ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=Vho5jBUfR28
確認した動画: Official髭男dism - コーヒーとシロップ[Official Video](Official髭男dism公式チャンネル)

4月の終わりから5月にかけて、新しく社会に出た人たちの表情が少しずつ曇っていく時期がある。私自身、東京で働いていた頃、5月の連休明けにふっと力が抜けるような感覚を覚えたことが何度もあった。「コーヒーとシロップ」という曲を初めて聴いたとき、真っ先に浮かんだのはその感覚だった。甘さでごまかしながらも飲み干していく苦さ、というものが、この曲のタイトルにはそのまま宿っている。派手なメロディで盛り上げる曲ではないのに、聴き終えたあとにじんわりと体温が上がるような、不思議な後味が残る一曲である。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★☆☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:この曲の核は、なんといっても言葉である。ボーカルの藤原聡が、自身が会社員として働いていた実体験をもとに書いたと伝えられている歌詞は、社会に出たばかりの人間が抱える不甲斐なさや焦りを、飾らない言葉で正面から描いている[4][5]。曲そのものは、ミディアムテンポで丁寧に組み立てられた良曲ではあるが、後年の髭男の楽曲群と比べると展開の仕掛けは控えめで、主役を張るタイプの構成ではない。MVも、新入社員を主人公にした素直な作りで、テーマをまっすぐに伝えてはいるものの、映像表現そのものが記憶に残る力を持っているとまでは言い切れない。だからこそ、この曲を語るときに最も強く残るのは、等身大の言葉が持つ説得力である。それを踏まえて、主視点は歌詞がいいに置いた。

新社会人という、まだ名前のない時期の歌

「コーヒーとシロップ」は、Official髭男dismが2016年6月15日にリリースした2ndミニアルバム『MAN IN THE MIRROR』に収録された楽曲である[1][2]。作詞・作曲はボーカル&キーボードの藤原聡によるもので、彼自身がその年の2月まで会社員として働いていた経験がもとになっていると伝えられている[4][5]。バンドとしてまだ大きく世に知られる前、藤原はスーツを着て働きながら曲を作っていた時期があった。そのことを踏まえてこの曲を聴くと、歌詞の端々に漂う生々しさにも納得がいく。ミュージックビデオは2016年4月28日に公開され、ある企業に入ったばかりの新入社員を主人公に据え、自分の力不足に悩みながらも、いつか一人前になるために今日を頑張ろうとする姿を描いている[3][6]。公開時期がちょうど新入社員が現実の壁にぶつかり始める4月末というタイミングだったことも、この曲が多くの社会人に届いた理由のひとつだったのではないかと思う。

『MAN IN THE MIRROR』というアルバムタイトルは、マイケル・ジャクソンの同名曲を思わせるものであり、「鏡に映るのは本当の自分か」を問いかける作品として構成されていたと紹介されている[7]。全6曲のミニアルバムの中で、「コーヒーとシロップ」はリードトラックの位置に置かれており、当時まだ全国的な知名度を得る前のバンドが、自分たちの等身大の姿を最も正直に見せようとした一曲だったと言える。

丁寧に運ばれる、飾らないメロディ

曲そのものについて言えば、「コーヒーとシロップ」は決して地味な楽曲ではない。ミディアムテンポのリズムに、ピアノとバンドサウンドが丁寧に重なっていき、サビに向かって少しずつ体温が上がっていくような構成になっている。イントロから力任せに押してくるタイプの曲ではなく、Aメロで語りかけるように始まり、Bメロで少し感情が揺れ、サビでようやく本音がこぼれる。そうした段階を踏む構成そのものが、新社会人が少しずつ本音を漏らしていく様子と重なって聴こえる。ただ、後年の髭男の楽曲、たとえば大ヒットとなる作品群と比べると、転調やリズムの仕掛け、耳に残るフレーズの強さという点では、まだ発展途上の手触りも残っている。とはいえ、それは弱さというより、飾り気のなさとして受け取るべきものだろう。この時期の髭男は、技巧よりも「伝える」ことを優先していたように思える。だからこそ、サビでのメロディの上がり方は、決して派手ではないのに、聴くたびに胸の奥が少し温かくなる。それは、曲の完成度の高さというより、言葉と声とメロディがちょうどよい距離感で寄り添っている、そのバランスの良さによるものだと思う。

「飲み干して」という言葉に宿る、静かな強さ

この曲の歌詞をそのまま書き写すことはしないが、その言葉が向かっている先については触れておきたい。「コーヒーとシロップ」というタイトルは、苦いコーヒーに甘いシロップを足して飲み干すという行為を通して、うまくいかない日々や、消化しきれない感情を、それでも自分の中に取り込んで前に進んでいく姿を描いていると受け取れる[4][5]。歌詞の随所には、社会に出たばかりの人間が感じる、理想と現実のずれや、期待に応えられない自分への苛立ちが率直に綴られていると評されている[4]。それでいて、この曲は弱音を吐くだけで終わらない。悔しさや情けなさを抱えながらも、それを飲み込んで次の一歩を踏み出そうとする意志が、随所ににじんでいる。難しい比喩や凝った言葉遊びに頼るのではなく、誰もが一度は感じたことのある感情を、そのままの温度で言葉にする。その率直さこそが、この歌詞の一番の強さだと思う。書いた本人が実際に会社員だったという背景を知ってから聴き直すと、決して他人事として書かれた歌詞ではないことがわかる。自分自身のために書いた言葉が、結果として同じ立場の誰かの支えになった。そういう順番で生まれた歌詞は、聴く側の胸にすとんと落ちてくるものがある。

スーツを着ていた頃の記憶と、磐田で聞く相談ごと

私自身、東京で働いていた頃、右も左もわからないまま先輩の背中を追いかけていた時期があった。うまくいかない日が続くと、駅前のコーヒーショップで甘いカフェラテを頼み、少しだけ気分を持ち直してからまた電車に乗る。そんな小さな儀式を繰り返していたことを、この曲を聴くとふと思い出す。今、磐田で介護と不動産の仕事をするようになってからも、似たような場面に出会うことがある。相続した実家の片づけや空き家の相談に来られる方の中には、まだ社会人になって間もない子どもの世代が、慣れない手続きや親族間の話し合いに戸惑いながら向き合っているケースが少なくない。書類の意味がわからず不安そうな顔をする人、電話口で声が少し震えている人。そうした場面に接するたびに、この曲が歌っている「不甲斐なさを飲み込みながら前に進む」という感覚を、私は職業を通じても思い出すようになった。誰しも、最初から一人前だった人はいない。苦さをそのまま抱え込むのではなく、自分なりの甘さを少し足しながら、それでも飲み干していく。そういう姿勢は、新社会人に限らず、人生の節目に立つすべての人に通じるものだと思う。

この曲がリリースされてから10年近くが経ち、Official髭男dismは日本を代表するバンドのひとつになった。「Pretender」や「Subtitle」といった大ヒット曲を生み出す以前、まだ会社員としての日々を引きずりながら曲を作っていた藤原聡の姿を、「コーヒーとシロップ」は今でも静かに記録している。大きくなったバンドの原点に、こうした等身大の一曲があったことを知ると、聴き方が少し変わってくる。

参考リンク

苦さを飲み込みながら前に進む日々があるように、実家や土地の整理にも、少しずつしか進められない時間があります。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。