ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=fTwAz1JC4yI
確認した動画: 岡崎体育「MUSIC VIDEO」Music Video(岡崎体育Official Channel)

2016年、メジャーデビューアルバム『BASIN TECHNO』のリード曲として発表された岡崎体育「MUSIC VIDEO」は、邦楽のミュージックビデオにありがちな演出パターンを、そのまま歌詞にして再現するという、前代未聞の一曲だ[1]。「カメラ目線で歩きながら歌う」「急に横からメンバー出てくる」「2分割で男女を歩かせて最終的に出会わせる」といった、誰もが一度は見たことのある「あるある」を、律儀に全て映像として再現していく[1]。この曲は後に、第20回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門で新人賞を受賞している[2]

大石セレクション:MVがいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★☆☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★★

選定理由:この曲の歌詞は「MVでよくある演出」を列挙するという構造を持っており、その歌詞をそのまま忠実に映像化するという、歌詞とMVが完全に一体化した稀有な作品だ。文化庁メディア芸術祭という公的な場で新人賞を受賞したという事実が[2]、この映像的な発明性を何よりも雄弁に証明している。曲そのものやメロディの魅力ももちろんあるが、この作品の本質は間違いなく「映像そのものが主役になる曲」という逆転の発想にある。だからこそ主視点をMVがいいに置いた。

スーパーのアルバイトから、メジャーデビューへ

岡崎体育は本名を岡亮聡といい、1989年7月3日、兵庫県西宮市生まれ[3]。1992年に京都府宇治市へ移り住んだ。母親がロックバンドQueenの追っかけをしていたという家庭環境の影響で、幼少期から海外のロックバンドに親しんで育ったという[3]。同志社大学を卒業後、一度は一般企業に就職したものの、音楽への夢を諦めきれず半年で退職。地元の宇治のスーパーマーケットでアルバイトをしながら音楽活動を続けていたところ、2014年、アマチュアとして出演していたライブでのパフォーマンスがソニー・ミュージックの関係者の目に留まり、育成契約を経て、同年5月にアルバム『BASIN TECHNO』でメジャーデビューを果たした[3]。スーパーのレジ打ちをしながら音楽を続けていたという経歴は、決して華やかなサクセスストーリーではないかもしれない。しかし、その泥臭い積み重ねの先に、この後紹介する「MVあるある」を誰よりも冷静に観察できる視点が養われていったのではないかと想像する。

ディスではなく、リスペクトとしての「あるある」

この曲がSNSを中心に爆発的に拡散された際、岡崎体育は自身のツイッターで「誰のこともディスってないし、バカにしてるわけでもないし、否定してるわけでもない」と発信し、全てのアーティストたちと平和な関係を築きたいという考えを明かしている[1]。ここが、この曲の受け取られ方において非常に重要なポイントだ。単なる皮肉やパロディとして作られたのであれば、これほど幅広く、そして長く愛される作品にはならなかっただろう。「あるある」というものは、対象への深い観察と、ある種の愛情がなければ成立しない表現だ。数々のミュージックビデオを見てきた者だからこそ気づける、細かな演出の型を丁寧に拾い上げ、それをリスペクトを込めて茶化してみせる。この絶妙なバランス感覚こそが、多くの音楽関係者やファンから支持を集めた理由だと言えるだろう。

制作費6万円、3人だけで作り上げた100時間

この曲のミュージックビデオは、岡崎体育本人を含め、インディーズ時代からの盟友である映像作家「寿司くん」と、岡崎体育のマネージャーの、わずか3名だけで制作されたという[1]。撮影には約100時間をかけ、制作費はわずか6万円だったと伝えられている[1]。「アナログテレビ何台か並べて砂嵐流しとく」「交差点立っとけ」といった細かい演出まで、歌詞に忠実に、しかも徹底的に再現するには、相当な手間と時間がかかったはずだ[1]。大手プロダクションが潤沢な予算をかけて作るMVが数多く存在する中、わずか3人、6万円という制約の中から生まれたこの映像が、公的な芸術祭で新人賞を受賞するに至ったという事実は、映像表現において重要なのは予算の大きさではなく、アイデアの鋭さと実行力なのだということを、何よりも雄弁に物語っている。

「あるある」が普遍性を持つ理由

この曲が多くの人の共感を呼んだ最大の理由は、音楽ファンでなくとも、テレビやYouTubeで一度は目にしたことのある映像パターンを扱っているからだろう。専門的な音楽知識がなくても、「ああ、これ見たことある」と誰もが笑って頷ける普遍性がある。900万回を超える再生数を記録したという事実も[1]、この曲がいかに幅広い層に届いたかを物語っている。何かをリスペクトしながら茶化す、というバランス感覚は、決して簡単に真似できるものではない。この曲は、その難しいバランスを見事に成立させた、稀有な成功例として、今も語り継がれている。

音楽関係者からの支持が示すもの

この曲が単なるインターネットミームで終わらなかった理由のひとつに、多くの音楽ファンや業界関係者からの支持があったことが挙げられる。歌詞の中には、特定のアーティストやグループを彷彿とさせる演出への言及も多く含まれており[1]、それらが実際のミュージシャンたちからも好意的に受け止められたという事実は重要だ。もしこの曲が悪意を持って作られていたなら、当事者であるアーティストたちからの反発を招いていたはずだ。しかし実際には、多くの音楽関係者がこの曲のユーモアを楽しみ、時には自らSNSで拡散するほどだったという。批評性とユーモアと敬意を同時に成立させるという、この曲の絶妙なバランス感覚は、一朝一夕には作れないものであり、岡崎体育というアーティストが音楽シーンそのものを深く愛していたからこそ生まれた作品だったのだと感じる。誰かを笑いものにするための曲ではなく、業界全体をまるごと愛でるための曲。そう捉え直すと、この曲の温かさがより一層際立って見えてくる。笑いの奥に確かな敬意があるからこそ、10年近く経った今も色褪せずに語り継がれているのだろう。

参考リンク

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。