「もう最後にしよう」と思った恋が、本当に最後になったことは、自分の人生を振り返ってもそう多くありません。何度目かの「これで最後」を繰り返しながら、それでも懲りずにまた誰かを想ってしまう。そういう往復運動そのものを、こんなに率直なタイトルにしてしまう潔さに、私は最初にこの曲と出会ったとき、思わず笑ってしまいました。「最後の恋煩い」というタイトルは、失恋の歌にありがちな湿っぽさとは少し違う場所に立っています。むしろ、恋に振り回される自分を少し離れたところから見つめている、そんな余裕のようなものが感じられるのです。私が東京で働いていた頃、仕事帰りの電車の中で誰かのことをぼんやり考えては、翌朝には忘れたふりをして出社する、という日々を繰り返していた時期がありました。今回はスタジオライブ映像を確認したうえで、この曲がどんな響き方をするのか、あらためて聴き直してみました。
ドラマ主題歌として生まれた、恋の後始末の歌
「最後の恋煩い」は、Official髭男dismのメジャー1stアルバム『Traveler』(2019年10月9日リリース)に収録された楽曲で、作詞・作曲はボーカルの藤原聡、編曲はOfficial髭男dismによるものです[1][2]。この楽曲は、2020年3月31日にカンテレ・フジテレビ系で放送されたスペシャルドラマ『U-NEXT presents あと3回、君に会える』の主題歌として起用されました[2][3]。アルバム収録から半年ほど時間を置いて、ドラマというかたちで多くの人の耳に届いたことになります。バンド側のコメントによれば、この楽曲は「もう最後の恋煩いにしよう、悩むのはやめよう」という決意と、それでも「また誰かを想い、憂いてしまう」という葛藤の連鎖を描いたものだと語られています[3]。人生の複雑さ、幸か不幸かも解らないという感覚を歌に込めた、というこの言葉が、私にはとても腑に落ちました。恋は、いつも一直線に終わったり始まったりするわけではありません。終わったつもりでも、心のどこかに未練の種が残っていて、ふとした瞬間にまた芽を出す。そういう人間くさい往復運動を、タイトルからすでに正直に差し出している曲なのだと思います。
今回参照したのは、2020年3月27日に公式YouTubeチャンネルで公開されたスタジオライブ映像です[3]。ホールツアーと同様、ホーン隊とパーカッション、キーボードを加えた9人編成での録音で、グルーヴィーな演奏と藤原の伸びやかなボーカルを堪能できる内容になっています[3]。物語のあるミュージックビデオとは違い、演奏そのものに焦点を当てた映像である、という点は先にお伝えしておきたいと思います。
フェンダーローズが作る、都会の夜の質感
この曲を特徴づけているのは、藤原がフェンダーローズとウーリッツァーで弾いたというエレクトリックピアノの音色です[4]。四つ打ちのビートに、小気味よいカッティングとブラスセクションが重なり、アーバンな雰囲気とグルーヴ感を同時に生み出しています[4]。イントロからすでに、湿った夜の空気というより、少し乾いた都会の夜、ネオンの光がアスファルトに滲むような質感が漂っています。Aメロでは抑え気味に進み、サビに向けて少しずつ音数と熱量が増していく構成も、恋に落ちていく過程そのものをなぞっているように聴こえます。ボーカルの藤原の歌い方は、感情を爆発させるというより、少し諦めを含んだ余裕のある声で紡がれていて、それがこの曲の「もう最後にしよう」という決意と「それでも」という揺らぎの両方を同時に表現しているように感じます。スタジオライブ映像で聴くと、スタジオ録音よりもブラスの生々しさや、鍵盤の粒立ちがよく分かり、9人編成のグルーヴがどれだけ緻密に組み立てられているかが伝わってきます。間奏でホーンセクションが前に出てくる瞬間、体が自然に揺れるような高揚感があり、これは間違いなくスタジオ演奏の実力があってこそのものです。ただ、演奏の完成度が高い分、曲そのものの独自性という点では、他の髭男楽曲と比べてやや直球すぎるという印象も残ります。だからこそ私は、この曲の一番の主役は音よりも言葉にあると感じました。
「もう最後」と言いながら、また始まってしまう心の動き
歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、この曲が描いている感情の輪郭について触れておきたいと思います。「最後の恋煩い」というタイトルは、一見すると失恋を終わらせる宣言のように聞こえます。しかし歌詞全体を追っていくと、それは一度きりの決意ではなく、何度も繰り返されてきた決意のひとつであることが見えてきます[3][5]。恋に落ちて、悩んで、傷ついて、「もうこれで最後にしよう」と自分に言い聞かせる。けれど、しばらくすると同じような感情がまた顔を出す。そのループを、恥ずかしがるでも開き直るでもなく、少し苦笑いを浮かべながら受け入れているような視点がこの歌詞にはあります。恋愛経験の浅いうちは、恋の終わりを「もう二度と」という強い言葉で語りたくなるものです。しかし年齢を重ねると、そんな強い言葉のほうが実は脆いということに、多くの人が気づいていきます。「最後」という言葉を使いながら、心のどこかでそれが最後にならないことを分かっている。その大人の諦観とユーモアの同居が、この歌詞の一番の強さだと私は思います。誰に向けた言葉なのかを一人称で語りながらも、聴く人それぞれの過去の恋を思い出させる普遍性がある。10代で聴くのと、30代や40代で聴くのとでは、きっと同じ歌詞でも刺さる場所が違うはずです。
東京での日々と、磐田で聞く「もう最後」という言葉
私自身、東京で働いていた頃、何度か「これで最後の恋にしよう」と思ったことがあります。忙しい仕事の合間、深夜にひとりで駅のホームに立っているとき、ふと誰かの顔が浮かんでは、翌朝にはまた仕事に追われて忘れる。そんな繰り返しの中で、恋はいつも中途半端なまま置き去りにされていったように思います。あの頃の自分に「最後の恋煩い」を聴かせたら、きっと今よりもずっと切実に響いたことでしょう。磐田に移り住み、介護と不動産の仕事をするようになってから、私は多くの方の「終わり」に立ち会う機会が増えました。実家を手放す決断、親を看取ったあとの空き家の整理、長年連れ添った家を離れる決断。そのどれもが、恋と同じように「もう最後にしよう」という決意と、離れがたい未練とのあいだで揺れ動いています。ある方は、亡くなった伴侶と暮らした家をなかなか手放せずにいました。「もう気持ちの整理はついたはずなのに、いざとなると足がすくむ」とおっしゃっていたのを覚えています。恋煩いも、家や土地への未練も、根っこにあるのは同じ感情なのかもしれません。「終わりにする」と決めることと、実際に心が終わることのあいだには、いつも小さな時差がある。この曲を聴くたびに、私はそうした人間らしい時差のことを思い出します。
参考リンク
- [1] Official髭男dism「最後の恋煩い」歌詞ページ - 歌ネット
- [2] Official髭男dism「最後の恋煩い」 - レコチョク
- [3] Official髭男dism、地上波SPドラマ主題歌「最後の恋煩い」のスタジオライブ映像公開 - Billboard JAPAN
- [4] Traveler (Official髭男dismのアルバム) - Wikipedia
- [5] 大人の胸キュンソング、Official髭男dism「最後の恋煩い」を解説! - UtaTen
「もう最後にしよう」と思う気持ちと、なかなか終われない未練は、恋にも、家や土地への想いにも、同じように存在します。
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