき、隣に座っていた同僚が「うちも似たようなことで喧嘩してますよ」と笑っていたのを覚えています。犬派と猫派、朝型と夜型、片付ける人と散らかす人。どの夫婦にもきっと、譲れないようで譲れる、譲れないようで譲らなくてもいい、そんな小さな対立の種があるものです。この曲が多くの結婚式で選ばれてきたのは、歌詞そのものが特別だからというより、聴く人それぞれが自分たちの「犬かキャットか」を思い浮かべられる余白があるからではないかと思います。誰の人生にも当てはまる大きなテーマではなく、それぞれの家庭にしかない小さな喧嘩のかたち。そこに寄り添えるところに、この曲の息の長さがあるのかもしれません。
磐田で見つめる、些細な喧嘩の豊かさ
磐田で家や土地の相談を受けていると、長年連れ添った夫婦の、些細だけれど愛情のこもったやり取りに触れることがよくあります。実家の片付けや相続の相談で訪ねたお宅で、犬派の夫とキャット派の妻が、亡くなった親の遺した古い猫の置物をどうするかで軽く言い合っている場面に出くわしたことがありました。深刻な相続の話の合間に挟まれた、その他愛のないやり取りに、思わず頬が緩んだのを覚えています。土地や家という重いテーマを扱う仕事をしていると、人と人との関係の重さと軽さが、同じ時間の中に同居していることをよく実感します。「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」が体現する、些細な喧嘩さえ愛おしいという関係性は、そうした長く続く絆の豊かさを、あらためて教えてくれるように思います。父を亡くしたあと、遺品を整理しながら、生前の父と母が交わしていたたわいない言い合いを、ふと思い出すことがありました。あの些細な喧嘩の一つひとつが、今となっては一生分の記憶として残っています。この曲のタイトルにある「死ぬまで喧嘩しよう」という言葉は、裏を返せば「死ぬまで一緒にいよう」という約束なのだと、磐田の家々を訪ねる仕事を続けてきた今は、素直にそう受け取れる気がしています。
今、自宅の居間でこの曲をかけると、家族が思い思いの反応をします。子どもはホーンの音に合わせて手拍子を打ち、連れ合いは「うちも犬派と猫派で揉めたよね」と懐かしそうに笑います。派手なヒットチャートの記録が残る曲ではないかもしれませんが、こうして一つの家庭の日常に静かに入り込み、何度も再生される曲があるということ自体が、一つの豊かさなのだと思います。土地や家を扱う仕事をしていると、数字に表れる資産価値と、数字には表れない暮らしの手触りの両方を見ることになります。この曲もまた、チャートの記録よりも、誰かの結婚式や誰かの居間で静かに流れ続けているという事実のほうに、本当の値打ちがあるように思えてなりません。犬派と猫派、どちらが正しいかという答えは、この曲を何度聴いても出ません。おそらく最初から、答えを出すための曲ではないのだと思います。答えの出ない話題を、それでも投げ出さずに一緒に喧嘩し続けられる相手がいる。そのことの豊かさを、静かに教えてくれる曲として、これからも自分の暮らしのそばに置いておきたいと思っています。
参考リンク
- レポート (アルバム) - Wikipedia
- Official髭男dism 全アルバム紹介 - DIGLE MAGAZINE
- 犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう! / Official髭男dism - WiiiiiM(ウィーム)
- 犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう! ウィームPick Up
- 結婚式のBGMに使いたいOfficial髭男dismの人気曲8選 - DRESSY
- 「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」MV - Official髭男dism公式サイト
- レポート | Official髭男dism | ORICON NEWS
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